城壁の門

 街をぐるりと囲む壁の出入り口となる門には、人や荷物の出入りが通行証つうこうしょうとともに確認され、武装した男たちも構えている。入り口は数カ所にある。都では、城壁の周りにも街ができて、通行証をあらためることも廃れつつあったが、オクウトではまだ規則が守られているた

 門を通過するために、多くの人が長い列を作っていた。旅の疲れがあっても、どこか浮ついたようすでいる。思案顔で話をはじめても、自然と頬がゆるむ。世間話をしたり、議論になったり、じっと沈黙していたり、となり近所を相手に物売りを始めたり。暇をもてあました曲芸師たちは、地面を蹴り宙返りちゅうがえりはじめ、拍手がおこり、小銭も集まる。笛や太鼓や、弦をはじく音も響き渡り、調子のいい歌に手拍子、踊り手たちは旅装束のまま踊り始める

「バカやろう、どんどん割り込まれているじゃないか!」

 近くで怒鳴り声が響いた。周辺の人々は一瞬、そちらに目をやったが、たいしたことないと判断したのか、すぐにもっと面白そうな見世物に意識を向ける。小柄のいかつい男が、小さい老婆と、ずっと背の高さがあるがやせ細った男を、顔を真っ赤にして怒鳴っていた。

婆ァばばあもしっかりしやがれ」

 哀れな老婆は一瞬腰が引けたが、すぐさま猛然とまくしたてて反撃した。声はしゃがれ滑舌かつぜつがひどく、何を言っているかわからない。小男は短いこん棒をふりかざして、悪い言葉をまき散らす。細い女が、横からいさめに入った。彼女は慣れた様子でいねいに、柔和な笑顔で彼らにさとした。一同はみるみるおとなしくなり、お互いにそっぽをむいて黙る。旅回りの一座、貧しく華やかさにかけるが、彼らでもこの街にかけてここへきたのだろう。

 入場の順番がきても、要領がよくない彼らは、またいくつもの集団に抜かされた。ふところから通行証をとりだすのに、あわてふためき、大騒ぎをする。用心して奥に隠しもっているから、簡単には取り出せない。めくって脱いで、ひっくり返す。本人たちは必死でも、ちっとも急いでいるようにみえない。いつもならここぞとばかり罵声をあびせる門番も、今日は余裕がなく、円滑に追い越しをしてくる、他の通行証をみるのに追われている。

「ない、ないぞ! どこにいったんだ!」

 荷物をどんどん広げる小男が、いよいよ悲鳴を上げ始めた。

「お前が、隠したんだろう!」

「お前が、隠したのか!」

 背の高い男と、調子の悪い言い合いをはじめる。ミズヲはさすがに飽きてきて、彼らの荷物のはしに挟まっているものをさして、声をはった。

「お前の荷物のそこに挟んである、それは違うのか」

「それは違うのか?」

「それが違うのかって?」

 小男は荷物をふりあげ、むしりとった。

「あった、あったぞ!」

 そこから役人に通行証をみせる。通り過ぎても、また用心深くしまいこみはじめる。一行が過ぎるまでひとしきりの騒ぎで、役人はうんざりしている。ミズヲの手元を少しみただけで、

「いってよし」

と、先へ進めと手をはらう。ミズヲは通行証を静かにしまうと、大きく太い門の影をくぐった。ひんやりした日陰の空気を通り抜けると、自然に街を仰ぎ見た。灰黄色カイコウショク楼閣ろうかくが青い空に映える。背の高い建物もある。洗い物とともに、祭りのためであろう色とりどりの吹き流しの飾りが、乾いた風に揺れている。

 先の一行が立ち尽くしていた。

 熱気にのまれながらも、貧しく餓えた顔は、みるみる生気を得ていく。ここを訪れる多くの人間と同じように、胸は高鳴り、瞳を輝かせ、頬を紅潮させる。朗らかに声を上げる。眼を閉じたままの女も気配をかんじて、はにかんだ笑みを浮かべている。人の声、足音、がたかたと鳴り騒ぐ台車、荷馬車。甲高い怒鳴り声や、罵倒する声、桶から流れ落ちる水の音、はぜる音。けたたましい声、しゃがれた怒鳴り声、からからと回る車輪、ぶつかりあう木箱、ざあっとなだれ落ちたり、かんかんと続く音。小男が盲目の女に声をかけ、縄の先端を投げた。彼女はこたえながら、片手首に縄を結わえつけ、荷物を肩にかける。ミズヲは一団が群集の中にまぎれていくのを見届けると、自分の道を探した。



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