10:聖遺着服

「あったあった、これですよ、これこれ!」


 ジルがリッシュモンと密談を交わす中、フランは一人大聖堂の地下に至っていた。そもがそも、アラスの和議自体にフランの興味のある訳もなく、目下の目的は此処この場所。深奥に眠る聖遺物にこそあった。


「聖なるマナ。それにロウソクブージー。四世紀の飢饉、それに十一世紀の疫病の折に齎されたという眉唾モノではありますが、まあ何某かの役には立つでしょう」


 アラスはケルト人によって打ち立てられ、次にローマ人により簒奪され、最後にディオゲネスによってキリスト教に改宗した。それからバイキングの襲来を退けつつ、フランドル、ブルゴーニュ、そしてフランスの三つ巴によって奪い合われたアラスは、幾度か和議の場として活用される程度には、交易の中心地として栄えていた。


「マナとは聖蹟。既に不浄の獣と成り果てた我々には毒ですけれど、ジャンヌの精製には使えます。ブージーはどうでしょうね。アリス?」


 独り言のように思えた一連の振る舞い、しかしてフランの視線は入り口の暗闇に立つ、一人の影に対して向けられていた。


「どう……かな。同族とやりあうってなったら、使えそうだけど」


 ――アリス・キテラ。呪われしアイルランドの魔女は、パリ進軍の報を聞きアラスに参じていた。彼女の目的は聖杯。引いてはその行末を知るとされるテンプル騎士団の足跡だ。パリ解放の折には、騎士団長たるジャック・ド・モレーの処刑地を探索できるとあって、行軍にかける意気込みも並々ならぬといった所だった。


「同族ですか……考えたくはありませんが、ありえなくもない」


 今後フランスの攻勢が続けば、イングランドが禁忌の術に手を出さないという保証もない。特にボーヴェの司教、ピエール・コーションなどは、魔術の素養もあるとは聞く。対人ならば完全に分があるが、対魔となると事情は異なる。


「いいでしょう。保険として考慮しておきます」


 頷いてブージーをポシェットに入れたフランは、踵を返し司教座を後にする。その姿に四白眼をギョロリとさせたアリスが、フードを被って部屋を出る準備をする。部屋の外には香で腑抜けにされた衛兵が眠りこけていて、それは地上から此処に至るまで続いていた。


「良い香りです。薬の調合が本当にお上手ですね。アリスは」


 ふと入り口の所で立ち止まるフラン。ぴくりと身体を震わすアリスが、期待の入り混じった瞳でフランを見上げる。


「眠り……発情……なんでも……いじれるよ……アタシの、クスリは……」


 その口を塞ぐようにフランはアリスの唇を奪い、外套の隙間から手を差し込む。


「あらアリス。中に何も着ていないのね? どうしようもない変態さん……ここでボクにこんな事されるの、きっと期待してたんでしょう?」

 骨と皮ばかりの、貧相で痩せこけたアリスの身体を、フランの舌が這いずっていく。


「んっ……違う……ただ、アタシの身体なんて……見ても誰も……興奮しないから……」


 反論を企てるアリスの口に指をねじ込み、凶悪な顔でフランが笑う。


「ボクが劣情を催しているじゃあないですか。あまり生意気な口は、こうして塞いでしまいますよ?」


 息苦しくバタバタと藻掻くアリスの足元は、しかして声とは裏腹にびっしょりと濡れている。


「ほへん……なはい……ふはん……」


 手を抜かれるやぐったりと床に崩れ落ちるアリスを、フランは許すまじとばかりに勝ち誇って見下ろしている。


「いいえ許しません。正直でない駄目な子には、少しおしおきしてあげないといけませんからねえ。覚悟してくださいよアリス。フッフッフ」


 子鹿のように震えるアリスに、忍び寄るフランの影。

 それから暫く、アラスの司教座には、二人の少女の嬌声と、湿った水の音が響き続けた。

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