07:英雄再臨

 眼前で美味しそうに食事を頬張るジルを眼前に、フランは言い知れぬ歓びを感じていた。――うっとりするほど長い睫毛に、彫像のように整った顔立ち。それらは度重なる憂愁ゆうしゅうによって一層に美を湛え、聖女喪失に端を発する嘆きこそが、彼の魅力を十全に引き出しているようにフランには思えた。


 なにせたった今ジルが口に運んだモノは、昨日狩ってきたばかりの少女の肉。ジャンヌに似たイモ臭いガキを、さらって腸をえぐり出してきたソレ。有り体に言って美少女とは評し難い生前のジャンヌの類似品そっくりさんは、見渡せばそこら中に転がっている。そんな大して美しくもない農家の朴念仁ゴミに、なんで貴方はそこまで惚れ込んだのかという嫉妬と怨嗟えんさを滲ませた、理不尽極まりない八つ当たり。その肉片を美味しいとジルが評してくれるのだから、フランとしては満悦の笑みを浮かべるに足る事態だろう。これからもまた腹ただしくなったら、その辺から芋を引っこ抜くように殺してくればいい。だって賤民せんみんは、畑から幾らだって採れるのだから。それが分かっただけでも、十分な収穫だと称賛し言祝ことほぐ所だ。


 そうして幾分か胸のすいたフランは、午後の日程に合わせ行動を開始する。ジルが一定の力を付けた時の為、彼と自身の食事を用立てる為、それからこれからの進軍に向け、フランは黒魔術、錬金術、死霊魔術の全てを傾け、手足となるべく配下の創生に微力を尽くしていた。


 廊下をすれ違う召使たちは、誰もが畏れの視線をフランに投げかけ、フランもまたそれを善しとして堂々と闊歩する。そんな光差す庭を過ぎたのなら後は漆黒の地下。慣れた据えたカビの臭いと、続く腐臭に思わず頬が緩むのを、フランは感じる。




「こんにちは、ブロセリアンド・オーグル。そしてボクとマーシャのお城へようこそ」


 かくて階段から睥睨へいげいするフランの眼下に、ひざまずく一つの影があった。彼は死者蘇生ネクロマンシー黒魔術メイジノワールで身体を繕った後、降霊術ペレリナージ催眠術ヒュプノシスにより人格を与えた腐人ゾンビの一種。暗闇に響くフランの声に反応し、待ちわびたように影は立ち上がり、名乗りを上げた。


「はっ、ベルトラン・デュ・ゲクラン――、ここに」


 黒のプレートメイルに身を包む巨漢は、くぐもったような低い声でそう告げる。鉄仮面の奥からは鈍い眼光が射殺す様に覗いていて、並の騎士の数倍はあろう体躯に、軽々と掲げられた鉄球フレイルが、彼のケタ外れた剛力を暗黙の内に物語る。


「昨夜は良い働きでした。男女問わず屠る冷血と、生者を一瞬で肉塊に変える膂力、素晴らしい限りです」


 昨晩、この化物の最終調整も兼ねての出撃は、フランに望外の戦果を齎した。サンプルとして消えたのはシャントセの領域に足を踏み入れた野盗の斥候だが、五人をフレイルの一振りで磨り潰す圧倒的な腕力は、今後十全に期待の持て得るものだった。こいつを前衛に据えてさえおけば、騎士団の一つや二つならば容易に殲滅せしめるだろう。なにせご丁寧にも、不死の上に分厚い鎧まで纏うと来ているのだから。


「お褒めに預かり光栄です。我が主君モナルク一度ひとたびフランスの地に舞い戻ったからには、我が主君モナルクの為に粉骨し尽くす所存であります」

 



 ――ベルトラン・デュ・ゲクラン。百年戦争の初期を駆け抜けたフランスの英雄は、イングランドはエドワード黒太子ブラック・オブ・ウェールズによって奪われた祖国の領土を、瞬く間に奪還してみせた。オルレアンの乙女が目覚めるまでフランスが持ちこたえられたのも、鬼神オーグルの二つ名を与えられた、一重にこの男の活躍があったればこそだろう。


「期待しています。ブロセリアンド・オーグル。貴方にボクのマーシャの加護のあらん事を」


 そう微笑むフランは、ベルトランの主君モナルクとして登録がなされている。この男は醜いながらも騎士道の規範を示す生粋のナイトで、一度主君と決めた者には冥府の底まで付き従う忠義を持ち合わせている。今回は降霊に加え幾らかの暗示を加える事で、主従の関係性を擬似的に築く事に成功した。これらの措置はジャンヌ降誕の儀においても有用であろう事を鑑みると、自然とフランの口角が緩むのも致し方ない事だろう。科学の日進月歩に合わせ、我が秘術も進化し続けているのだ、と。


「はっ。有り難きお言葉。では我が主君モナルク。我が身に主命を。オーダーを。モン・モナルク」


 相も変わらず愚直な返事のベルトランを眼下に、満悦の笑みを零すフランは、かくて声高に告げるのだった。


「ではオーグル。主として最初の主命を発します。ボクのマーシャと剣を交えなさい。一切の手加減なく、命懸けで愛を込めて」


 そう、この化物こそがジルの、フランの育て上げたジルの、最初の訓練相手だ。自らの産んだ二つの怪物を天秤にかけ、結末を想うフランの胸は、驚くほど熱く脈打っていた。

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