20:給仕獣姦

 まったく酷い有様だと自嘲気味に笑いながら、ラスタは一人、洞穴を這いずり出る。股ぐらからは白濁が滴り落ち、それどころか設えたばかりのメイド服もズタボロに引き裂かれ、身体のそこかしこには爪痕のような傷が刻まれている。


 まさか想い人の次にまぐわう相手が狼などと、一体だれが思うだろう。ともあれ上司たるフランが「契約上必要な事だ」というのであれば是非もない。種付け、すなわちクルトーによるマーキング。それを通過する事で彼の「つがい」として認識されるのだとはフランの弁で、使われる側のラスタとなると、これに従う他に道はなかった。


 思えばラスタとクルトーの馴れ初めは、一月前のボヘミアにまで遡る。黒い外套を纏い現れたクルトーは、ラスタの枕元で託宣を囁くと、そのままに立ち消えた。夢幻の類と半信半疑だったラスタではあるが、それから数度行われた神聖ローマ帝国軍との小競り合いにおいて、クルトーは風と共に現れ、敵兵の死骸を残しては去っていった。この偶然めいた奇跡によって疑念を確信に変えたラスタは、ジシュカの遺骸を抱え故国を出奔する運びと相成る。


 しかしてまさか、それが狼王であり、なおかつ道中の護衛まで担ってくれていたとは。戦士、暗殺者として十分に教育を受けた筈のラスタさえ欺く擬態。事実を知った折には幾らか驚いたものではあるが、そもがそもこの魔窟。何が合っても可笑しくはないかと腹をくくる。


 数刻に及ぶ陵辱の果て、入れ替わりでアリス・キテラの悲鳴も聞こえた事から

あながちフランの言っていた事も間違いではないのだろう。今日ここに呼ばれ、クルトーとまぐわうよう命じられたのは、とりもなおさず彼に乗る事を余儀なくされる女三名。事前にフランによる湯浴みを終えたクルトーは、汚臭や疫病の類とは無縁の有様で、或いは村の男どもより清潔と評しうる程だった。


 疲れきったラスタは、場内へと続く水路に身を委ね、流れるままに落ちていく。淀みのないこの河は、他ならぬジャンヌの聖域に繋がっている。


 


 幾らか時が経ったろうか。こつんと頭が何かにぶつかり、ラスタはふと目を開ける。どうやらゴールにたどり着いたらしい。一面の青に包まれた水洞の中心では、もう半ば人の姿を形作る、ジャンヌ・ダルクの姿があった。


 ありふれたブロンドのショートカット。肌は白いが、ところどころそばかすも見て取れる。さほど長くは無い睫毛に、小柄な背。身体は女性らしくふくよかというより、ラスタやフランのように、細めでボーイッシュといった印象を抱かせる。ざっくり言うなれば、目を見張る美少女という手合ではない。


 ――これが、陛下の思い焦がれる御方。

 間近でジャンヌを見た事がなかったラスタは、近づいてまじまじとその顔を見つめる。言い方は失礼かも知れないが、かの聖女とはこんなものだったのかと拍子抜けする程に、その姿は凡庸だった。だが逆に言えば、この凡庸な少女にあそこまでジルが惹かれるというからには、溢れ出るカリスマには相当なものがあったのだろう。思えばラスタの慕うヤン・ジシュカも、外貌だけで言えば伊達男とは程遠かった。


 だがジャンヌを覆う透明な板らしきに手をついた時、背後から声が響きラスタは身を震わす。


「なるほど、マナ無しでクルトーを耐えましたか。流石にラスタ。合格といった所でしょう」


 その声の主はフランソワ・プレラーティ。目下ラスタが猊下と仰ぐ、稀代の錬金術師である。


「は、はい。なんとか無事に。頂いた鎧は酷い有様ですが」

 水路を辿ったおかげで、半ば半裸のラスタは、顔を俯けながら返す。


「お気になさらず。そこはここフランスでも屈指の財力を誇るボクのマーシャに任せておきましょう」


 左団扇のフランは、そんな事はどうでもいいとばかりにつかつかと歩み寄ってくる。


「ただしラスタ・オルフェ。その被造物に触れる事だけは禁止です。ボクは余り好いてはいませんが、ソレはマーシャのお気に入りですので」


 俄に鋭くなったフランの眼光から逃げるように、ラスタはさっと身を離す。


「す、すみません。ヴォート・グレイル。以後、このような真似は」


 しかして当のフランはというと、にやついた笑みを浮かべるだけだ。


「ま、ボクとしては、どこかの誰かがソレを壊してくれるならと思う所でもあるのですが、難しい所ですねえ。ソレを喪ってしまうと、今度はジルが壊れますから。――ボクは、ジルが壊れるのだけは絶対に許せない」


 フランの手で水面からすくい上げられたラスタは、幼子のようにその膂力に身を委ねる。この外貌からは想像もつかない程に、恐ろしい怪力だ。恐らく並の大人では太刀打ちができないだろう。


「ご安心下さい。ヴォート・グレイル。私はジャンヌ様にも、陛下にも、決して危害は加えませんので」


 そう答えるラスタだったが、フランは目を細めて濡れたラスタの髪を撫でるのみ。湿っぽい空気が耳に当たり、不思議と下半身が疼くのを感じる。


「フフ。いずれ貴女の挺身が、ボクの逆鱗に触れるない事を祈りましょう。――今はただ休みなさい。ラスタ・オルフェ。これより三日の後、我らシュヴァリエは友軍と合流します。英気を養い、ボクのマーシャの為に死力を尽くすのです。さすれば貴女の義父、ヤン・ジシュカもまた、この世に舞い戻る事でしょう」


 心地よい子守唄のように響くその声に、ゆっくりと意識を沈殿させながら、朧げにラスタは思った。祖国より遥か遠き地で起こるであろう、これからの戦争の予感を。

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