04:代替少女

 軋むベッドの上で、汗を滲ませた少女が身体を揺らしている。普段は死人めいた白肌も、この時ばかりは生を主張するように、或いは求めでもするように、赤く紅く火照っている。


「いい……ですよ……マーシャ。今日もボクをジャンヌだと思って……んっ……」


 その熱い吐息を吐く少女の名は、フランソワ・プレラーティ。死霊魔術ネクロマンシーで蘇らせた屍に魂を宿す、稀代の黒魔術師メイジノワールにして錬金術師アルシミスト。そして彼女の、ガラス細工めいた華奢な身体に覆いかぶさるのは、かつてのフランス軍元帥にして救国の英雄――、それが今や怨讐えんしゅうのまま悪鬼に身をやつす哀れな男、ジル・ド・レだった。


「ジャンヌ……ジャンヌ……!」


 声を絞り出すように腰を打ち付けるジルは、最早フランの名を呼んですらいない。飢えた獣のようにフランの身体を貪り、或いは甘えでもするように欲し続ける。


「大丈夫……マーシャ……ボクは頑丈ですから……マーシャをちゃんと受け入れてあげますから……んぐッ……」


 ジルを憐れむように声をかけるフランだったが、その細首はジルの手に締められ、白目を剥きながら嗚咽を漏らす。


「ハァッ……! ハァッ……!」


 しかして聞こえるのは、ジルの荒い息遣いのみ。行為に耽溺たんできし、他を顧みなくなったジルの前に、フランはただの玩具にしか映らないが如くだ。


「んげぇ……えッ……ァーシャ……」


 身体が赤を発す中、首から上だけを紫に変色させ、フランは息も絶え絶えにジルの名を呼ぶ。だが相変わらずジルは、全霊を込めた抽送を止めようとはしない。


「ッ……出すぞジャンヌッ……お前の、中に、私はッ……!!!」


 その抽送が幾度となく続いた末、ようやっとジルは口を開き、フランの首を離しながら精を放つ。いっときに解放された身体がびくびくと脈を打ち、フランは糸の切れた人形のようにベッドの上に崩れ落ちた。




*          *




「ジャンヌ……許してくれ……私は、私は……」


 己の白濁をフランの胎内に吐き出し、ぜえぜえと肩で息をするジルは、詫びるように謝罪の言葉を繰り返す。その眼は虚ろで、目の前に居るフランすらも一顧だにしていないようにも見える。


「ハァ……ハァ……かわいそうなマーシャ……ひとりぼっちで荒野を彷徨う、行き場の無い怪物……」


 そのジルに寄り添うように起き上がったフランは、口元から垂れたままの涎をそのままに、ジルの首元を愛おしそうに舐める。


「マーシャはジャンヌの匂いを嗅いで、我慢ができなくなったんですよね……もう人と化物の境目に在って久しいのに、ベッドまでよく我慢できました。偉い偉い」


 撫でるフランの手の感触にすら反応を示さずに、ジルは頭を抱え項垂うなだれている。行為の後はいつもこうだ。ジャンヌの名を叫び絶頂したジルは、何かに怯えた子犬のように、縮こまって震えだす。


「私は……君を守れなかった……最後まで君の騎士で居ると約束したのにも関わらず……剣を握る事も出来ず……ただ恐怖に震えていた……」


 己の罪を告解するように、ジルはそう繰り返しながらフランを抱く。その時のジルの身体は、行為とは別のじっとりとした汗で蒸せっていて、フランはそれすらも愛おしいのだといった風に抱きしめて返す。


「大丈夫です……マーシャはよくやりました。もう敗けません。だってボクが居るんですから。貴方を誰よりも強く、美しく、そして気高い化物に育ててみせます。だから大丈夫……大丈夫」


 なだめるフランに、今度は何も答えないまま抱く力を強めるジル。もはやこの膂力を受け止めきれるのは、そもそもが死体であるフランぐらいのものだろう。メキメキと鳴る骨の軋みに、フランは喜色ばんだ嬌声をあげる。


「んんっ……マーシャ……そんなにしたら……壊れちゃいますよ、ボク以外の娘・・・・・・じゃ……」


 ――でもボク以外の娘に、マーシャの身体を使わせる気はありませんけど。そうフランが続ける頃には、先刻まで狼めいていたジル・ド・レの背中は、フランの腕の中でくーくーと寝息を立てていた。


「本当に、本当に本当に本当に……かわいそうなマーシャ」


 血を吸ったジルの赤い唇に、自らの紫色の唇を当てると、フランはジルと出会った日の事を、微睡んだ眼で思い起こしていた。

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