三章 家出少女と火遊び少女の渡航とバカが捧げる慟哭《レクイエム》
【表】プロローグ
「ご飯ができました」
「あぁ、ありがとう。今行くよ」
新居という名の古巣に引っ越してからはや一ヶ月。
何時もと同じく朝食を告げる声が遠野家に響き渡り、出来たての食事にありつくため居間へと顔を出す。
「昨日はトーストだったので今日は和食で作ってみました」
ただ一つ何時もと違うことがあるとするならば朝食を告げた声がオカン少女である燈火ではないと言うことだ。
「そこまで無理はしなくてもいいんだぞ。琴音」
「いえ、居候の身ですから。それに好きでやっていることなので大丈夫です」
障子張りの扉を開けた部屋には焼き魚に漬物、佃煮。白米に味噌汁とこれぞ和食といった内容の朝食が用意されており、それを準備した少女はセミロングの黒髪を静かに揺らしながら身につけたエプロンで手を拭いていた。
彼女は
とある事情により遠野家の居候となった少女だ。
内容としてはコメントしづらいものがあり、余り触れては居ない。
「葵、琴音。おはよぉ……」
「相変わらず朝に弱いですねぇ」
「わう」
自分に続きぞろぞろと寝ぼけ眼の雫とそれに苦笑を漏らす縁、子犬状態のヘタレ狼のユウが入ってきた。
縁は着替え終わっているが、未だに目をこすっている雫は寝間着である青いジャージのまま。
大方夜遅くまでゲームでもしていたのだろう。
「雫、夜更かしが過ぎると流石におにーさんが許さんぞ」
夜更かしする気持ちは分からなくも無いため黙っていたが、そろそろ目に余る頻度になり始めたので警告を出すことにする。
「痛くないお仕置きなら大歓迎……部屋でお出迎えする」
「パソコン取り上げるぞ」
本人は恐らく別の事を言っていたのだろうが、そんな意図を汲み取る必要はない。
ご要望通りに別方向のお仕置きを提案する。
「後生っ、後生!!」
遠野式スパンキングを喰らう時よりも必死の懇願が目に映る。
自分に縋り付く光景に席に着いた縁が溜息混じりに口を開いた。
「素直に返事しておけばよかったのに……まぁ燈火が帰ってきたら痛い目をみるでしょう」
「わうわう」
ちゃっかりとエサ箱の前で座りながら行儀よく待つユウも同意するかの如く吠える。
そう。
我が家の良心にして風紀を司るオカン型少女。
遠野 燈火は現在家にいないのである。
別に彼女に何かあった訳ではない。
商店街の福引きでご当地食材収集ツアーなるものが当たったことで仲の良い奥様と旅行に出ているのだ。
最初はペア招待券だったこともあり彼女自身行くことを諦めて仲良くなった奥様方に譲ろうとしていたのだが、最近何かを悩んでいる様な雰囲気を感じた事もあって行くことを勧めたのだ。
今頃北海道辺りでカニでも取っている頃だろう。
デバイス経由で送られてきた写真には同行している奥様とツアーで知り合った奥様方に挟まれて楽しいそうな姿が映っていた。
どうやら年が離れていることもあり、アイドル扱いでてんやわんやしているようだ。
お土産も大量に拵えているらしく、電子クレジットの履歴がエライことになっている。
まぁ彼女が楽しければ致し方ない。今回は目を瞑るとしよう。
「冷めてしまうので頂きましょう」
「あぁ、悪い」
縋り付く雫への沙汰は延期して振り払い、促されるままに席につき朝食を頂くことにする。
で、話は戻るが目の前の彼女の事だ。
彼女は一応遠野の遠縁に当たる姫野家の長女だ。
まぁ両親が死んで以来親戚と呼べる連中との絡みなんてないので曖昧なものだ。
そもそも対策庁に席を置く遠野と魔導局に属している姫野では関わり合いになる方が不思議だろう。
魔導局。
それは魔導を研究し更なる発展を目指す組織。
対策庁と同じく取締を請け負ったりしてはいるが、それは魔導関連の事件に限る。
そういった意味では現場で顔を合わせる事もある。
