剣と石

 寝苦しさに、ミズヲは目を開けた。

 追い詰められたように、何度も叫ぼうとしたかのように、息が上がっていた。月虹虫げっこうちゅうの姿はなくなっていたが、小さい火はずっと燃えている。

 涙はこぼしてはいない。それなのに、呼吸が苦しくなるほど泣いたあとのように、苦しい。

 だが、それよりも——

 ミズヲはからだをひねって、跳ね起きて叫んだ。

「襲撃だ!」

 寸前までミズヲが寝ていたところに、棍棒こんぼうのようなものが振り下ろされる。他でも声が上がり、鈍い破裂音や、誰の声かわからないがうめき声も聞こえた。意外に応戦している。あるいは夜盗が素人くさいのか、まともな武具はもっていないらしい。こちらも同様に、たいした装備はない。武具は高価で何かと重いし、持っていれば扱えるというわけでもないので、どうしても荷物からはずしたり、手放してしまう。

 新入りは、長めの剣を勇ましく振り回していた。多少は心得があるらしいが、用心棒として雇われたわけではなく、そこまで手練れでもない。

ぞくの数が多い)

 ミズヲはふところをまさぐった。今回は行った先で商売をするので、手持ちはほとんんどない。自分のための、万が一のために持ち歩いているものしかない。それを使うのが、惜しい気持もあるけれど、いまでなくていつなのか。一つを手のひらに握り、ぶつぶつと注意深く呪文を唱え始める。

 護身用として学ばされた魔術まじゅつは、たいていのことがそつなくこなせると思っていたのにできなかった、はじめての大きな挫折だった。辛抱強く続けることで最低限は身につけたが、教えをうけるあの屈辱は——教える側の態度が悪い故だが——思い出すといつでも苦々しく思う。

 余計なことを考えている間はない。術を間違えては、失うものが多すぎる。財産、身の安全、魔法石。魔法使いでない者にさえ術の行使を可能にするほどの威力を持つ石は高価だ。かつ、うまくいっても、自分の気力を使い切る危険もともなう。

 応戦する新入りの男は、自分のほうへかけよってくるミズヲと、その片方の手のひらから、光がこぼれているのに気づいた。うなるような奇妙な言葉がきこえてくる。ミズヲは周囲を警戒しながら、彼と背中をあわせて立ち、なおも呪文を唱え、やがて手のひらの光が増すと、ひるがえって光る石を剣に打ち付けた。

「うわっ!」

 新入りは思わず声をあげた。剣は光を帯び、みるみるうちに勇気がみなぎる。突然の奇妙な気配に、戦っていた男たちも少しずつ気づく。新入りは信じられないと言った様子でミズヲをみたが、荒い息を吐きながら手振りと行けとうながされると、

「おおりゃあ!」

 雄叫びおたけびをあげて猛然と夜盗にむかっていった。先ほどまでとは、まるでちがう俊敏さと力強さで、賊を打ち据えていく。ひとりふたりと昏倒こんとうし、倒れていく様は、掲げられた灯りのもとで展開される、まるで語り継がれ、人々を楽しませる英雄譚えいゆうたんの一部のようだ。

 動きが収まってきたのを確認すると、賊を縛り上げろと隊長の声が響いた。新入りは光る剣をもったまま、だいぶ遠くまで、周囲をうろうろして安全を確かめてから戻ってきた。興奮して、はつらつとした表情をしていたが、傷を負った者がいるとわかると、すぐに不安げな顔になった。

「大丈夫だ」

 隊長は手当を指示しながら、新入りをねぎらうようにいった。地面に座り込んでいるミズヲに、彼をともなって近づいた。

「あんたは術もつかえたのか」

「少しだけ」

 ミズヲは、とぎれとぎれにこたえた。

「石を、使ってなら……」

 猛烈な疲労、重い泥のような眠気が襲いかかる。ミズヲは立ち上がったが、よろめいて、ふたりに支えられた。術を使うと、その強さに比例して、一時的に人事不省じんじふせいに陥る。今回は確実にそうなると予想はしていたが。ミズヲはそのまま眠りに落ちた。今度は夢を見なかった。



 翌朝、少し冷たい空気と、地平線からのぼる美しい陽射しがほおを明るくするまで、ミズヲは深く眠っていた。

 彼は目をさますと、昨夜のことを思い返し、重く深いため息をついた。

 ゆっくりとからだを起こすと、高熱を出したあとのような倦怠感けんたいかんがある。昨夜、自分がいた場所よりも、野営地の中心に、皆と同様に荷物ごと運ばれていた。立ち上がると、長い棒をもって構えている者の姿が見える。手足を縛られた夜盗たちが、気絶して並べられている。

 ミズヲは足元をみながら、うろうろと歩いた。乾いた大地の短い草の合間に、砕けた石を見つけると、拾い上げる。魔力まりょくがあるというだけでなく、美しい愛らしい石で気にいりの一つだった。砕けて、焼けたようなあとがあり、輝きと力を失っている。

 隊長が近づいてきて声をかけてきた。

「平気か」

 白髪は交じるが壮年の、商人というには体格のいい押し出しがよい男である。ミズヲは軽くうなずいて、問い返した。

「彼は」

「ああ、興奮していたけど、しばらくしたら糸がきれたように眠っていた」

 盗賊たちはそのまま転がしていって、オクウトについたら、警備に知らせるという。ミズヲはさして興味はなかったが、隊長は説明した。

「それで、あの剣は、ずっとあのままなのか」

「一両日中には、ただの剣に戻ります」

「そうか……。よかった。本当に、あんたのおかげで助かったよ」

「あの人のすじがよかった」

「やつは、そういうのはむいてないと商人に鞍替えくらがえしてきたんだが、今回はそれが役にたった。しかし、あの術は……、高くつくんじゃないか」

 隊長はミズヲの顔をうかがうようにいった。ミズヲは何も気にしていないというふうにくったくのない様子を装ってこたえた。

「命にはかえられないです」

「すまないな。……けが人の様子もあるから、出発は少し遅くなるかもしれない。休んでいてくれ」

「ありがとう」

 ミズヲが礼をのべると、隊長は多くは言わず、離れていった。石の費用負担を申し出れば、払ってくれたかもしれないが。

(自分がいたから、自分が、たちの悪いものを引き寄せたのではないか)

 何も根拠はない。無意識を蝕むむしばむものが不運につながる。ミズヲはまだ朝焼けの空をちらりと見上げた。寝ていた場所へ戻ると、頭に上着をかぶって、朝日に背中を向けて目を閉じた。まじないで悪夢をもたらす悪霊は寄せ付けずとも、人間の襲来を防ぐことはできない。しょうがない。だが自分が見ていたのは、暗い夢ではなかったのか。考える間もなく、また彼は眠りにおちる。

 オクウトの城壁の手前で、ミズヲは一行と別れた。隊商の男たちは、騒ぎがあったあとでも別れのあいさつの淡泊さに、呆気にとられたが、彼の後ろ姿をしばらく見送っていた。

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