03:精虫遊泳
ジルとフランが辿り着いた広間は、地階でありながらも他とは一線を画していた。辺り一面に張られた水槽に、
「……ジャンヌ」
そこで
「まったく……マーシャはジャンヌの事になると、すぐこれですから」
だがその光景を横目に、ぶつぶつと独りごちるフランは、面白くなさそうにケープでもう一度口を拭くと、水槽の淵に佇んで振り返る。
「ボクはもう行きますよ……ジルはそこで見ていて下さい」
言うやケープと頭巾を脱いだフランは、一糸まとわぬ姿で水面へと足を踏み入れる。真っ白な病人めいたフランの身体は、一層に青白く、あたかも死体の如く
――いや、そもそもが死体だったか。
そう思い出したように頷くジル。その真偽は定かならずも、フランの身体は、さる少女の死体を
最初は訝しがったジルではあるが、見た目の年齢に比し、老齢の司祭、いや
「――ほら見てください、マーシャ。ジャンヌの眼球が動いているのがわかりますね?」
フラスコに近づき、嬉しそうに破顔するフランは、自身の灼眼をジルに向ける。
「ああ、そうだな」
フラスコの中に浮かぶのは、人間のものと
「そこはもっと
相変わらずつまらなそうに頬をふくらませるフランは、大きく息を吸うと水槽の底に潜った。元が死体を加工した彼女の身体は、生体機能と隔離した生殖器官に、男から得た精を備蓄する機能がある。それをフラスコの中でジャンヌに注ぎ与える事で、人間の受肉を再現しようというのが彼女の試みらしい。
……なんでも
そんな雑考をジルが巡らす中、フランはおとぎ話のセイレーンさながらに精子を撒き泳いでいる。これで雛形としての原型が出来上がれば、第一段階は
* *
――ジャンヌの欠片を集めておいたのは、正解ですよ、マーシャ。
遺伝子……人の有り様を示す螺旋の階段、とフランは言ったか。ともかくジャンヌの寄辺となる肉体の再編は、このペースであれば、数年以内には成し遂げられる筈だ。四億人分の精子。そうフランはジルに告げたが、一人の男を廃人にするまで精を絞るフランの事だ。そう遠くなく達成はされるだろう。
* *
「首尾はどうだ、フラン」
かくて水槽から上がってきたフランを、抱きしめながらジルは囁く。先刻までは汚らわしいとすら断じていた少女の肢体も、この時ばかりは愛おしく感じる。
「ああ……もう……マーシャは……ジャンヌに触れてきた後だけは、ボクの匂いをそうして嗅ぐんですから……」
ジルの腕の中で
「私の血の臭いを、アレにつける訳にはいかない。だが私は……アレの温もりを欲している」
ジャンヌという名を使わずに、フランの身体を弄るジル。細く手折れそうな少女の両手は、さりとて見た目より遥かにしたたかに、ジルの首筋にまとわり付いている。
「……酷いですねえ……こんなに可愛いボクを前に、マーシャはジャンヌの事しか考えてくれてない……ああ、首尾は上々ですよマーシャ。――あとは血と肉です。血と肉を、聖女に」
消え入りそうな声のフランに、ジルはついに時が来たかといった風に頷いてみせる。
「案ずるな。もう強化は済んだのだろう。連れてきてやる。百人でも千人でも、アレを蘇らせる為なら、何億人でも」
フランの唇を奪い、その細い身体を片手で抱き上げ、残った手で石塊を握りつぶしてジルは言った。彼の瞳に灯る炎は、最早人のソレとは言い得なかった。
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