12:壮士和解

「ほう……マレシャル・ドゥ・フランス。では貴君 は、フランスそのものを滅するつもりは無いと?」


 ジルの眼前で頷くベルトラン・デュ・ゲクランは、大の大人数人分の巨躯きょくを震わせ豪胆ごうたんに笑う。フランがボトルを抱えこちらに向かう頃、円卓で顔を突き合わせたジルとゲクランは、歓談に花を咲かせていた。


「如何にも。先ずオーグル公にご承知おき頂きたいのは、我が覇道にとって、ジャンヌの復讐は最優先では・・・・・無いという事だ」


 かくて主君たる体面を保とうと、懸命に振る舞うジル。フランによって縫合ほうごうされた腹の傷を除けば、眼帯に包帯を巻くゲクランに引き換え、ジルの見た目は壮健そうけんである。而して力量差はと言えば一目瞭然いちもくりょうぜん。百年戦争の英雄を前に尻込みを隠せないジルを、さりとて一向に気にしないとばかりにゲクランは続ける。


「つまり貴君、マレシャル・ドゥ・フランスの最たる指標は、先に死したるジャンヌ・ダルクの復活。引いては慎ましやかに幕を下ろす、かかる淑女の幸福なる未来という事で宜しいかな?」


 いかに不死と言えど、剣撃で穿たれた眼球はそう治らない。鉄仮面を脱いで破顔するゲクランの外貌は、なるほど生前の噂に違わず、オーグルのような強面である。そこにさらに死霊魔術の後遺症と、これ見よがしな傷跡が加わるのだから、眼前に立つ者のおののきも容易に想像が付くと言えよう。


「その通りだオーグル公。仮にフランス全土が焦土と化せば、蘇ったとてジャンヌの生きるよすがが無い。何より彼女自身が命を賭して守ろうと願った祖国を、私の一存で奪う権利は無いだろう。復讐の貫徹がジャンヌの想いを踏みにじる以上、私は可能な限り国体を死守せざるを得ない……そういう訳だ」


 自らの方針を理路整然と述べるジル。その蒼眼には一切の迷い無く、ゆえに無二の騎士ゲクランも、これに呼応せざるを得ないと頷く。


「なるほど。ジャンヌ・ラ・ピュセルの御為おためにこそ、祖国を守るという腹積もりか。それならば分かりやすい。いや、われも不浄の騎士に成り果てたとは言え、かつてはフランスの守護者と呼ばれた者。――ここでたかが怨讐の名の下に国土を蹂躙するともなれば、疑義ぎぎを差し挟まざるを得ない所信だったゆえ」


 ニヤリと笑みを零すゲクランは、ジルの二倍はあろう右手を差し出し、握手の姿勢を取る。これに戸惑いつつも応えるジルとの間に、さしあたっての両者の禍根は、一切が取り払われたかのようにも見えた。――最も、豪放磊落ごうほうらいらくを旨とする旧き騎士ゲクランにとっては、初めから虚心坦懐きょしんたんかいこの上なしと言った所だったであろうが。




「――あら、お二人とも仲がよろしいのですね? マーシャ」

 すると丁度そのタイミングで現れたフランが、固い握手を交わす二人を交互に見やり、呆れたとばかりに肩をすくめる。


「フランか。先刻はありがとう。助かった」

 言うや握手を解き歩を進め、フランを抱擁ほうようするジル。咄嗟の出来事に虚を突かれたフランは、身動きも取れないまま頬を染める。


「な、何をいきなり……ま、まあボクが助けてあげなかったら、今頃ジルはミンチの細切れでぐじゃぐじゃになってましたからね! 感謝されるにはやぶさかではありませんが!」


 謝辞しゃじと共に自身の名前を呼んでもらった事がよほど嬉しかったのか。フランは暫く俯いたまま、何かを反芻はんすうするように口元を動かしていた。




*          *




「ゴクゴク……うまい。傷ついた身体に染み入るようだ。鼻孔をくぐり抜ける鉄の香りが、こんなにも芳しいものだったとは」


 しかして。フランが遠い世界に意識を追いやっている間に、ジルは彼女の持ってきたボトルを一瞬で飲み干していた。ここでやっと現実に引き戻されたフランは、憤懣ふんまんやるかたないとばかりにジルに食って掛かる。


「ちょっとマーシャ! 幾ら何でも一気に飲み過ぎです! ――ていうかボクが持ってきたんですから、断りぐらい入れて下さい!」


 平素の冷徹さは何処へやら、わーきゃーと騒ぐフランを、ゲクランは顎をさすりながら微笑ましく見守り、そして腹を決めたように口を開く。


「いやあ、我が主君モナルクは、実にマレシャル・ドゥ・フランスがお好きらしい……決めましたぞモン・モナルク。我が騎士道の誇りに賭けて、吾は貴方の主、ジル・ド・レ公にお使え致しまする」


 かくて恭しくこうべを垂れるゲクランに、頬を膨らませながらフランは応じる。


「と、当然です! ベルトラン・デュ・ゲクラン! 貴方を呼んだのはボクなのですから! 主君モナルクの命に従うは必定! それに! それにですよ! マーシャはボクの大切なビジネスパートナーです! ねんごろにするのもまた当然でしょう!!!」


 これ以上無いくらいにプリプリしたフランは、華奢きゃしゃな腕を胸元で組むと、権威を誇示するように続けた。


「いいですか! ボクは精を吸う事にかけては右に出る者は居ないクイーンオブサキュバス……もといプリンセスです! いわん百戦錬磨ひゃくせんれんま手練手管てれんてくだのこのボクに、恋だ好意だなどと児戯じぎにも等しい茶番だと、よくよく肝に命じておいて下さい!!!」


 えへんと締めるフランを上目に、笑いを堪えきれないゲクラン。納得が行かないのか同意者を求めるべく振り返ったフランを、今度はジルの両腕が抱きしめた。


「ああそうだフラン。お前は誰よりも大切なビジネスパートナーだ。今日も頼む。そして愛している。ありがとう」


 毛布を掛けてもらっただけでも嬉しかったのに、一体今日のジルはどうしてしまったんだろうとフランは思いを巡らせ、まあたまにはこんなのもいいかと考えるのを止め、暫し温かいジルの双腕に全てを預けた。

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