13:卓上戦論

「という事ですから! 粛々と真面目に、淡々と戦略会議を執り行なおうかと思います!」


 フランは騎士二人を見上げる形で激を飛ばし、それから視線の位置の差に愕然とし、石段の上に駆け上がって体裁を取り繕った。ジルとゲクランも何事かを推し量ったのか、大人しく頷くと円卓に座りなおす。


(ああ、なんだか調子が狂いますね……というか二対一は卑怯なのでは……ジルもゲクランも、揃いも揃ってボクを弄って……)


 而してよくよく考えれば、夜伽においては並ぶもの無しと自負するフランも、自らの思慕しぼによって動く恋愛事には極めて初心うぶだった。最初の恋からどれだけの時が経ったのかとおもんばかれば、いっそ心は処女に戻っていたとすら言っていいだろう。


(くそっ……こうなったら覚えているといいのです、ベルトラン・デュ・ゲクラン……後でボクの性技で腰砕けにしてやりますから……)


 どうやら自分を可愛らしい――、いや、それは事実であるから否定はしないが、一人の少女として認識しているであろうゲクラン。洗脳が済んでいる以上、舐められている訳では無いのだろうが、フランの心持ちとしては、何某なにがしかの罰は与えねば気が済まない所ではあった。


「さて、では静粛せいしゅくに拝聴いたそうか。我が主君モナルク戦略ストラテジーを」


 而してその余裕綽々な態度からして小馬鹿にされている感がムンムンである。こうなればとことんに滅すまで。なにせ巨躯に見合うだけの巨根は設えた大男の事だ。さぞや豪快に精を吐き出すだろうとフランはほくそ笑む。徹底的なる征圧こそは無常の歓び。完膚なき支配こそは至上の愉悦。願わくばゲクランとのまぐわいに、ジルが少しでも嫉妬を覚えてくれればと希う所ではあるのだが……


「そうだな……フラン。私は騎馬と騎馬の戦いしか知らない身だ。魔を使役する戦争の作法を、是非とも教授願いたい」


 ――否。このジャンヌ狂信者フリークスには届くまい。そうフランは思い直し、軽く溜息をつく。全ての始まりにジャンヌがあり、須らくの終わりにジャンヌを置く。何もかもの一切合財を掛けたこの男の前には、恐らく自分はただの……せいぜいがセフレ、よくても友人止まりの存在なのだろう。ほんのいっとき前に感じた胸の高鳴りを押しとどめるようにフランは、今度は深く息を吸い込むと口を開いた。


「いいでしょう。では教えて差し上げます。数と数をぶつけ合うのが人対人の戦争ならば、数を質で凌駕する事こそ魔の本懐。我々は歴史の闇に徹する事でフランスを奪回し、その果てにジャンヌの復活を為します」


 頭を切り替えるフラン。――そう、ジャンヌの為に。でなければ、ジルは、この男はボクを必要とはしないだろう。視界どころか、脳裏の片隅にすら置いてくれないだろう。それは駄目だ。それでは駄目だ。今度こそボクは、ボクの望む愛を正面から奪い取らなければならない。だから、その為には。この復活は必要なのだ……そうフランは固く信じ、言葉を紡ぐ。


「ですので、現時点で我々が採りうる唯一の手段は、フランス軍への影なる援助。少数精鋭で以て敵の邀撃ようげきに当たり、友軍の活路を見出す以外にはあり得ないでしょう」


 かつてのフランなら、怨嗟えんさの赴くままに敵対する勢力を滅し尽くしただろう。幾度もの時代を経てこの心境に至ってはいるが、ただ一度の生であるにも関わらず、復讐という浅薄せんぱくな手段を第一に採らないジルの理性には、生粋の魔女を自認するフランをして、喝采を送るに吝かでない。


「なるほど。つまり我々は、ジャンヌよろしく戦旗を掲げ、果敢なる突撃部隊となる訳か。ここ数年のイングランドの攻勢は、皮肉にもジャンヌの死に因む所が大きい。ならば思い起こさせてやるまでの事。――私にとっての聖女……彼らにとっての魔女の、恐るべく死の呪いを」


 ジルは得心したように腕を組む。方や臨席のゲクランは顎を掻き、どうしたものかといった風に問いを投げる。


「あいや、吾の力なれば旅団の一つ二つどうという事もなかろうが、目的地までの移動はどうする。マレシャル・ドゥ・フランスは兎も角、吾の体躯は並の馬にはちと厳しい」


 それは最もと言うべき疑問だった。敵の本拠地を叩くと言えば聞こえは良いが、そこに移動するまでの足はどうしたって必要不可欠。幾ら白兵戦で無類の強さを誇るゲクランと言えども、敵に追いつけなければ本末転倒なのだ。


「ご安心ください。ベルトラン・デュ・ゲクラン。足ならば既に用立ててあります。この会議が終わり次第お披露目としましょう」


 当然とばかりに笑みを浮かべるフランは、円卓まで近づくと卓上の地図を指し、さしあたっての目標を告げる。


「第一の目標はルーアン。ジャンヌ・ダルクの火刑が執行され、その宿敵たるジョン・オブ・ランカスター・イングランド司令官の座すこの都こそ、我が騎士団が最初に旗を打ち立てるべき場所です」


 ルーアン、忌まわしき魔都。聖女を吊り上げ、魔女として処断した血塗られし都。だがだからこそとでも言うべきか、戦争の大半をイングランドの支配下に過ごしたこの都市の解放は、フランス軍そのものにとっても福音として響く事だろう。ここでフランは、あとはジルに託すとばかりにアイコンタクトを送る。


「ふむ……ランカスターか。道すがら復讐を果たせるというのであれば更に僥倖ぎょうこう。――となると残すは、フランス軍の誰と歩調を共にするか……だが」


 暫し俯いて一考したジルは、意を決したように円卓を立つと、思案の末に口を開いた。


「一人心当たりがある。アルテュール・ド・リッシュモン。かつて戦線を共にした、そして今や私の後を継ぎ大元帥に名を連ねる……フランスの武人だ。折り合いは決して良いとは言えなかったが……頼るならば彼以外にはあるまい」


 射抜くようなジルの双眼に背筋を震わせたフランは、ああやっぱりこの人は、ジャンヌの為ならば何もかも駒にする人間なのだなと、改めてそう思った。

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