魔法使いたち
ミズヲは安い宿を出た。仕事場に戻るときザルト商会の伝令をつかまえて、サフィーリたちに金を届けるように頼んだ。マニュは彼をみるとほっと安堵して、何ごともなかったように言った。
「魔法使いたちのための店を開く」
ミズヲの露骨な嫌そうな顔をみて、マニュは笑った。
「お前は魔法使いに魔法石を売るのに、魔法使いが苦手なのは、どういうことなんだろうな。いつか理由を聞かせろ。いままでに仕入れたなかで、別にとっておいたやつらがあるだろう」
「はい」
「そいつらをぜんぶだしてしまう」
保管小屋の近くの天幕に、石を運んで並べていく。どのように告知をされているのか、毎年恒例なのか、魔法使いたちは自然と集まってきた。
魔法使いたちは、そろいの服装をしたり、同じ印をもっているわけではない。だが、なぜだか、魔法使いだとわかる。彼らは常に、感覚を研ぎ澄ましている。自然にふるまいながら、周囲のことを漏らさず把握している。そういった気配りや気遣いが、逆に魔法使いであることを知らしめる。それということを隠しているわけではないので、周囲にわかってしまってかまわない。隠さなければならないときは、完全に多い隠す。
それは、うさんくさいとミズヲは思う。そんな連中が大勢あつまっているのを、ミズヲははじめて見て驚くと同時に、いまはとくに、なるべく避けて通りたいが、しょうがない。彼らはお互いに、目配せぐらいのあいさつだったり、古い友人に会うように、笑顔をみせて抱擁をかわす。世間話をする。断片的な言葉のやりとりであったり、ごく普通の人々の会話のように、雰囲気はばらばらだが、内容は多岐にわたる。あちらの地域の風がどうこう、どちらの川が云々、様々な流行病、豊作、不作、有力者の死、跡継ぎの誕生、親子けんか、お家騒動、色恋沙汰。低い声で笑ったり、うめいたり。だが人の多さのわりには、静かで不思議なさざめきである。
魔法使いたちは、多少の例外は常にあれど、魔法石を様々な用途で使うため、ある程度を仕入れてもっておく。どのような石を、どのように使うか、どのように持っておくか、それらは個人の趣味や嗜好によるものであり、ああすればいいとか、こっちがいいとか、師弟関係や派閥の流儀、流行り廃りもある。
石を売る者は、基本知識とされる種類と、そのときどきで需要のあるものを彼らからきいて用意すれば、商売になる。石の価値は商人には正確にはわからないが、経験と、仕入れの手間と需要と供給の関係で値を決める。魔法使いは、ぜんぶを自分たちで調達するのも難儀なので、可能なもの商人から買うのでちょうどいい。
マニュは石の並んだ箱を広げて、価格や産地、入手経路などを簡単に、客たちに説明する。魔法使いのほうが知っているはずだが、遠方から届いたものや、希少なものだと、商人が情報をもたらす側になる。マニュは自分のしゃべる調子を変えない。ふむふむと話に耳を傾ける客もいれば、まったく気にもとめない客も多い。
一つ一つ、手にとってはじっとみつめて吟味するもの、無造作にひょいひょいとつまみ上げ籠にいれ、ざっくばらんに勘定を頼むもの、ただひたすら見ているだけのものもいる。意思疎通がただしくなりたっているのかどうかあやふやな雰囲気にも、マニュは慣れているようだ。ミズヲも多少は魔法使いを相手にしていたが、客がすべてそれというのは慣れていない。
「そっちの、緑のやつをみせてくれ」
そういわれて、ミズヲがふりむいて手渡した相手は、月虹虫をとらえ、自分に何らかの術を施した、ヤシハだった。もうミズヲの顔を覚えていないのか、気づいていないのか、何も表情にかわりはない。石を光にかざしてのぞき込む。
光にかざすと、石の中央に十字の模様が浮かび、空色に発光する。その手元に、レンラがひょいと顔をのぞきこませる。ミズヲはぐっと口に力をいれて、声をのみこむ。
「なかなかいい」
「悪くはない」
ヤシハはうなずき返す。
「こちらのは祭りのために」
指示されたものを、ミズヲは別のところにとりわける。石を並べた浅い箱が、次々に積み重ねられる。魔法使いは自ら支払をする者もいたが、別の商人の名をつげていく者もいた。最後に残った数人は、取り分けていたものを確認するとそのまま置いていった。レンラの姿もいつの間にかいなくなっていた。おいて行かれたものをどうするのかミズヲが尋ねると、マニュはいった。
「祭の最後で使う」
「こんなにたくさん」
「支払は商人たちだ。頼んで魔法使いたちにきてもらっているのだからな。彼らがどんな使い方をするかは、わしらにはわからん。境界を往き来する者たちの領域だ」
マニュはすました顔でいうと、ミズヲの肩越しに視線をやった。ミズヲがふり返ると、イルキがドレジェンを案内して立っていた。
イルキは感極まった様子で、半ば走り出てきてミズヲを勢いよく抱きしめた。ちからの強さにミズヲはあわてたが、イルキはすぐにからだをはなした。
「行き倒れていたと、レンラにきいた。無事でよかった」
目に涙をうかべている。レンラがどのように話したのか。大げさだとミズヲは思ったが、おとなしくしていた。殴ったことをわびると、
「いいんだよ、恥ずかしい」
イルキのみるみる顔が赤くなる。
ミズヲは自分に対する恥ずかしさをこらえながら、声をしぼりだした。
「おめでとう」
「お前のおかげだよ。ベニエも会いたがっている。あとで屋敷へいこう」
イルキはにじんだ涙をふくと、突然のことに目を丸くしていたドレジェンをふたりの前につれてきた。
「彼女が石を売りたいそうです」
「おお、ついに心を決めたかね」
マニュはうれしそうに目を細める。彼のことばをイルキからきくと、ドレジェンは明るい表情でうなずいた。
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