02:淫魔冷笑

 フラン。――フランソワ・プレラーティ。黒い頭巾を被り、ケープをはためかせる少女の名を、ジルはその名前でしか知る事は無い。


 このイタリアから流れ着いた錬金術師アルシミストは、老翁ろうおうとの二人組でシャトー・シャントセに姿を現した。悪魔の召喚と人体錬成に関する噂を聞いたジルは、先ずは話だけでもと二人を歓待かんたいすると……果たして先に口を開いたのは、老翁に非ず少女のほうだった。


 ジルはと言えば老翁こそがアルケミスト・フランソワだと思い込んでいたが、どうやら事実は逆らしい。あからさまな賢者といった外貌がいぼうの老翁では無く、薄幸すら匂わせる痩せ細った少女のほうが、フランソワ・プレラーティその人だったという訳だ。


「お初にお目にかかります。ジル大元帥閣下マレシャル・ドゥ・フランス。――ボクの名はフランソワ……フランソワ・プレラーティ。外法にて人の写し身を生み出す、神に背きし錬金術師アルシミストです」


 フランソワ曰く、老翁はただの影武者。――すなわち、いざという時に切り捨てられる、体のいい肉壁にくへきに過ぎないらしい。誰しもが高名なる錬金術師とも聞けば、それ相応の年を経ていると思い込むもの。人心の先入観を利用するとは言え、裏を掻いた巧妙なやり口ではある……ともあれフランソワ・プレラーティは、気がつけばそれからの一年を、ジルの計画の片腕として務め続けていた。




*          *




「マーシャもご覧になりますか? 本日のボクの成果を」


 かくてジルを先導し歩くフランは、今日も変わらず幽鬼ゆうきめいている。愛称はフランソワだから、略してフラン。そしてフランの呼ぶジルの愛称は、元帥マーシャルだから、略してマーシャ。――最も今や、軍務から退いたジルにとって、その称号は飾り以外の何者でも無かったのだが。


「いや、結構だ。それよりジャンヌの状況を知りたい」


 これもいつも通り、そっけなく返すジルに、フランは口元の精液を舐め取りながら、つまらなそうに口笛を吹く。さしあたってのジルの仕事が吸血なら、フランの仕事は精液の収集だった。


「ハァ……ちょっとはボクにも興味を持って欲しいですね、――マーシャ。まったく、他の男ならこの身体にぞっこん……な筈なのに」


 片目を隠したショートカットの銀髪。そしてその奥から覗く灼眼。口調も相まって少女か少年かひと目には分かりかねる中性は、実のところジルの気に入る所でもある。しかしそれを意識する度に、記憶の底で聖女の面影が過るがゆえに、敢えて目を背けている次第だった。


「お前と男のまぐわう姿を見て、いったい何が楽しいのだ。――そら口を拭け。付いたままだぞ」


 舐め取ったはいいものの、未だにこびり付いた白濁を拭うべく、ハンカチを差し出すジル。だがそのハンカチを受け取ったフランは、これみよがしに舌でそれを舐めて見せる。


「ごめんなさいマーシャ。付いていましたね……フフ、まだ。毛も残っていました」


 指先で陰毛をつまみながら、破顔するフラン。こいつはこうして、一日で何十人という男から精を絞り出す……さながら淫魔だ。だがホムンクルスを産む為にそれが必要だというのだから、さしものジルにも止める手立ては無い。


「いい年の女の子が、そんなんでどうする……周囲に舐められないよう、せめて毅然として振る舞わなければ」


 そこまで言ってジルは、それがかつてジャンヌに向けて語った言葉だった事を思い出し、しばし閉口する。始めは金色ブロンドの長髪をなびかせる、一人の少女として神託を告げに来たジャンヌ。だが本人の意図を問わず、女であるがゆえに好色の視線に晒される現実。そう非ざる為に髪を切り、甲冑に身を包んで戦場に立ったあの日。――あの日もジルは、ジャンヌを鼓舞こぶする為に説教めいた事を宣ったのだった。




「どうしましたか……マーシャ?」


 而して気がつけば怪訝けげんそうな顔のフランが、ジルの脚衣ショースに身をかがめ、屹立きつりつに手を当てて微笑んでいる。その言葉とは裏腹に表情は惚けていて、熱い吐息が布越しに伝わってくるのが分かる。


「いや……なんでもない。――それより何をしているんだ……フラン」


 どうやらジルには、かなりの割合で嗜虐しぎゃくの癖があるのだろう。相手を痛めつけた後、否応なしに隆起りゅうきする己の逸物いちもつは、その残忍を証明してはばからない。だがこの戦場で芽吹いた、人として忌むべき性癖も、今や悪魔崇拝のゆえに十全に満たされ、或いは加速し、フランによって逆撫さかなでられている。


「何もかにも。マーシャが辛そうだったものですから。――楽になるお手伝いをと思いまして」


 いかにも事務的な口調だが、残念そうに舌打ちすると、フランは踵を返し、また歩きだす。感情の昂ぶった今ならば、このまま襲いかかりねじ伏せようと思いもするジルだったが、ジャンヌに会う手前にそれを為すというのは、やはり如何ようにも許しがたい暴挙だと押しとどまった。


 やがて暗く長い廊下は、大きな門扉もんぴに突き当たり、それをギイとフランが押した先に、天蓋から光差す一角が現れた。水音の響くそこには、長大な水槽めいた何かと、その中心に浮かぶ巨大なフラスコが、中に何者かを置いて、確かにあった。

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