騒がしいバカの日常へ
今回日本を襲った大規模テロが練り上げられた作戦室。
その報告をすべく短めの白髪を揺らす【狂犬】ヴォルフ・レーゲンは乱雑に扉を開いた。
「では、報告を聞こうか」
扉の先には椅子に身体を預けている一人の男。
【狂犬】の上司に当たるのだが、入室してきた彼に敬意を払う意思は欠片もない。
しかし慣れているのか気にしていないのか、本来なら無礼に当たるはずの行動をした【狂犬】に男は何も問い詰める事をしない。
ただ淡々と報告を述べるよう促していく。
「あぁ? ただ戦って怪我して帰ってきただけだろ。そもそも俺達は囮で、報告も何もないだろ」
【狂犬】率いる捜索隊の生存者は隊長である彼しか生き残りはいない。
三割損傷で全滅判定を下される昨今の軍事情を鑑みれば間違いなく壊滅的な被害。
完全な全滅と言ってもいい。
「そうだな。お前達の働きにより本命を果たすことができた」
「……そうかよ」
男の言葉に少しだけ眉を潜めた彼は続きを促していく。
「研究の主任が戦死したとはいえ、形上捜索の結果を聞かなければならない。それに生存していたのであれば使い道もある」
「…………」
彼の脳裏に過ぎったのは青髪の少女。
その保護者と思わしき青年との滾るような戦い。
そして自分とは違う方向性で狂っていると理解できる姿。
「どうした」
普段言い淀む事のない彼の姿に男が声をかける。
「いや、途中で噛み付いた奴にイイのを貰ったせいで少し記憶が飛んでただけだ」
今でこそ怪我一つ無い姿の彼だが、作戦帰還後の姿は紛れもなく重症だった。
腕は裂け、至る所打撲まみれ。
回収しなければそのまま討ち死にしてもおかしくは無いほどの怪我。
そんな彼の言葉に納得した男は続きを促していく。
「そうか、では思い出したのなら聞かせてもらおう」
「……ターゲットはいなかった。完全にデマ。最高の殴り合いができたから問題はないがな」
彼が語ったのは事実とは違う内容。
「そうか、ではこの研究は完全に破棄するとしよう」
「そうかい。ならもう用はないだろ。俺は出ていくぜ」
言い終わると共に男の言葉を待たずに部屋を退出していく彼に、男はなんの感情も込めずに口を開く。
「次回作戦は追って通達する。それまで待機だ」
彼からすればいつも通りの内容であり、背中にかかった言葉に答える必要性を感じることはなく無言で部屋を後にした。
「あら、珍しいじゃない。そんな眉間に皺なんて寄せちゃって」
部屋を出て訓練場へと向かう中、先の作戦で彼の回収を受け持った女性の姿があった。
「リーナか。おめぇこそどうした。報告は終わってるだろ」
足を止めることなく答える彼に合流するように隣を歩き始める彼女、アデリナ・レーゲン。
通称リーナは肩にかかる長さの白髪を揺らして同胞である彼に笑いながら答える。
「うーん。強いて言うならヴォルフが面白そうな顔してたから……?」
「んだよ。わけわかんねぇな」
彼自身気づいてはいないが、よく知る人物達からすれば帰還した後の姿はどこか違和感を抱く物だった。
戦いばかりにかまけ親しい人物など余り居ない彼だが、同じプロジョクトレーゲンの同胞たる彼女の紅い瞳には面白く映ったようだ。
「死にかけるのはよくあることだけど、今回は何があったのかな?」
「黙れクソアマ、縛り付けて
彼女からすれば面白い表情をしている原因を知りたくてしょうがないのだろうが、彼からすればいい迷惑である。
「それは流石に遠慮したいなぁ。私まだ夢見たいお年頃だしぃ?」
見た目は彼より少し下に見える容姿だが、強化研究の副産物として成長が止まってしまっている。
つまりは後期生産された彼よりも実際は年上なのだ。
「……」
「何かなヴォルフくん?」
女性に年の話をしてはいけないなんてどうでもいいことだと思っていた彼だが、かつてその話題をリーナに振った際に海に放り出されたり着替えを転移させられて裸で過ごすことになったりと手痛い記憶を持っている。
間違いなく彼の方が階級は上だ。
彼は少佐で彼女は大尉。
しかし戦いに置いては怖い物知らずで突撃する彼だが、日常生活では割りとポンコツである。
そして何かと世話を焼いてくれる彼女にわざわざしっぺ返しが来る話を振る気は起きず、しばしの無言の後話題を変えることにした。
「……あいつらの為に戦ったら俺は強くなれるのか?」
「……? あぁ、隊の皆の事?」
彼と同じく囮の役割を果たし、散っていった喧しい部下達。
彼の模擬戦を肴に勤務中にも関わらず酒で盛り上がる無法者共。
そして帰還後に自分達が囮と知らされたがそれを知ることができなかった者達である。
何も隊員が死ぬことは初めてではなく、彼以外全滅したこともある。
「負ければ死ぬ。弱ければ生き残れない。それだけでしょ?」
「……そうだな。忘れてくれ」