しかし魔導オンリーの事件なんて異能が根付いている日本でそうそう起こるものではない。
大体は異能と魔導の両方が絡んだ事件がほとんどだ。
初期対応で戦闘が無いわけではないが、どちらかと言えば正当防衛で戦いはそこそこに通報するといったことが主な役割となっている。
まぁ有事の際は極力協力の義務はあるが、扱い上は魔導関連の研究者というと一番しっくりくるだろう。
そして目の前の彼女は驚くべきことに魔導局期待のエース様らしい。
しばらく家に置くことになり、軽くだが調べてみて驚いた。
魔導に秀でる姫野家をして天才と呼ばれる才を持ち、十二家風華の遠縁という位置に居ながら【片鱗】に目覚めた才女。
【
俺とは違い希望と期待に溢れた道を歩んでいる。
どうしてそんな順風満帆な人生を進んでいる彼女が遠縁とはいえ若輩者の自分が当主をやっている落ちこぼれの我が家にいるのか。
詳しくは聞いていない。
恐らく聞いても答えてはくれないだろう。
ただ一言、家出と伝えられている。
そう、家出だ。
何か気まずいことでもあったのか、思春期故の衝動か、それは俺にもわからない。
きっと彼女なりの理由があるのだろう。
全く違う道を歩んできた自分には考えるだけ無駄ということだけはわかる。
ただ、燈火が旅行に向かい物足りなくなった家の前で、雨の中行き場もなく静かに佇む少女を放っておくことが出来なかっただけだ。
かつて遠野の本宅ということもあり部屋数だけは無駄にあったのだ。
見ず知らずとはいえ、身元も保証されている。
頼られたら断り辛いものがあるだろう。
それに約二週間オカンが居なくなったことで食卓が大いに荒れていたのもある。
三人共作れないわけではない。
ただ少し独創的過ぎてそれぞれに受けが悪かったのだ。
「んぐっ。そうだ、学校はいいのか?」
味噌汁を啜りながら気になっていたことを聞いてみる。
一応大人顔負けの活躍で魔導局に努めていようとも彼女は十七のはずだ。
学校に行っていないはずはない。
確か風華第三高校に通っていると書かれていた。
「しばらく局の事情で休むと伝えてあるので大丈夫です」
用意周到ですこと。
返ってきた答えは明らかに今回の家出に合わせて休みを取ったと感じる。
しかしそれだけ準備したにも関わらず寝泊まりする場所を用意してなかったのか。
なんというか抜けてるなぁ。
「っ、人が住んでるなんて思ってなかったんです……」
焼き魚に箸を伸ばしつつ返す自分に赤くなりながら視線を逸らす。
どうやら俺達が住んでることは計算外だったようだ。
確かに俺達がここに引っ越してくるまでは長年無人だったからな。
恭平が管理している事を元住人である俺すら知らなかったのだから隠れるには打ってつけだったのだろう。
「それに後一週間ぐらいで出ていきますから安心してください。これ以上迷惑をかけるようなことはないですから」
「んや、別に迷惑じゃないぞ。お陰でこうやってうまい飯にありつけてるし」
いや、ほんとに。
飯は生きる上で活力だ。
先程独創的と言ったが、縁は味を追求した故に量が少なくやたらと肩の凝るもので、俺は恭平仕込みということもありどうやっても量が多くなる上にバランスが悪いらしい。
雫に関しては論外。
食えなくはない。だが、何の影響かやたらと謎の料理が出てくるので精神衛生上よろしくない。
俺はさておくとして二人に関しては普通に料理ができたと記憶しているのだが、何があったのか謎だ。
「ちょうど燈火と入れ替わりですね。もう少し居ればいいじゃないですか」
「燈火ちゃんに会ってみたいとは思うのですが流石に長く休みすぎるとマズイので……」
流石に家出とは言ってもそれなりにしがらみもあり、長く続けることは無理なようだ。
「うまい……もう一杯」
縁と琴音が会話している中、どこか渋い顔を作りながらやたらと様になっている姿でお椀を掲げる雫。
