01:獅子共闘

 全ては己が大望の成就の為、やむを得ぬ択肢たくしであると自らに言い聞かせ、ジルは月明かりの下、リッシュモンの眼前に立つ事を選んだ。


「ラヴァル公?」


 窓から差す月光が、リッシュモンの禿頭とくとうを照らす。鉤爪かぎづめのように鋭い鼻に、頬張った頬。あの日見た戦神の威容いように幾らか気圧けおされながらも、ジルは平然を装い口を開く。


「随分と久方ぶりです。私は蟄居ちっきょにて放蕩ほうとう三昧でしたが、閣下は常に前線に留まっておいでだと、風の噂に」


 なるほどそのとおり、ジルはジャンヌの死後から今日に至るまで、領地に引き篭もり、政治からも軍事からも手を引いていた。然るにそんな男の突然の来訪に露骨ろこつな疑念を顔に浮かべ、リッシュモンは返す。


「ふむ。その貴公がなぜ斯様かような前線に? ――それも従者も無くお一人で、我が警備の誰しもに気づかれず」


 顎を弄り首を傾げるリッシュモンの疑義ぎぎも当然だ。ジルほどの貴族ともなれば、最低限従者程度は引き連れて歩くもの。それを一人で約束も無しに夜の更けに。これでいぶかしみもしないというのであれば、そちらのほうが余程危うい。


「話せば長くなりますが……閣下も何処かで、私の噂を聞いてはおりませぬか?」


 火のないところに火を起こし、煙をくのが鬱陶うっとうしい宮廷流。政治の表舞台に返り咲いたリッシュモンなれば、自分の噂の一つ二つは聞き及んでいるだろうとジルは踏んだ。


「……ふむ。錬金術の類に入れ込んでいると、文官どもから聞いた事はあるが、余人の戯言たわごとであろう。生憎と儂は、与太話に興ずる程の暇がなくてな」


 眉をぴくりと動かし、にべもないリッシュモン。やはり風聞の類で揺れ動くような男では無かったかとジルは内心で言祝ことほぎ、ならばと先手を打つ事を決める。




「――それが噂では無いとすれば、いかがでしょう」


 ジルは指をパチリと鳴らすと、次の瞬間にはリッシュモンの鼻先にまで歩を進めていた。


「な?!」


 ここに来てようやっと慄くリッシュモン。まるで化物でも見たかのように、目は丸く見開かれている。


「少々の時間と犠牲は払いましたが、ご覧の通り、私は人外の力を手に入れる事に成功いたしました。ただの人間が相手であれば、ものの数秒でくびり殺す事が可能でしょう」


 長髪を掻き上げてジルは言う。期せずしてリッシュモンを見下ろす形になったジルに、而してリッシュモンも、冷静を取り繕って問い返す。


「なるほど……夜闇に紛れて馳せ参じたのも、この力のゆえか」


 一口で糾弾しない所が実にリッシュモンらしいとジルは唸る。これが余人なら、やれ悪魔の仕業だ、衛兵を呼べだなどと喚き立てたに違いない。


「はい。全ては先程閣下が仰っていた、たた一振りの御旗の為。――どうかお役立て下さい。この力を。――私は、私の率いる我々は、閣下の影となりフランスの再興に尽力する所存です」


 斯くて恭しく頭を垂れるジルに、幾らか戸惑う様子のリッシュモン。それから暫くの沈黙を経て、ゆっくりとリッシュモンは口を開いた。


「具体的にはどうするつもりだ? ラヴァル公。影になるというのであれば、前線には立てまい。夜襲か、暗殺か、それとも他の何かか」

 

 想定外に転がり込んだ爆薬を、どう扱うべきか思案するように、リッシュモンはジルを見定める。こと此処に至り、猜疑は興味に打ち負かされつつあるように、ジルには思えた。


「仰る通りです、閣下。我らは表舞台に決して立たず。枢要なる敵の主力のみを屠って参ります。イングランドにとっては魔女である彼女の、呪いは今だ生きているでしょう。それで以て我々は、我らの祖国を守り通すのです」


 顔を上げるジルに、得心したようにリッシュモンが頷く。


「呪い……そうか。あの秘蹟を、あの信仰を踏みにじった蛮族への鉄槌。おおよそは理解した、ラヴァル公。貴公はそうまでして・・・・・・、かの聖女の遺志を継ごうというのだな?」


「――はい、閣下。閣下がそうあれかしとお望みになるのであれば、我ら一同は剣を抜き、怨敵を尽く討ち果たしてご覧に入れましょう」


 そして立ち上がるジルに、呼応してリッシュモンも立つ。月下に浮かび上がる二人の影は手を握り合い、次に抱擁を交わして想いを確かめる。


「そうあれかし。儂は望む。強きフランスの復権を。――イングランドの放逐を。――あの日果たせなかった、彼女との誓いを」


「拝命致しました。我々青騎士ブラゥ・シュヴァリエは、ここに閣下への忠誠を誓います。――悔恨無き生を」


「――悔恨無き生を」

 かつてジャンヌ・ダルクが告げた言葉を繰り返し、1434年晩秋。歴史の影で密やかなる同盟は結ばれたのだった。

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