新たな家とヘタレ
「やっぱりでけぇな……」
病院での騒ぎから逃げるように三人を抱えながら飛び出して電車を乗り継ぐこと一時間。
恭平から通知のあった新居へと辿り着いた俺は、懐かしい光景に涙が出そうになるのを堪えていた。
「ここが昔葵が住んでいた家ですか?」
「あぁ、そうだよ」
そう。今目の前にある家はかつて親戚達に売り払われていたはずの遠野本家である邸宅だ。
空き家が多くなり一軒家が廃れつつある現代で、真っ向からそれに逆らう如く広々とした庭や趣のある石造りの塀。
古風という言葉が浮かんでくるそんな家構え。
「買い足した荷物は後日届くみたいだからとりあえず入ろうよ」
「そうだな」
懐かしさにおざなりな返事を返し、正門を潜り石造りの地面を進み玄関へと向かう事にする。
「広い……ここなら鬼ごっこしても大丈夫そう」
「あぁ、大人になった今でも広いと感じるからな」
幼少期はよく親父やお袋と鬼ごっこやかくれんぼをしていた。
歩きながら視線を横に向けて見える庭を眺めて懐かしさに浸っていると、母屋と離れの間の影から大きな物体が出てくるのが目に留まった。
「来たか葵。と、三人も元気そうで何よりだ」
「……恭平。その犬何?」
聞き慣れた声と共に確認したのは自分の後見人である天野 恭平が、やたらと怯えた様子の大きな犬に跨って此方に向かって来ていた。
「え、拾った」
「いや大きすぎんだろ!? どこで拾ったんだよ」
さも当然の様に拾ってきたとのたまう恭平。
改めて犬とは思えない巨大な生き物に視線を向けると更に怯えだした。
「撤退する
「敵側の置き土産じゃねぇか! アウトだろ。捨ててきなさい!」
どう考えてもアウトである。
どういう理由かは解らないが、取り残されていたこのナマモノを拾ってきたらしい。
少なくとも危険性が無いとは言い切れないだろう。
敵側が敵地に連れてくるのだからそれ相応の危険性はあると思う。
それをペットにするなど正気の沙汰とは思えない。
「くぅ……」
そして俺の言葉を聞いて震えだした犬もどき。
もしかしてこいつ言葉を理解している?
「余程酷い事をしなけりゃ問題無い。それとこいつは狼らしいぞ」
聞くところによると恭平も拾ったこいつを調べて見たようだ。
どうやらこのナマモノは魔導技術により作り出された狼らしく、身体の内部も大きさ以外は至って普通だが限定的とはいえ魔導を使えるらしい。
更に言えば魔導を使用しなくとも一般兵を乗せて走っても問題ない力も持っており、人語を理解する知能もあると言う。
だが、そんな有能な狼は何故か置いて行かれた。
撤退の為に余力がなかったのかもしれない。
「いやダメだろ。なんで置いてかれたのかは知らんが何かあってからじゃ遅いし」
何かあった際にいきなり襲いかかられたりしたら堪ったものじゃない。
此方には三人もいるのだ。
「大丈夫だ。洗脳や薬物系の反応も出てないし置いてかれた原因も大体想像がついてるから」
この男が断言したのだから安全なのは間違いないとは思うが、それでも飼うことは賛同できない。
まず大きすぎる。
しかし置いて行かれた理由は気になってしまう。
恐らく相当コストを掛けたと思われる生物を放棄したのだからそれ相応の理由があるのだろう。
「余りにもヘタレすぎて使い物にならなかったんだろうよ。見つけて追い駆けてる時もあらゆる人から怯えながら逃げまくってからな」
「はぁ!?」
どうやら見つけて処分しようとした所、立ち向かったり威嚇するといった行動をすることなく隠れていた岩場から一目散に逃げたらしい。
そして追い駆けて行くと道行く人全てに怯えて鳴きながら進路変更繰り返す光景に力が抜け、面白そうだと連れ帰ったようだ。
「え? 一応軍事運用的な用途だろそいつ」
