第135話 観察と妄想

 こう見えても私、モノカキの端くれですからね、端くれなんですよ、端くれ。

 三回も書いちゃったよ、『端くれ』。『モノカキ』の方を三回書けば良かった。


 モノカキなら絶対やらなきゃならん事、これ、『人間観察』ですね。


 人間はこういう時どんな動きをするか。こんな動きをしたとき、その人は何を考えているか。

 そういうところでリアリティがないと、途端に物語が嘘臭くなるんですよね。所謂『作者都合の展開』というヤツに成り下がる。


 これはどのジャンルでも言えることだと思います。私なんかは現ドラ書きだからまだいいんですよ。これがファンタジーとかになるとエライことになる。人間としてのリアリティを維持しつつ、独特の世界観を構築するわけですからね。

 ミステリだってそこにトリックだとかなんだとか仕込んで、心理描写もぶっこむんだから、書く人ってどんだけ賢いの?


 話を戻して。人間観察です。


 今日は買い物に行ったんですよ、スーパーに。貧乏な如月は『おつとめ品』が大好きでして、ちょっとしおれた小松菜とか賞味期限ぎりぎりの油揚げとかを半額で買い込みます。

 大丈夫です。全部下処理して冷凍保存しますから問題なしです。それがわかっているので半額シールを狙います。

 こーゆーオバチャンいるよね。小説に使えますね。もちろん使います。自分さえネタとして使います。


 さてちょっとしおれた半額の小松菜にキャベツ、ほうれん草、油揚げ(関西では薄揚げと言います)、ヨーグルト、牛乳……籠の中は盛りだくさん。

 レジに並んでいたら、すぐ後ろの御婦人がぶどうを3パック持っているんです。


 さあここでモノカキの観察・推測機能が稼働します。


 このお婆ちゃんは八十三歳、二つ年上の御主人と二人暮らし。子供は息子と娘、息子は関東で嫁を貰って孫と一緒に暮らしているけど、娘は近所に嫁いでちょこちょこ顔を出してくれる。

 そのお婆ちゃんがなぜぶどうを3パック持っているか。


 それはズバリ旦那さんが入院しているから!

 お爺ちゃんが入院した理由は、玄関の段差でつまづいて転倒したことによる骨折。当然整形外科でリハビリに精を出す毎日。

 お爺ちゃんにリハビリを頑張ってもらって、早くお家に帰ってきてほしい、年寄りが家で一人ぼっちじゃ寂しいのよ。

 ね、あんたが頑張れるように、大好物のぶどうを買って来たのよ。


 なぜ骨折かって? そんなのリハビリ以外にぶどうなんか持って行けないからに決まってんじゃん。

 年寄りですからね、誤嚥性肺炎とかだったら、ぶどうなんて危ないじゃん。つるんと入ってまた誤嚥なんてことになったら死にますよ。

 糖尿病なら食事制限ありますからぶどうなんか持って行けません。

 眼科なら緑内障でも白内障でも網膜剥離でも、そんなに長期間入院しません。

 そうなると考えられるのは内科じゃなくて外科。年寄りなんで整形外科の可能性が高いのです。


 身内へのお土産なので近所のスーパーでいいのです。いつも食べ慣れている、コノミヤやダイエーのぶどうがいいんです。トップワールドや成城石井は却下です。普段そんな高級品買ってません。


 ではなぜ3パックなのか。

 お爺ちゃんに3パックも買っていくほどお婆ちゃんはアホではありません。お爺ちゃんに1パック。もう一つは自分が持ち帰って一人の部屋で寂しく食べるのです。テレビ見ながら。(ここは『お爺ちゃんを想いながら』と書くべきところ)。

 もう1パックは? そう、近所に住む娘がお爺ちゃんのお見舞いに来ていることを想定して娘に持たせるために買っているのです。これぞ『母の愛』です。


 と、そこまで考えてハッとしました。現在の時刻、十六時半。面会終了時間までそんなにないんじゃないか?

 お婆ちゃんの買い物はぶどう3パック、私の買い物は大量の半額野菜。

 思わず如月は声を掛けました。


「先どうぞ。私は急いでませんから」

「え? ええの?」

「買い物それだけなんですよね? どうぞどうぞ」

「ええの? 助かりますわー、ホンマに急いどったから、おおきにね。ホンマにおおきにね」


 それから彼女はレジを離れる時にも「助かるわ、おおきにね」と何度も何度も……ええから早よ行きなはれ。急いどるんやろ、早よ行かんかい。

 マイバッグによいしょよいしょとぶどうが潰れないように入れてる間に私が追い付いてしまい、お婆ちゃんの隣はちょっと行きにくいなと思いつつもそこしかサッカー台が空いてねぇ!

 仕方なくお婆ちゃんの隣に行くと、また「おおきにね」。どんだけ感謝されるんや。

 やっとぶどうを詰めて、時計を確認したお婆ちゃん、「ホンマにおおきにね、ありがとうね」と言いながら小走りに出て行くもんで、あんたの転倒の方が心配やわ! と思ってしまった如月、「お気をつけて!」と心の底からガチ見送りしてしまいました。


 けど、よく考えたらほとんどが如月の勝手な妄想であり、事実なのは『彼女が急いでいた』ことだけなのです。

 それでもそういう妄想って、なんだか日常がドラマチックに感じるし、何より小説に還元できるじゃん。


 お婆ちゃんのお陰でまた今日も如月は新たなシチュエーションを手に入れたのでありました。ありがとう、お婆ちゃん。

 みなさんもぜひぜひ通りすがりの人を使って妄想してみてください。思いがけないドラマが展開するかもしれません。



 ……久しぶりにシロート発言をしてしまったようだな!

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