どうしてこう古いネタをちょいちょい挟んでくるのか。
「それぐらい自分でしなさい」
「わぁうわう」
そんな我家のニート様に苦言を呈す縁。
ヘタレもちゃっかり空になったエサ箱を咥えて振り回しおかわりを要求している。
「大丈夫ですよ。大した手間でもないですし。それにいい練習にもなりますから」
「琴音は天使、はっきりわかんだね」
快く了承する琴音はアホなことを言っている雫の腕のお椀を魔力で包み込んで持ち上げる。
「相変わらず器用だな」
そのままお椀は台所まで進んでいき、同じく操った魔力で開けられた炊飯器と宙に浮くしゃもじが見える。
「いえ、四六時中魔導にかまけてばかりだったのでこれぐらい出来なければ」
自分の感嘆に当然の如く返す彼女は、食事の手を止めることなく一連の作業を続けている。
通常魔導を介していない魔力は距離が開くほど操作の難易度が格段に上昇する。
僅か数歩離れた場所とはいえ、視線を追った先で行われている内容は正直驚愕に値する。
ただおかわりを装っているだけというモノだが、最低でもお椀としゃもじを持続的に操作し、離れた場所の炊飯器を開けるという三つの作業をこなさなければならない。
流石に空間把握は魔導を使用しているのだろうが、それも合わせ視線さえ向けずにそれを行う技量は流石はAAランクの魔道士だと納得する。
「どれ、俺もやってみるか……」
普段自分がやることなど魔導で身体を強化して、打撃に合わせ足りない部分を魔力で固めるぐらいな物。
彼女のように精密な魔力操作能力など持っては居ない。
しかしだからと行って必要がないものではない。
操作能力が上がれば少ない魔力で式の起動も可能だろうし、
色んな面で役に立つのだ。
大方失敗するだろうが、やってみて損はないと思う。
「ぐ、ぬぬ……予、想以上に、難しいな……」
最初から琴音の真似をしようとは思っておらず、片腕を空になったお椀に掲げてゆっくりと浮かせることができた。
しかしそのまま炊飯器へと向かわせようと少し離れた辺りから、急激に魔力の維持が難しくなってきたのだ。
おい嘘だろ。まだ二歩も進んじゃいないぞ。
「十分できてますよ。まずはそこに留めることを意識して少しづつ慣れていってください」
宙に浮くお椀に向けて必死の形相で腕を掲げる自分を見かねて琴音がアドバイスをくれる。
年下の少女に教えを受けている事に若干の気恥ずかしさはあるが、向こうはどう考えても先達だ。
ここはありがたく教授してもらうことにする。
「はい、今はそこが限界ですね。そのまま待機で」
「……す、まん」
色々口を出されながらしばらくした後、打ち止めの言葉がかかった。
ある程度距離は伸びたとはいえ、目的の炊飯器までたどり着くことはできなかった。
これ以上は無理だと判断した琴音は本来の目的であるご飯を乗せたしゃもじで、自分が必死で浮かせているお椀へと運んでくる。
「ふぅ……これはきついわ」
「初めてにしては良く出来てると思いますよ。普通は落として割りますから」
淡々と語られる評価と手元に戻ってきたお椀に何とも言えない気持ちになる。
そこそこ修練は積んでいると自負はしていたが、やはり本職には遠く及ばない。
おかわりをするだけにも関わらず疲れてしまったが、折角のご飯が冷めないうちに食事を再開しようと箸に手を伸ばしたところで言葉が耳に届いた。
「なんだったら後で一緒に訓練でもしますか? 私も色々行き詰まってたのでいい刺激になりそうですから」
「ん? 今日は時短勤務だったから終わってから、琴音が良ければ喜んで」
突然のお誘い。
何かあるのではと思ってしまうが、自分としてはありがたいので承諾することにする。
どうやら魔導局のエース様の実力が見れるみたいだ。
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