此方に連れて来られたということはそういう運用が目的のはずだ。
それがビビりまくって使い物にならないとか出来の悪い冗談にしか聞こえない。
「っ……」
先程と同じく俺の言葉を聞き、更に震えるヘタレ狼。
「恐らくな。だが見ての通りビビリすぎて襲う以前の問題だ。それに言葉も理解できるから躾の世話もそんなにかからんだろう」
「待て。何故飼う方向で話を進める」
しれっと躾の話をする男に待ったをかける。
ただですらウチには色物娘がいるのだ。
これ以上食い扶持が増えるのは勘弁してほしい。
それに狼なのもアウトだが何より大きすぎる。
「よしヘタレ、ここが正念場だ。頑張ってアッピルしないと捨てられて
「!!」
降りた恭平の言葉に物凄くゆっくりと前に出てきたヘタレ狼。
保健所の話を聞き目に見えて震えている。
それはもう足がガタガタ揺れているのが解るレベル。
多少の同情が無いわけではない。
しかしどれだけアピールされようとも飼う気にはならないと思う。
「……くぅ」
「お?」
「「「おぉー」」」
ある程度前に出て立ち止まったヘタレ狼が怯えた目で此方を見つめた後、身体中から魔力が溢れ出して光を放つ。
光に目を細めて眺めていると、徐々に光が小さくなり隣で成り行きを見守っていた三人から声が上がった。
「くぅ、くぅ」
収まった光の後には先程まで巨大な身体はなく、子犬サイズまで小さくなったヘタレの姿があった。
「あ、魔導ってこれ? もうただの犬じゃん」
変わらず恐れの混じった瞳で懇願する様な視線を投げかけてくるヘタレは、どこからどう見てもただの子犬にしか見えない。
「葵……飼おう。可変式はロマン」
「ダメだ」
真っ先に食いついた雫にダメ出しを出す。
可変式とか何わからんことを言っている。
「葵、広い家になったのですから番犬ぐらい居てもいいでは無いですか?」
「さっきの話聞いてて番犬の役目を全うできるととか本気で言ってるのか?」
大方異能を使ったのだろう。
先程までとは違い愛くるしい子犬となったヘタレが琴線にでも触れたのか、いつの間にかヘタレを抱きしめて震えているにも関わらず猫可愛がりしている縁の提案を否定する。
「葵」
我が家の両親たるオカン少女の声が届く。
少なくとも家計や常識を考えてくれる彼女なら俺と同じ意見になるのだと信じて続きを待つ事にする。
「この子、私達と同じだと思うよ? お願い」
「……はぁ」
無自覚に繰り出された上目遣いと言葉を受けて思わず天を仰いだ。
それを言われると何も言い返せない。
多少の違いはあるとはいえ生み出され、このまま行けば経緯を含めても間違いなく殺処分だろう。
まぁ目の前で愉快に笑みを浮かべて此方を眺めている男がそんなことをするために拾ってくる訳がないのだが、それは言わないでおく。
賛成多数。
我が遠野家は民主制を採用しております。
とりあえずそんなに高くないヒエラルキーに居る自分より下が増えるだけだ。
「……わかったよ。面倒はちゃんと見ろよ」
「ありがと葵!」
しばしの無言の後、降参を決めて承諾する。
喜ぶ燈火から視線を移すと既に飼うことが決定していたかの如く、再び大きくなったヘタレに跨った少女二人が庭を走り回っていた。
ヘタレが想像以上に怯えているのはこの際見なかったことにする。
「待って。私も乗せて」
釣られてそれを確認した燈火が自分も乗るべく二人に駆け出していくのを眺めて再び天を仰いだ。
「はぁ……」
別に三人がそれでいいなら構わないさ。
恭平が安全だと言ったこともあるし、三人が自分よりも強いというのもある。
こうして遠野家に新たな家族が増えたのであった。
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