10:聖遺着服
「あったあった、これですよ、これこれ!」
ジルがリッシュモンと密談を交わす中、フランは一人大聖堂の地下に至っていた。そもがそも、アラスの和議自体にフランの興味のある訳もなく、目下の目的は此処この場所。深奥に眠る聖遺物にこそあった。
「聖なるマナ。それに
アラスはケルト人によって打ち立てられ、次にローマ人により簒奪され、最後にディオゲネスによってキリスト教に改宗した。それからバイキングの襲来を退けつつ、フランドル、ブルゴーニュ、そしてフランスの三つ巴によって奪い合われたアラスは、幾度か和議の場として活用される程度には、交易の中心地として栄えていた。
「マナとは聖蹟。既に不浄の獣と成り果てた我々には毒ですけれど、ジャンヌの精製には使えます。ブージーはどうでしょうね。アリス?」
独り言のように思えた一連の振る舞い、しかしてフランの視線は入り口の暗闇に立つ、一人の影に対して向けられていた。
「どう……かな。同族とやりあうってなったら、使えそうだけど」
――アリス・キテラ。呪われしアイルランドの魔女は、パリ進軍の報を聞きアラスに参じていた。彼女の目的は聖杯。引いてはその行末を知るとされるテンプル騎士団の足跡だ。パリ解放の折には、騎士団長たるジャック・ド・モレーの処刑地を探索できるとあって、行軍にかける意気込みも並々ならぬといった所だった。
「同族ですか……考えたくはありませんが、ありえなくもない」
今後フランスの攻勢が続けば、イングランドが禁忌の術に手を出さないという保証もない。特にボーヴェの司教、ピエール・コーションなどは、魔術の素養もあるとは聞く。対人ならば完全に分があるが、対魔となると事情は異なる。
「いいでしょう。保険として考慮しておきます」
頷いてブージーをポシェットに入れたフランは、踵を返し司教座を後にする。その姿に四白眼をギョロリとさせたアリスが、フードを被って部屋を出る準備をする。部屋の外には香で腑抜けにされた衛兵が眠りこけていて、それは地上から此処に至るまで続いていた。
「良い香りです。薬の調合が本当にお上手ですね。アリスは」
ふと入り口の所で立ち止まるフラン。ぴくりと身体を震わすアリスが、期待の入り混じった瞳でフランを見上げる。
「眠り……発情……なんでも……いじれるよ……アタシの、クスリは……」
その口を塞ぐようにフランはアリスの唇を奪い、外套の隙間から手を差し込む。
「あらアリス。中に何も着ていないのね? どうしようもない変態さん……ここでボクにこんな事されるの、きっと期待してたんでしょう?」
骨と皮ばかりの、貧相で痩せこけたアリスの身体を、フランの舌が這いずっていく。
「んっ……違う……ただ、アタシの身体なんて……見ても誰も……興奮しないから……」
反論を企てるアリスの口に指をねじ込み、凶悪な顔でフランが笑う。
「ボクが劣情を催しているじゃあないですか。あまり生意気な口は、こうして塞いでしまいますよ?」
息苦しくバタバタと藻掻くアリスの足元は、しかして声とは裏腹にびっしょりと濡れている。
「ほへん……なはい……ふはん……」
手を抜かれるやぐったりと床に崩れ落ちるアリスを、フランは許すまじとばかりに勝ち誇って見下ろしている。
「いいえ許しません。正直でない駄目な子には、少しおしおきしてあげないといけませんからねえ。覚悟してくださいよアリス。フッフッフ」
子鹿のように震えるアリスに、忍び寄るフランの影。
それから暫く、アラスの司教座には、二人の少女の嬌声と、湿った水の音が響き続けた。
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