13:淫猥誘致

 良い駒が手に入ったと言祝ぐべきか、厄介な種が芽吹いたものかとふと煩悶し、フランは目の前の聖女に目を向ける。アラスからくすねてきたマナのおかげで、ジャンヌの身体は人らしく変わりつつあった。恐らくこの調子なら、あと一年もせずに「ガワ」だけは出来上がるだろう。


 問題はそこではない。つい先日やってきたばかりのボヘミアの犬。要するにラスタ・オルフェだが、アレはどうやら、思いの外ジルをお気に召したらしい。事ある毎に辿々しいフランス語でジルに駆け寄り、雑用を仰せつかる様は、フランをして少々どころか、かなりの割合で不快にさせていた。


「まったく……ボクのマーシャの周りをうろちょろと……」


 こちらの目的は飽くまでもジシュカ本体。最悪あの女そのものは、無いからといって特に困るものでもないのだが。


「……とも行かないのが世知辛い所ですね」


 いくらジシュカの遺骸があるとは言え、完全復活までは数ヶ月を要する。つまりその間、あのガキにも駒として動いて貰わないと青騎士的には困るのである。なにせ如何せん、圧倒的に人手が足りない。


「いっそ洗脳でもしてしまいましょうかねえ」


 といいつつ、かかる駒の、ジルへの忠誠度は幸いにして高いのである。ここで敢えて下手な調整を施して能力が落ちるくらいなら、現状維持で訓練させたほうが遥かに効率がいいのは自明だった。


「こうなったらジルに一回ブチ犯させて、夜伽の相手は務まらないって事実を突きつけてみましょうか……」


 淡い恋心を抱いた相手の、乱暴なセックスに晒されるなら、きっと恐れ慄き逃げ出すか、途中で泣いて助けを請うに違いない。そこで満を持してガッツリ調教。ああなんて楽しい展開なんだろう。かくて悪辣な笑みを浮かべるフランは、早々に決断を下したのだった。




「おはようございます、ラスタ・オルフェ。今日もマーシャへのご奉仕、感心な事です」


 メイド服を着込み、地下の清掃に精を出すラスタの、背後からフランは声をかけた。サイズが無い事を理由にフランが貸し与えたそれは、ラスタの発達した乳房には余りに小さく、今にも胸ボタンがはち切れんばかりにぴっちりと身体を覆っている。臀部も臀部で、少し屈めばショーツが見える程に丈が短い。ジルへの思慕と、己の格好への恥じらいから常々赤面するラスタを目の前に、フランは愉悦を隠せずに舌なめずりをする。昨日まで性への意識すら乏しかった初心な乙女に、女である事を自覚させるのは過分に愉楽だ。今すぐ襲いかかって、そこら中を噴かせた潮で穢したい心境にも駆られたが、罰は罰である。このイモイモしさで我がジルを誑かそうというのだから、愛撫もないまま貫かれて破瓜の痛みに泣き喚くがいいとフランは内心で独りごち、振り向いたラスタに、笑顔を振りまく。


「あ、おはようございます、ヴォート・グレイル。――私には雑用ぐらいしか出来る事はありませんから。少しでもマジェステの力になれるのであれば、幸いです」


 やはり恥ずかしいのか、頬を染めてはにかむラスタ。その健気に感情を昂ぶらせながらも、平静を装ってフランは返す。なおラスタは、フランのことを猊下グレイル。ジルの事を陛下マジェステと呼ぶ。この辺りの殊勝もまた、ジルに色目を使いさえしなければ・・・・・・・・・・・・・・・、賞賛に値する配慮だとフランは褒め称えるに吝かでは無いのだが。


「素晴らしい。マーシャも大変喜んでいましたよ。これは臨時のお給金です。今度街へ出た折にでも、何か好きなものを買うようにと」


 とは言えラスタの素は、誰憚らぬ歴戦の戦士である。犬よろしく手懐けるように警戒心を解こうと、フランは貴族にとっては幾ばくかの、しかして平民にとっては年収に値する金貨を渡し、さも当然と微笑んでみせる。


「こ、こんなに沢山……しかしヴォート・グレイル。これでは余りに多すぎるかと」


 焦るラスタの、ショーツが幾度も見えるのが余りに扇状的で、フランはそのほうばかりに意識が集中してしまう。まったく、自分で与えておいた服ではあるが、無自覚に男を誘惑する乙女というのは、それだけで恐ろしいものだと苦笑を零す。


「お気になさらず。なによりマーシャは、ラスタが戦士として強く在る事を望んでいます。その金貨で鎧を設えるなり、武具を調達するなり、必要に応じて選ぶのが良いでしょう」


 ついでに肉便器にでもなりますかね? という言葉を、敢えてフランは喉元で飲み込む。せいぜいなれるものならばと言った所だが、フランとてジルのソレは自分で十分だと誇るだけの、挟持と実績は有しているのだ。そうおめおめと譲るつもりはない。


「それから鎧については、この一式がありますから、訓練用に使って下さい。ラスタの場合、行動の殆どは隠密。となると、これを自身で改造した上で、一点ものオートクチュールを発注する流れにでもなりますかね。まあその辺りはおまかせです」


 傍から見れば、平騎士ですら数年をかけやっと調達できる鎧の譲渡。これ以上ない厚遇にも映るだろうが、実際は違う。この白銀の胸当てこそ、ジルがフランをジャンヌと誤認し、そのままに犯した曰く付きの武具である。要するに、だ。これを着けたラスタが、剣の稽古にでもとジルの部屋を訪れたが最後、その時点で歯牙にかかるのは明白なのである。普段は紳士然としたジルの豹変に、ラスタがどこまで耐え得るのかは、ゲーム好きなフランにとっては、実に興味深い事案だった。


「あ、ありがとうございます……早速昼過ぎにでも、オーグル公に稽古をつけて貰えればと」


 身に余る光栄と頭を垂れるラスタに、それでは困るなとフランは制す。そうそう、ラスタにはジルの部屋に向かって貰わなければならないのだ。そして犯され、泣いて泣いて泣きわめいて、己が浅薄なる恋の終わりを、身を以て知って貰われねばならぬのだ。


「それには及びませんよ、ラスタ・オルフェ。今日はゲクランのメンテナンスを行う日取りです。代わりにジルが部屋にいるでしょうから、その服の上に鎧を着込んで、訪ねたらいいでしょう。新しい服はボクが用立てておきますので」


 その言葉でいっときに表情を明るくするラスタに、どうやら乙女心も此処に極まれりだなとフランは歯噛みする。さあ路傍の花が踏みしだかれるように抱かれて散って泣いて来いと背中を押し、駆けていくラスタの後ろ姿を、フランは見送る。ゲクランのメンテナンスなどその場しのぎの嘘っぱちだが、何、これから既成事実にすればいいだけの話だ。


 かくてラスタは、哀れなるラスタ・オルフェは、猛獣の潜む檻へと一人、迷い込む事になるのである。

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