返ってきた当たり前の言葉に自分が置かれている環境を思い出して話題を切る。
ここでは当たり前の考えであり隊員達が死んだのも弱かったからだ。
それが死ぬこと前提で組まれた作戦であろうとも。
誰も居なくなった隊舎で予想以上の寂しさに包まれていようとも。
「それに引き継いだ研究と今回の成果で
「はっ、ご苦労なこった。どうせまた失敗だろうよ」
新たに彼女の口から語られた内容を切って捨てた彼は考えるのをやめて訓練場へと足を運んでいく。
この選択が彼の未来を大きく変えることになるのはまだ誰も知らない。
◆
「対策庁の職員とはいえ半年も経たずに死にかけの重体で担ぎ込まれたのは君が久しぶりだったよ」
「はは、どうもお手数おかけしました」
「もう来るんじゃないよ。健康が一番だからね」
久しぶりと言えば久しぶりの退院手続き。
書類を提出した際に主治医から有り難い言葉を貰い、まとめた荷物を担いで出口へと向かう。
すれ違うスタッフは皆忙しそうに足を進めていた。
看護師ではなく医者が退院手続きをするほどだ。
今回のテロでは相当の被害が出たのだろう。
「マジで派手にやりやがったからなぁ」
治療が終わり健康体へと戻った身体は違和感なく動いてくれる。
出口へと向かう通路を歩いていると、救急なのかストレッチャーが走り込んでくるのが目に映り道を譲ろうとして固まった。
「二号、葵発見。これより確保に入る」
「了解一号。すり抜けながら掻っ攫えいっ!!」
ストレッチャーで爆走する雫とそれを押す雫が勢い良く突っ込んできた。
何を言っているのかわからないと思うが俺にもわからない。
「おっぐふぅっ!!」
「確保。二号旋回。これより帰還する」
「了解一号。マックスターンっ!!」
状況を理解できないまま腹部に強烈な痛みを覚えると共に身体が拘束されてストレッチャーに固定される。
病院内の通路を爆走するという迷惑極まりない事態にどうにかしなければと思いながらも流れていく景色は止まってくれない。
「現着。おつかれ二号。再び相見えよう」
「さらば」
「……悪い。ほんとに何が起こったのかわからん」
魔力量に物を言わせた拘束を解くことを諦めてどうにでもなれと思い始めた頃、急停止に合わせて拘束が解かれた。
まず目に飛び込んできたのは別れを告げる雫と水蒸気となって儚く消えていく雫。
恐らく消えていった雫の方は分身なのだろうが、今生の別れの如く敬礼までする必要はないと思う。
ひたすらどうでもいい茶番から視線を移すと残りの色物少女達が目に留まった。
「大変でしたね。あ、途中までですけど荷物は持ちますよ」
「済まないねぇ。お嬢ちゃんはいいお嫁さんになるよぉ。ウチの孫はどうだい?」
「ありがとうございます。けどもう旦那様はいるんですよ」
入り口近くのロビーでご老人達の相手をしている縁と。
「みなさーん。これ差し入れでーす。仲良く食べて下さーい」
「ヒィハァァァッ!! 燈火ちゃんの差し入れだぁぁ!!」
「おいテメー、仕事終わらせてから行くって約束だろ!!」
「裏切ったな!」
通う内にいつの間にか病院のアイドルになってしまい、差し入れという争いの火種を投げん込んでいる燈火の姿がった。
「おい、どうしてこうなった」
先の被害で慌ただしい病院内は別の意味で騒がしい光景に目眩を覚えそうになる。
それが自分の家族がしでかしているのだから尚更だ。
「ぶい……」
雫。お前が直接的に一番騒ぎ起こしてるからな。
誤魔化すように近くの子供達と遊んでもそれは変わらない。
後で覚えておくように。
「皆。ダブルドロップは今日で終わりみたい」
「引っ込め変態ー!」
「ロリコンー!」
「人でなしの鬼畜ー」
「誰だ余計なこと吹き込んだのは!?」
明らかにワザとだろうが雫の悲しそうな言葉に自分へと非難を向ける子供達。
「あ、彼処の彼が私の旦那様ですよ」
「あれまぁ。貴女も大変だねぇ」
おい待て縁。いつお前の旦那になったんだ。
十八歳以下はNGだと言っているだろう。
「葵。おかえり。そして退院おめでとう」
自分を発見した燈火が手を振りながら近寄ってくる光景に差し入れに群がっていた職員達が殺気立つのを感じた。
「奴が俺達から燈火ちゃんを奪っていく悪魔か!!」
「幼気な天使に手を出す悪魔がっ!」
「もしもし警察ですか? 院内にロリコンが、ええ、そうです。変態です」
吹き込んだのは貴様らかっ!!
俺は断じて手を出してなどいない。
むしろ未だ病室で助けた少女達に囲まれてご満悦の斎藤の方が危ないだろ。
そして警察とかマジで洒落にならないからやめろ。
「どうすんだこれ……」
収拾がつかなくなっていく騒ぎに諦めるように天を仰いだ。
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