魔王と魔女
とある病院の屋上。
ちょうど下の階の一室である一家が自宅全焼という未曾有の危機を思い出し、青髪の少女が思い詰めて泣きそうになり騒ぎそっちのけで宥めにかかっている頃。
二人の人物が通信魔導の応用でその様子を笑いながら眺めていた。
「ふふふ、なんというか飽きない子達ね」
「だろ? 葵だけでも面白いのに集まると昔を思い出す騒ぎだからな」
「まぁ昔は貴方が騒ぎの中心だったけどね」
どこか懐かしそうに相槌を打つ黒い着物の女性は、艶やかな長い黒髪を揺らして笑う。
それに応えて古臭い意匠の軍服を纏った男も腹を抱えて笑い返す。
誰一人訪れない閉め切りの屋上で笑う二人は日本引いては世界で知らぬ者の方が少ない人物達。
第二次世界大戦の英雄。
始まりの異能者。
他にも色々な呼び名はあるが、現在進行形で悪趣味に覗きながら爆笑している男。
極東の魔王、天野 恭平。
そしてその隣で己のクローンを教育という名目でちょっかいをかけた女性。
かつて魔王と共に幾つもの戦場を渡り歩いた伝説の女傑。
極東の魔女と恐れられた時明家初代当主。
史実では病死したはずの彼女だが、体温もあり足も地に着いている。
間違っても幽霊でも死体でもない。
この事実は間違いなく世界を揺らすだろうが、未だ知られていないところを察するに上手く隠されているようだ。
実際は隠されているどころではなく、政府高官は疎か一部の人間しかその事実を知らない。
「で、【厄災】の坊やはどうしたの? またぶっ飛ばしたの?」
「あぁ、糞ガキには逃げられたわ。簡単には死なないから今度こそぶっ殺そうとしたんだが、完全にしてやられたわ」
散歩にでも誘うかの如く気楽な調子で会話をする二人だが、話している内容は物騒極まりない。
それに世界に恐れられている災厄の化身を子供呼ばわりできる人物など世界広しと言えど少ないだろう。
「貴方から逃げるってことは相当無茶したのね」
「まさか貴重な
「薬……かしら。次点で洗脳系」
東京湾上空で行われた頂上決戦は戦闘もそこそこに自身が押され始めるや否や、味方の転移異能者を使い潰して【厄災】の逃走という結果で幕を閉じた。
本来転移異能者は自身の転移を最も得意とする。
味方も巻き込んで転移できないわけではないが、離れた相手を遠隔転移させるとなると相当の負担がかかる。
通常は手で触れる。またはある程度近づいた上で巻き込んで転移するのがセオリーであり、数少ない転移異能者を潰さないための措置でもある。
しかし対人戦最強の魔王がそんな逃げるための隙を逃すはずはない。
つまり逃げ切ったということは彼が知覚できない距離、もしくは気づいても阻止に間に合わない距離から遠隔転移を実行したということ。
「薬だな、反応が出たから間違いない」
「ご愁傷様ね。まぁ生きてたとしても廃人だから死ねてよかったと言ったほうがいいかしら」
突如として消えた相手の後を追い、座標補足に使われた魔力痕跡を辿って目にしたのは一人の女性。
相当離れた距離からの遠隔転移により、脳や身体が負荷に耐えきれずに壊れた姿があった。
「ま、そのお陰で一つ懸念事項が消えたがな」
「あら何かしら?」
「少なくともあの三人にこれ以上興味がない線が濃厚になった。しばらく様子を見て何も無ければ本当に三人共自由に動けるだろう」
数少ない手がかりになるかと思い調べてみると、葵からの報告にあった女研究者と酷似していたのだ。
三人を生み出した研究所を潰された失態か、もしくは本当に用済みになったのかはわからない。
しかし研究の主犯と思われる人物が使い潰されたということはそういうことなのだろう。
【厄災】がそこまで興味を持っていなかったこともその結論を裏付ける結果となっている。
「それは良かったじゃない。これで私も気楽にちょっか……顔を出せるわ」
「程々にしておけよ。だが、それ以上にもう一つの方が問題なんだよなぁ」
自分のことを棚に上げて戦友を止める恭平だが、彼も人のことを言えないのは間違いない。
何時見張られているかわからない状況で、存在を知っていても顔を出せなかった彼女からすれば面白くてしょうがないのだろう。
それを理解している彼も本気で止めている訳ではないと口調からして判断できる。
ちょっかいをかけられる方は堪ったものではないだろうが。
「少量とはいえ
「そう……処分できるモノでは無いにしても流石に隠し方が甘いわね」
「これで多少目が覚めてくれるとありがたいんだが……まぁ戦争を知らずに平和ボケした首脳陣には無駄だろうな」
そう。女研究者も下で騒ぐ一家の事も、下手したらテロによって被害にあった街ですら掠れてしまうぐらいの一大事。
むしろ此方の方が今回の襲撃で最も大きな被害といえるだろう。
「確率的には十万分の一だったかしら?」
「いんや。実際はもっと低いらしい。それでも新たな【原初】が生み出される確率としては高いぐらいだ」
砂。
それは原初を生み出すという効果が期待できるモノ。
各国からすれば喉から手が出るほどに欲しいものだろう。
しかしその実態は原子魔導弾によって汚染された土壌である。
戦後復興により大分浄化されたのだが、それでも一部が残されて保管されていたのだ。
忌まわしき被害を齎した爆弾の副産物とはいえ、幾人も【原初】を生み出した物質をおいそれと廃棄できるわけがない。
当時の首脳陣達の一部が頑なに保管を主張して残されたのだ。
「正直俺達が力を得る切欠とはいえ、あんなもんさっさと処分するべきだ」
「仮に得たとしたも後遺症がキツすぎてまともに動けないのに、無謀ね」
異能を得た代償をその身で経験した二人だからこそ言える言葉。
あくまで得ることが期待できるものであって確実に得られるモノではない。
過去、被害にあった地域の人間は九割九分死んでいるのだから。
適合か適応か、まず最初に大きすぎる篩にかけれらることになるのだ。
そして砂によって異能を得られた者はその想像を絶する後遺症に悩まされることになり、確実に蝕ばまれる身体はやがて死に至る。
恭平や小夜子を含めた始まりの異能者達が生存できたのは生まれた異能の中に治療や進行を遅らせる物が含まれていたことが大きい。
仮に砂を用いて異能者を生み出せたとしても治療する者がいなければ、生み出される過程で犠牲になった人間を含めて無駄死にとなる。
「ま、砂無しで【原初】もどきを作り出す連邦だ。恐らくやるだろう」
「でしょうね……そういう意味では坊やも被害者と言ったら被害者ね」
「流石に過去含めてやりすぎてるからな。容赦はできん」
たとえそれが初めて出た戦場で泣きながら暴走する異能に振り回されていた少年であったとしても、彼の積み上げてきた災厄はもはや許される範疇を超えている。
「それに俺らを模して造られたんだ。俺らが終わらせてやるのが筋だろう。可能性的に俺だけだろうが」
「そうねぇ。私だとどうしても遠距離気味になっちゃうから逃げられるわ」
一瞬遠い昔に思いを馳せるような目をした恭平は徐々に大きくなっていく階下の騒ぎに溜息を吐いて思考を移した。
「まぁとりあえずは、あいつらの家のことでも考えてやるとするか」
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