【裏】プロローグ
何一つ飾り気のない広い部屋で少年と少女が激しい戦いを演じていた。
少年は必死の形相で少女を打倒するべく与えられた異能と魔導を駆使して襲いかかる。
そこに手加減はなく、少女を殺めることすら厭わないモノがあった。
少年に与えられた異能は風。
魔力が練り込まれた風の刃は逃げ場なく少女を囲むように襲いかかった。
「ん……」
しかし少女は身体を踊るように回転させる。
そこに危機感はなく、直撃すれば命に関わる脅威に晒されていながらも迫りくる刃に微塵も恐怖を抱いていない。
そして少女の身体から一陣の風が巻き起こり、
「そ、そんな……」
少年の絶望を含めた声が室内に響いた。
一瞬前まで少女の命を奪うはずだった刃は回転と同時に霧散した。
いや、少女の身体から吹き出した魔力にかき消されたのだ。
相対していた少年とは比較にならないほどの圧倒的魔力。
決して少年が弱いわけではない。
訓練された一般的な兵士が束になっても軽くあしらうだけの強さを少年は持っている。
放たれた風の刃は安々と鋼鉄を切り裂く威力を持ち、魔導の制御もAランク相当の力。
どこかの組織にでも入れば直ぐにエース級の扱いを受けることができるだろう。
「……っ!」
呆然としていた少年が息を飲む。
いつの間にか自分を取り囲むように魔力で編まれた刃が出現していたのだ。
構成を気づかせない速度。
すり抜けることが叶わぬほどに出現した大量の魔力刃。
「……」
見せつけられた光景に全てが及ばぬと理解した少年は静かに膝を着く。
同時に戦闘の終了を告げるブザーが室内に響き渡り、部屋の四隅に取り付けられた拡声器から男の声が聴こえてくる。
「三十番と九番は速やかに退場し検査室へ向かえ」
それは実験の終わりを告げる言葉。
少女は無邪気に少年へと手を振りながら声に従い軽やかな足取りで退出していく。
膝を着き震える少年を残して。
◆
「まさか成功するとはな……」
「どちらかと言えば三十番が化物すぎるだけじゃない?」
戦闘の様子を見ていた白髪の青年の言葉に同じく白髪の女性が感想を述べる。
二人が居るのは実験を観測しているモニター室。
先程まで室内にいくつも取り付けられている画面で戦闘を観察していたのだ。
「そうか?」
女性の言葉に余り小難しいことを得意としない青年が疑問を投げる。
「そうでしょ。今回の実験ってあくまで異能の定着なんだから、戦闘技能に関しては才能でしょ」
本来ならそれ相応の地位にいる青年は実験の内容を知ることができる。
しかし青年は内容を覚えていない。むしろ目を通したのすら怪しい。
基本難しい事を嫌う質であり、それを理解している女性は呆れたように青年へと口を開いた。
「ほんとにそうかぁ? なんだかうさんくせぇんだよなぁ」
「まぁヴォルフがそう思うんならそうなんでしょ。少なくとも放出した魔力だけで
少女が青年の攻撃を打ち払った際、ただ魔力を出しただけではない。
少年は気づかなかったが、刃の脆い部分へと寸分の狂いもなく魔力を固めてぶつけていたのだ。
紛れもなく天才の所業。
立場もありそれなり以上に訓練を積んでいる女性が言っているのだ。
信憑性は高いだろう。
「リーナの言う通りそこは評価するが、どの道近いうちに死ぬんだ。どんだけ才能があろうとどうでもいい」
女性の言葉を受け考えるのが面倒になったのか、投げやりに話を打ち切る青年。
一ヶ月前に行われた作戦により得た【砂】を使い行われている【原初】を生み出す実験。
当初は百人以上居た人造兵士である少年少女達は既に十人も残っていない。
異能を与える過程で半数が死に絶え、生き残った半数も急速に身体を蝕む後遺症により大部分が生死の境を彷徨った果てに数を減らしていった。
元より生き残ることを考慮されていないのだ。
今はなんとか処置のお陰で何事も無いように戦いを演じていた二人も近いうちに後遺症により命を落とすだろう。
それにここは敗者に慈悲をかけるほど優しい場所ではない。
使えないものは切り捨てる。
負ければ価値はない。そういう場所だ。
少年は間違いなく処置を打ち切られる。
次に繋げるための試験に余計なコストはかけることはない。
画面に映る震える少年はそのことを理解しているのだろう。
後に襲うであろう後遺症、認めたくない現実を受け入れきれずに膝を着いたまま動くことはない。
消耗品の如く命を使い潰す狂気の実験。
この場所では日常的に繰り返されている内容。
(そこで震えてるから死ぬんだよ)
視界に収めた少年の様子を覚めた目で見ながら青年は思う。
まだ死んでいった己の部下達の方が気概があったと。
敵がどれだけ強かろうと武器の乱射だけというバカの一つ覚えだろうと諦めることはしなかった。
「そろそろ
過去の実験に生み出された二人は先任の成功例を蹴落として今の位置にいる。
実験は数を重ねるほど成果を上げている。
自分達がそうしたように後から生み出された優秀な存在に蹴落とされて処分される日が来るかもしれない。
「はっ、どいつが来ても食い殺すまでだ」
「戦闘系は戦わないと行けないからめんどくさいねぇ? もしそうなったらおねぇさんが拾ってあげよう。私は転移系だからまず切り捨てられないからね」
実際二人が切り捨てられる可能性は低い。
ある程度の成果と地位を築いており、青年の方は国外に名を轟かすほどの存在だ。
もはや青年より優秀な者が現れようと彼の役割が戦闘から囮に変わるだけで、利用価値がある間は命を奪われるようなことはないだろう。
「あ? 頭イカれたか?」
役立たずに生きる資格はない。
それが当たり前で絶対のルールであるこの場所では似つかわしくない言葉。
故に青年は女性の正気を疑った。
「折角人が僅かな優しさを見せて上げたのにひどいなぁ」
不貞腐れたように唇を尖らせる女性は青年より年上だ。
胸に渦巻いた感情がどういったものかは理解していないが、それでも女性にとっては養ってもいいぐらいには青年はお気に入りなのだ。
非情なルールを平然と受け入れてはいるが、今や同じ研究で生み出された仲間と呼べる同胞が残り少ないことも関係しているのかもしれない。
「逆に俺がお前を拾うかもしれねぇぞ?」
「おや? これは世に聞くプロポーズかな?」
実年齢よりも遥かに幼く見える女性がからかうように頬に指を当てる。
「奴隷のようにこき使ってやるよ」
「なんというか、とても残念だよ」
青年の言葉に芝居がかった動きで盛大に溜息を吐く女性。
彼に気の利いた言葉は求めていなかったが、もう少し何かあっても良かったのではないかと。
「くだらねぇ事いってるなら俺は訓練室いくぞ」
「駄犬」
「よし相手になってやるから表……リィィナァァ!!」
割と青年にとって禁句となる言葉を女性がつぶやくと共に転移で室内から逃げ出していった。
残されたのは狂犬の怒りに当てられて震える職員と吠える青年だけであった。
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