06:朝餐肉林

 翌朝、小鳥のさえずりと共に目覚めたジルは、乱れたシーツを横目に、昨晩の狂騒きょうそうを思い出す。恐るべきは、自分が少女を犯したという行為そのものではなく、自身がジャンヌに劣情れつじょうを催していたという事実だろう。現状はソレをアレが受け止めてくれるがゆえに、本能の赴くがまま行使しているだけに過ぎない。しかしてよぎる自己嫌悪に遥かに勝るのは、節々から滲み出るこの膂力りょりょくだ。フランに調整を施された身体は、日を追うごとに生気を増していて、今ならば騎士団相手に剣を振るったとて凌駕し得るとは、控えめながらに確信を抱く所存ではある。


「そろそろ……力を試すべき時宜じぎではあるのか……」

 かくて召使に掃除を任せたジルは、朝食を摂るべく広間に向かう。人外の力を手にする為に投じた半年。フランに頼み込み、実戦の演習を段取って貰うべきかも知れない。そう思いつつジルが食卓に至る頃には、机には既に料理が並び、芳しい香りが辺りに漂っていた。


「おはようございます、マーシャ」


 夜とは代わり、メイド服姿で恭しく一礼するのはフラン。並の女なら壊れる暴力を振るわれながら、翌朝には平然としていられるのも、彼女のもとが死体である所以ゆえんであろう。


「おはよう。今日も随分と豪奢ごうしゃ朝餉あさげだな」


 見回す限りに、肉切れが十皿はある。それから鮮血を並々と注いだグラスにボトル。出処でどころが何処であるかは問わないのが騎士の礼儀とでも言おう所だが――、要するに恐らくは、フランが狩ってきた人肉の類に相違そういない。


「はい。マーシャのために、ボクも一生懸命、丹精込めて作りました」


 最も餌や・・素材・・にしてしまった人間の残りかすは、こちら側・・・・で美味しく頂いている。なにせそのまま埋めたのでは腐敗臭が酷いのだ。だから皮と肉を剥ぎ血を抜いて、最後は骨だけにして処分するというのは、栄養、衛生、病理、経済等々、幾つかの学術的観点から見ても、合理的な判断と評し差し支えなかった。


「そうか……コックたちには礼を言っておいてくれ」


 とまれこの不快にして面倒な作業の一連を請け負うのがフランの影武者たる老翁の仕事なのだが、ここの所は分量が増え処理が追いつかず、ついに新しいコックが加わったらしい。しかして裏方の人事全般はフランに一任している手前、ジルとしては介入の仕様も無ければ、その人物の顔すらも知らない始末だ。なんでも魔女と獣人とは聞く所だが、自らも人外に成り果てようとしている今、さしたる興味の持ちようも無い。


「――はい。きっと彼らも、マーシャの言葉を嬉しく思う事でしょう」


 だからジルは、先ずはと言うべきか。こちらはこちらで、フランがせっかく用意してくれた料理に舌鼓したづつみを打ち、携わってくれたスタッフたちに相応の給金を支払う事だけが、さしあたっての雇用主の仕事だろうと判断していた。




*          *




「うむ。濃厚でとろけるような舌触りだ。誰の何処の、とまでは問わないが」

「ふふ……若々しい牝鹿めじかの肉ですよ。昨日の夜、張り切って狩ってきちゃいました」


 かくて広間の長いテーブルに座るのは、ジルとフランの二人だけ。地下を含む外法の領分は、今や全てをフランの手勢が取り仕切っている。下手に一般人である召使共を巻き込んで、のちのち足元をすくわれるよりかはマシとの采配だが、結果としてジルとフランが共にする時間は否応無しに増えていった。


「――あの後で、か。元気だな、フランは」

「マーシャの熱いの……沢山貰っちゃいましたから」


 傍目には和やかな会話だが、互いに飲み交わすのは人の血。かつてはその場で調達する必要のあった生き血だが、新しい調合師のおかげだとかで、最近は多少の備蓄が効くらしい。――或いは単に、身体がそういうものに馴れてしまった可能性も否定はできないが。


「それで今日は、どうする? そろそろ私の力を試したいのだが」

「良い機会だと思います。ならボクはちょっとソレ用の騎士・・・・・とミーティングをしてから……午後一番でどうです? ボク自ら、貞操を賭けてマーシャのお相手をさせて頂きます」


 くすりと微笑むフランの銀髪が、陽光に煌めき眩しく光る。こうして見る限りでは、病弱で薄幸な良家の息女とでもいった風合いなのだが、実態は死体人形だというのだから世の中は分からない。


「分かった……では昼過ぎにまた会おう。美味しい食事だった。ありがとう」

「えへへ。マーシャにそう言って頂けて、ボクは嬉しいです。それじゃあ、午後」


 口元を血糊ちのりで濡らしたまま短い言葉を交わしあい、そうして二人は暫し別れた。

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