第116話 キャラの口癖

 何度も同じ言葉を使ってしまう症候群(略してボキャ貧)について115話で多数の死傷者を出してしまいましたので、ここら辺でそれを救う話をしたいと思います。


 突然ですが、キャラに口癖を持たせたことはあるでしょうか。

 口癖なら同じ言葉を何度も使ってもいいんですよね。このキャラの口癖なので。


 拙作『いちいち癇に障るんですけどっ!』の神崎にも口癖あります。「偶々です」と言うんです。いつも「よく知ってるね~」とその知識の底なし沼について突っ込まれると、運よくそれだけは知っていたといわんばかりに「偶々です」と答える。

 こうしてルーティン化すると、「神崎さんってほんと物知りだね」ときたときに読者は「偶々です」が来る!……と期待するわけで、それを裏切っちゃいけない。


 『科学部!』では高校2年生男子にして身長143cmの二号先輩が「コロスよー」という口癖を持っています。これは「小さい」「小学生」「子供」などのワードに敏感に反応して、即座に「コロスよー」と返す。これもルーティン化してます。


 こうやって口癖を設けることでそのキャラの特色をこれでもかと植え付けるわけです。

 この手法を見出したのは、実は高校三年生の時でした。


***


 高校三年生、大学受験組は必死に勉強していたのでしょうが、私の周りは地元の個人商店の長男が多かったので、みんな家業を継ぐことを考えて大学へ行こうという人があまりいなかったんですね。

 私もその一人で、実家の家業を継ごうと思っていたので大学受験のための勉強なんか全くしませんでした。


 で、何やってたかって言うと、図書室の本を棚の端から順に片っ端から読んでいくという荒業をやってまして。七日で十冊という勢いでしたね。

 二年から三年に上がる時に司書の先生の指名で図書委員長やらされたんですが「あんたいっぱい図書室の世話になってるでしょ!」と言われりゃその通りですよ、逆らえませんよ。一年間に四百冊借りてたからね……。


 その中で5回以上もしつこく借りた本があったんですよ。

 『かあさんは魔女じゃない 』ライフ=エスパ=アナセン著。小学校高学年の課題図書だったんじゃないかな。何故かそれが高校の図書室にあった。


 これはもう一生の本になりました。心理描写が巧みでね、読んでいるこっちの心臓が持たない。もう、泣きながら読むしかないんです。何度読んでも泣くんです、同じところで号泣。


 それが、口癖のシーンなんです。


 居場所を追われて死に物狂いで逃げて来た主人公(少年)を、知らないおじさんが助けてくれます。そのおじさんと二人でつつましく暮らしながら、おじさんに自分の身の上話を少しずつ聞かせるんですね。

 おじさんは黙って聞いてくれる。温かいスープを、柔らかい毛布を、素朴な言葉をくれる。何をするわけでもないけれど、毎日を丁寧に生きていくことで少年のガチガチの心は少しずつほぐれていくんです。

 そのさり気ない会話の中におじさんの口癖が何度か顔を出すんですが、「口癖でーす!」という感じでしつこく書かれることがないんですね。サラリと出てくるけれど、確実に読者の心に残るんです。


 しばらくして雲行きが怪しくなり、少年は逃げて来た時と同じようにそこを追われてしまうんです。そのとき、おじさんは盾になって彼を逃がしてやる。

 少年はおじさんの気持ちを受けて逃げ出すんですが、死に物狂いで走っている時にふと思い出すんですね、おじさんの口癖を。


 ここで如月大号泣です。


 恐らくおじさんとは二度と会うことはないでしょう。最初がそうであったように、おじさんもまた彼を逃がして死ぬのでしょう。

 彼はこれからどうするんだろうかと考えて考えて考えて……彼がもしこのまま運良く生き延びれば、きっとおじさんと同じことをするんだろうなと。


 で、はたと思った。

 この「口癖」で彼との思い出すべてを一瞬にして色鮮やかに復元する。これって凄いじゃん!

 これ、口癖でなくてもいいんですよね。そのキャラを暗示させるものならなんでもいい。

 ってわかってんならやれよ! っていう話なんだけど、それができないからシロートなんじゃねーか。できてたらクロート発言ってタイトルになってるよ……。



 くっ……また最後の最後でシロートの悩みを吐露してしまったようだな!

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