石の仕事

 大きく開け放した小屋の前の、天幕てんまくのなかで、細かい細工を相手に男が小さい鉄槌かなづちを細かく動かしていた。ミズヲが話しかけると、男は向かいの暗幕をはった小屋をあごで指し、面倒臭そうに叫んだ。

「じいさん、ザルト氏のところから若いのが来たぞ」

 聞こえてきた返事は、小さく老いた動物のうなり声のようだった。男は座り直して、自分の仕事に戻る。待ってから、小柄な老人が、小屋からでてきた。しわだらけの顔で、大げさに怪訝そうに青年を見上げる。ミズヲが名を名乗り、今年の手伝いであることを告げると、ふいと中へもどり、ガシャガシャと音をたてながら、箱を手に出てきた。

 鼻息荒く目の前に突きつけられ、ミズヲは受け取ってのぞきこむ。なかには、さまざまな色や形、大きさ、質感の石や金属が、がらくたのように入っていた。ミズヲはしばし眺めると、いくつかつまみ出した。乳白色の小さい丸みのある石を老人に見せた。

「これは強い石です」

「高いか?」

「魔法使いが相手ならば。そうでない人にはこちらです」

 もうひとつは、黒いなんの変哲もない石だった。マニュはにやりと笑った。

「今年は、お前さんひとりで良さそうだな」

「人手は必要です」

「そういうのは、ザルトに言えば、いつでもよこしてくれる」

 マニュは指先で手招きしながら、となりの小屋へ入った。ミズヲはあとに続く。中はあらゆる石や包みが、ところせましと置かれていた。ある一角は整然と美しく、おおむね雑然と。卓上には、硝子ガラスさかずきや酒の瓶がある。マニュは手につかむほどの杯に酒を注ぐと、先ほどの黒い石をいれた。ぷくりという水音と、小さな固い音がした。

「まだ独り身ひとりみか」

 若者へのありがちな質問に、ミズヲがうなずくと、

「ではお前も、花婿候補か」

と言う。心当たりのない、うかつに応答してはいけないたぐいのはなしだ。

「ザルトにじかに声をかけられたのだろう。あそこに年頃の娘がいる。今年の祭で相手を決めると、もっぱらの噂だ。お前も候補のひとりだ」

 そんな話は初耳だ。ミズヲは一呼吸おくと、にっこりと笑顔を作った。

「わたしは、あなたのお手伝いを精一杯つとめさせて頂きます」

 無関係であることをそれとなくのつもりで強調する若人を、老人は微笑ましく思いつつ、杯を手にとった。先ほどいれた石の色が変化しつつある。強い酒のなかにいれておくと、華やかで、鮮やかな色と線を重ねた模様が浮かび上がる石だった。

「まぶしいほどに美しい。ベニエは美人だぞ。おまえもずいぶん美形だが」

「顔だけです」

 いけしゃあしゃあとした態度には、マニュも呆れた。

「まぁいい。宿はまだ決めてないだろう。いつもなら近くの家におくが、お前はちょっと顔がきれいすぎる。少し離れたところの、老いぼれのじじいとばばあがやっている宿へ行け。そこなら静かだ」

 選択肢はない話だった。ミズヲが宿へ行くと、背が縮まった小さい老夫婦がいた。目も耳もじゅうぶんに機能しているか疑わしいほどだったが、もそもそと動いて彼を出迎えると、小さい部屋に案内した。寝に帰るだけの部屋になるだろうが、窓からの陽射しが明るく満ちていた。


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