込み入った市場の、ひときわ人が集まっている場所を、ミズヲはやじうまをかきわけつつ進み、マニュはそのあとに続いて声をあげる。

「ええい、どいたどいた。道をあけてくれ」

 真昼の日射しひざしが照りつける作業場の軒先きのきさきには、彼らを呼びつけたイルキと、異国の客人たちが、卓をはさんで向かいあっていた。座っている小柄な女は、若いが堂々としており、いかつい男たちを従えている。彼らは肩幅が広くずんぐりとして、腕が太く大きな武器を身につけ、剣や、槌は重量感のある、ごつごつした意匠だ。四角い顔で、髭をたくわえ、いかにも勇猛果敢である。見慣れない地方の顔つきで、娘もまだ子どもなのか、もう少し年かさなのかわかりにくい。あどけなさもあるが、彼らの上に立つ者には違いない。いまの時期は、異国の服装で、違う土地の言葉を話す人間は珍しくないが、彼らを知る人間は少ないようだった。

 二人の顔をみると、イルキは助けがきたとばかり胸をなでおろした。

「忙しいところをすみません。助かるよ。彼女はドレジェン。ずっと西の部族の娘です」

 ドレジェンは近づいてきた若い男の目を奪われる美しさに、ぎょっと目を見開いた。かろうじて威厳を保ち警戒し、商談相手と定めた相手にきつい視線を戻した。イルキは慣れぬことばで、マニュとミズヲを紹介する。彼らは宝石商人だから、あなたの大切な石を、より正確に見定めることができる。信用できる相手だ。

「さあ、みんなもう行ってくれ。ここからは商談だよ」

 イルキはやじうまたちを遠ざけた。

 視界をさえぎるよう幕をすると、けちくさいだのと不満げな声も聞こえたが、どうしてもみたいというほど珍しいことでもないので、やがて静かになった。

 異郷の娘は用心深く、膝に抱えていた袋から、包みをだして、卓上におき、硬くごわごわした皮膚の太く短い指で、包みをほどいた。にぎりこぶしほどの大きさの黄色い石で、マニュはしわに埋もれた目を開いた。

「もっとよくみせてもらっていいのかね」

 マニュは用心深く、ドレジェンとイルキに向かってたずねた。ドレジェンはきゅっと口をとじたまま、じっと見つめ返す。イルキは彼らの言葉で伝え、彼女に念をおして確認をとった。

「手をふれてもだいじょうぶですよ」

 マニュは厳かにうなずき、距離を縮めてのぞき込む。ミズヲは不意にたちあがり、伸び上がって頭上に手をのばした。男たちがぴくりと動く。

「光が足りないでしょう」

 ミズヲは幕の上のほうをずらして隙間をあけ、直接陽射しが入るようにした。男たちはおそらく人騒がせだとひそひそと言い合いながら不機嫌な顔をする。マニュは石を手に取り、目の高さに丁寧に持ち上げる。隙間すきまから差す陽光に、石は輝いている。目を離さないまま、マニュは言った。

「イルキ、お前は石の売り買いもしていたのか」

「えっ、」

 自分の出番は終わったと、気をぬいていたイルキはあわてて、言い訳めいた話をした。貴重な薬材を求めて、辺境の地まで足を運び、小さな集落や部族から、土地に伝わる植物や材料をみた。可能ならば、値をつけて購入した。そのうち、自分のところへもって行けば、金に換えてくれるらしい、という噂が、もっと奥の地域にまで広がった。

「ドレジェンは土地の有力者の娘で、後継者だ。事情があって、まとまった金が必要という話になり、皆で相談して石を売ることを決め、俺をさがしてきたそうで」

 彼女が長くしゃべって何かを主張した。一族がずっと所有していたものだ。盗品ものろいもない、由緒正しきものである。イルキが翻訳する。

「なるほど。村の宝というわけか」

「特別なものだと彼らは言います。それは、分割したうちの一つだそうです」

「これよりも大きかったということか」

「おそらく。はっきりとは教えてくれませんが」

 マニュもミズヲも、思わず遠方からの客に視線をむけた。まっすぐな姿勢を崩さない。イルキは遠慮がちに訊いた。

魔法石まほうせきだろうか」

 ミズヲは頭をふる。マニュも言った。

「違うな。いわゆる魔法石とはいえないが、広義ではそうかもしれないし、それだけでもない」

「どういうことです? 悪い呪いなどが?」

 マニュは大きく首をふり、ミズヲは説明した。

「魔法使いによってはこの石から力をひきだして何かをなすことができるかもしれないが、いわゆる魔法石ではない。いままで大変に長い間、土地の人の想いをうけとめていたのだろう。深く積み重なった力がある」

「それは良いこと? 悪いことなのか?」

「良し悪しはわからない。だが、石の置かれている状態がかわった、変わろうとしている。遠い新しい場所で、新たな持ち主には、何らかの出来事は起きるだろう」

「神託か預言かな……」

 イルキがぼやくと、ミズヲは微笑して石を卓上に戻した。ドレジェンはいぶかしげに彼を見る。

「都の人間か、と尋ねている」

「こいつは、そうだぞ」

 マニュはミズヲを指し、イルキは彼女にこたえる。ドレジェンは、早口になっていろいろしゃべりはじめた。一生懸命聞き取り、イルキはまとめた。

「村に優秀な若者がひとりいて、学費にする。試験をうけるための。都の役人になるための、勉強の」

「そりゃあ何かと要りようだな。だが、まかなって釣りがあるくらいだろう」

 相場を耳打ちされ、イルキは息をのむ。マニュはいった。

「ザルトに声をかけておきたい金額だ。わしらで買うか、お前が買うか、どうする」

「どうしよう……」

 目を白黒させるイルキのとなりで、少し考えてミズヲはいった。

「その必要だといわれた金額を、その金をじっさい誰に払うか、訊いてくれ」

 そっけない言葉だが、イルキはすぐに思い当たってドレジェンに通訳した。気配がかわったのを彼女も敏感に感じた。イルキと会話するういちに、顔色が険しくなっていく。

 試験に受かった役人の華々しい待遇が広まるにつれ、試験の合格を目指す者が増え、それらをねらった詐欺も後をたたない。必ず合格する学問所、合格を約束する教師、学力だけでは入れない特別な方法、云々。よくある話だが、ドレジェンたちは、あやしい連中から調子のいい話をもちかけられていたようだった。まるっきり嘘とはいえないが、まともな商売ではない。そばで聞き耳をたてていた男たちは、徐々に怒りをつのらせ、うめき、まるで吠え始める。彼女は厳しい表情で彼らをたしなめた。石を掴んで袋にもどし、イルキに告げた。助言は感謝する。だが、都に向かう気持ちは変わらない。自分たちの村から、中央に役人をだしたい、若者を学ばせたい。

「ならば、他の、ちゃんと学べる場所を探す必要がある。その前に、そもそも制度についてもう少し知っておいたほうがいい。細部の変更は毎年ある」

 マニュの言葉を伝えると、ドレジェンは少し神妙な顔になった。一行は役所の場所を確認すると、簡潔に礼をのべて、小屋を後にした。

「はあ……」

 イルキは少し惚けて、息をついた。

「俺も、うかれてたな」

「あんなものを見せられてはしょうがない」

 マニュは楽しげでいる。

「ああいうものに縁があるというのは、いいことだぞ。金が必要なことはわかっている。彼女たちはまたお前を訪ねてくるだろう」

「そうでしょうか……」

 イルキはため息交じりに、一行が去った先をしばしながめていた。


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