01:悪鬼胎動
男は
省みるだけでも。男の曽祖父は王家
――まったく馬鹿馬鹿しく浅薄で、そして無意味だ。
而して。かかる如何なる栄誉を以てしても、たった一人の少女を救う事すらままならなかった。ならば全ては余りに無価値と、男は棚に並ぶ栄誉の証を侮蔑の眼差しで
そんな男の眼前には、震える少年が縛られたまま全裸で横たわっていて、周囲に散る赤い布の切れ端が、どうやら彼がイングランド兵士であったろう事だけを僅かに示す。男はゆっくりと椅子から立ち上がると、この震える少年に近づいてしゃがみ込んで囁いた。
「気分はどうかね?」
低く響く、無感情で冷徹な声。少年はふるふると首を振るだけで、何も答えようとはしない。――いや噛まされた
「そうか、そうか……上々か。それは良かった」
だがそれすら意に介するまでも無いと朗らかに笑い、男は少年の首元に歯を突き立てる。少年の怯えの、その理由は分かりきっていた。彼の眼前……すなわち男の背後に横たわる光景は――、紛うこと無き
「……ッ……ィッ……」
哀れにも声にならぬ声を上げ、光を喪っていく少年の瞳は、彼の命が事切れるのと同時に灰色に変わった。それから暫く血を啜り続けると、男は満悦の笑みと共に喉元から唇を離す。かくて紅を差したかの様に真紅に染まる男の口元からは、数時間前からたった今に至るまで、吸いに吸い尽くした命の
男が
――1433年5月。一人の聖女が死に、一人の悪魔が生まれてから三年の月日が過ぎた頃、アンジューの防衛戦たるシャトー・シャントセは、秘儀信奉の一大要塞として、その姿を変えていた。男――、すなわちジル・ド・レの枷となっていた祖父は昨冬に他界。それを待っていたかのように、ジルは子飼いの錬金術師を城内に招き入れると、半ば公然と自らの計略の為に駒を進め始めたのだ。
先ずは血。たった一人で騎士団と張り合えるだけの力を欲したジルは、その獲得の為に半年を費やした。前線から送られてくる捕虜、孤児院から連れてきた孤児。人買いに売られた農奴の末子。最低でも一日五人と定められた生贄たちは、かくして喉を切られ血を啜られ、死体の山となってシャントセの地下に埋まる事となった。
そして今宵の食事を終えたジルは、優雅に剣を抜くと石像に切ってかかる。飴細工のように溶けて落ちるその切れ端を見て、多少は得心が行ったのだろうか、ジルは満足げに微笑むと、誰も居ない筈の暗闇に向かって告げた。
「こちらは、こうだ。そちらの首尾はどうだね……フラン」
すると闇からにゅっと足を踏み出した白い影――、いや。白い顔の少女は、黒い頭巾の中で赤い眼光を光らせながら返すのだった。
「――今日の材料は百人分。ボクのほうも問題はありませんよ、
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