02:長弓超克

青騎士ブレゥ・シュヴァリエ。いいじゃないですか。マーシャにしてはハイセンスなネーミングだと、ボクは評します」


 ――端的に言えば「青騎士ブレゥ・シュヴァリエ」の名が決まったのは、ほんの数日前の出来事だった。


 軍議にてフランス軍の尖峰せんぽうたるリッシュモンに協力する点だけは決まったものの、実行に当たっての問題は山積としている。盟主たるジルの不在は外遊と片付けるにして、さりとて前線の地で顔を見られる訳にはいかない。幾ら軍務を退いて久しいとは言え、ジル・ド・レはジャンヌ・ダルクの懐刀として剣を振るった「元」元帥閣下である。おまけに一地方を預かる大貴族ともなれば、顔を知らぬ騎士のほうがモグリだと嘲笑われるのがオチだろう。――だからとどのつまり、ジルとフランの一行は、リッシュモンの旗下で動く為の、平素とは別の顔が要ったのだった。


「名前などどうでもいいさ。イングランドが赤である以上、それに抗うのはフランスを示す青であるべしと思ったまでの事。滞りなく怨敵を討ち果たし、斯くてしめやかに帰還しよう」


 だがそう告げて冷笑を浮かべるジルを、なるほど青だなとフランは見つめるう。確かに血を啜った後のジルは、紅蓮の吸血鬼とでも言った熱気を帯びているが、普段のソレは青白い頬の長身痩躯。だから由来はどうであれ、フランは中々に似合うネーミングだと得心し頷いたのだ。


「ま、仮面を被るにせよ何にせよ、マーシャが表舞台に立つって事はないでしょうから、安心して下さい。主に兵科の指導にあたるのはこのボク、天才錬金術師アルシミストたる、フランソワ・プレラーティなのですから」


 片やフランもフランで、目隠しの為のペストマスクを持参していた。当時黒死病ペスト蔓延まんえんしていたフランスにとって、この装束しょうぞくは死を告げる冥府の招き手として忌み嫌われていたものでもある。素性を隠すには無上の選択肢だと、これもまた得心しフランは頷く。


「相変わらず、屍をついばむカラスのような形をしている。慣れ難いものだな」


 而してマスクを被るフランを一瞥するジルは、忌々しげに毒づく。空気感染を防ぐ為に覆われた、くちばしの如き吸入口。単にそれだけの機構である筈の嘴めいたシルエットは、不思議と死神を連想させる趣があった。


「そう言わないで下さいよマーシャ。ボクだって、ボクの可愛い顔を好き好んで隠したい訳じゃあないんですから。都合上兵士たちの訓練は必要不可欠ですからね。まあ止むを得ません」


 マスクを付けたまま胸を張るフラン。無論闇討ちだけでも一定の戦果を見込める自負はあったのだが、危険回避リスクヘッジの策は講じておきたい。そうなれば次に思いつくのは、リッシュモン旗下精鋭騎士団の、科学的な・・・・戦力補強という事になろう。


「魔術の類を吹き込む訳ではあるまい。どうするつもりだ?」


 ここで至極ごもっともなご質問のジルに、かぶりを振りながらフランは応える。この辺りは鶴の功たる自分にこそ一日の長あり、だ。――そう確信を抱いて。


大砲カノンですよ、マーシャ」


 自らのくぐもった声が嫌になってマスクを外すフランは、さもしたり顔で返す。論理的で――、とどのつまりは、普遍性のある魔術こそが科学。万人に理解しうるよう体系化された機構システムこそが、我が身を不当なる魔女のそしりから免れさせ、且つそれでいて軍全体を強化する唯一の方策だとフランは考えていた。


大砲カノン?」


 しかして聞きなれないとばかりに眉をひそめるジルに、仕方がないなとフランは説明を試みる。力だけは増したとは言え、やはりおつむの程度は雲泥の差だ。――最も急場の突貫工事にしては、随分よくやっていると称賛の無い訳でもないのだが。


「マーシャも投石機、或いは射石砲ならばご存知でしょう。城壁を穿ち、石塔を打ち崩す攻城兵器。大砲カノンとは、それらをさらに軽量化した上で、飛距離も威力も増した対人兵器です」


 つかつかと歩きだすフランは、指で砲の動きを真似ると、バンと撃つ仕草をする。論より証拠、そして実践こそが無二の手ほどきだ。


「このように、移動し、しかる後に敵を撃つ。さしものイングランドの弓兵連中も、これにはひとたまりもないでしょう」


 なんとは言え、重装歩兵シュヴァリエを基軸とするフランス軍が、イングランドに比し劣勢に立たされた切欠は、彼らの有する長弓部隊の存在に起因する。馬に乗って突撃するだけの誉れ高き・・・・騎士団は、名うての射手の格好の的として、戦場に屍山血河を築き上げてしまったのだ。


「――確かに。これまでの攻城兵器の欠点は、移動にせよ設置にせよ、とかく時間のかかる事だった。これを馬匹ばひつで引けるというのであれば、相手にとって大いなる脅威足り得るだろうが」


 腕を組むジルに、そろそろ頃合いとばかりに、フランは褒めて褒めてと詰め寄っていく。マスクを外したのは正解だった。なにせアレを付けていては、ジルと口づけを交わせないのだから。


「こう見えてもイタリアから渡ってきたのがボクですからね。かの天才、レオナルド・ダ・ヴィンチの遺産に触れている辺り、慧眼けいがんと評して頂き結構ですよ!?」


 仕方がないといった表情のジルを理解しつつも、暫くは指導員として真面目にレクチャーせざるを得ない身の上だ。ここぞとばかりに甘えておこうと、フランは全力でジルにまとわり付く。


「まったく流石だよ。まるで知識の万華鏡カレイドスコープだな、お前は」


 その言葉に股間が濡れるのを感じたフランだったが、さしあたっては我慢わがままはお預けと、これから始まる教導について思いを馳せた。

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