初動 AM11:00~




 AM11:00




「ジャック、あの三人はどうでした?」



 大使館から護衛対象であるアメリカ大使を乗せた乗用車を、ジェイムズが運転する中で後部座席に座るアイリスが同じく後部座席で腕を組んで待機しているジャックへと声を掛ける。


 大使館から出発する際に幾つかのグループに別れ、それぞれの違う目的地へと出発した。

 幾つものダミー会場へと向かう車の中で、もちろん彼女達が乗る車が”当たり”であるのは言うまでもない。

 あからさまな黒塗りの車などではなく、日本ならどこでも見かける様な普通の車である。



 しかも護衛する気があるのか、護衛対象を助手席に乗せるという暴挙をやらかしているが、これも一つの作戦と言う。

 公開されている写真と助手席に乗っている大使である男は、魔導により全く違う姿に変えられている。

 すれ違う車から見たら、ただのスーツの二人組が仕事の為に外回りしているようにしか見えない。



 別段ジャックとジェイムズでもよさそうな気はするが、これも大使のわがままから始まったことなので仕方ないといったら仕方ない。

 大使の「偶には助手席で景色を眺めたい」という言葉に、どこの女の子だと思わなくもない。

 しかし彼はれっきとしたもうすぐ五十に届こうかとしている男である。



 本当に後部座席ばかり座っていたために嫌気が差したのかもしれない。




「即席とは思えない程に纏まっていた」


「けどBが二人とAが一人でしょう?」




 彼女達から見れば低ランクとは言え、ジャックがあまり否定的な意見を出さない事にアイリスが事前に渡されていた資料の内容を思い出して疑問を投げる。



「おそらくアイリスを確認した後、後ろ手にしていた手でハンドサインを送ったのだろう。纏っている雰囲気が変わった。確かに君の言う通りの強さかも知れないが、少なくともそれ相応の修羅場は潜っていると思う」



 確かに三人はそれ相応の修羅場は潜っているのだが、どちらかと言えば相手に修羅場を与える側でいることが多いことを彼女達は知らない。



「ふーん。まぁジャックが言うならそれなりに信用しておくことにするわ」



 彼の反応が変わらない事を察したのか興味を無くしたかは判らないが、アイリスは未だ腕を組んで微動だにしないジャックから視線を外して窓に映る移りゆく景色へと向けた。


 総合的な強さは間違いなくジャックとジェイムズを合わせた二人よりも、アイリスの方が高いのは間違いないのだが、アイリス自身に見る目があるという証明になる訳ではない。

 当然弱点もあるし、十八という年齢を考えてそこまで経験を積んでいる訳でもないのだ。



 【片鱗】という極上の才能により、たまたま人より高い所に手が届いたに過ぎない。

 それをアイリス自身も理解しており、自分の弱点をカバーしてくれる二人の重要性と共に感謝も抱いている。



「あれは俺達と同じ経験値と戦術で能力をカバーするタイプだ。ランクに縛られていては本質を見失うぞ」



 自惚れていた時代のアイリスを戦術と経験値により叩きのめしたのは、彼ら二人というのもある。

 その頼れる仲間である一人が、言葉少なめではあるが否定しなかったのだ。

 ならば素直に聞き入れるのが得策だろう。



「わかってるわよ」



 しかしやはり若さ故か、頭では素直に聞き入れることが大事だと理解しているが、己のミスを咎められたようで心は納得をしていないのだろう。

 窓に映った彼女の顔は了承の意を示した言葉とは裏腹に、どこか不貞腐れている様な色を浮かべていた。



 だが、彼女達は知らない。

 今前を走っている乗用車の三人が奇跡的に噛み合ったバカどもであることを。


 連携など最低限に各々が好き勝手にやっているだけという事実を。

 それがたまたま噛み合って相乗効果を生み出したという奇跡を。



 知らぬが仏。

 そうしてどこか間違っていて間違っていない思いと共に車は会場へと走り続けるのであった。





                  ◆





 AM11:20




――――ピーンポーン。



 そんなどこの家にも備え付けられているインターホンの音により、来客の知らせを受けた遠野三人娘の自称お姉さん、遠野 縁は画面越しに宅急便であることを確認して扉を開けた。




「はぁーい。お待たせしました」



「あ、ここにサインお願いします」




 受け渡された荷物を一旦玄関前に置き、受け渡されたボールペンで配達票にサインをしていく。

 技術の発達した現在、サインをすること自体珍しいのだが彼女はどちらかと言えば遥か昔の記憶を持っている為、サインする方が楽なのである。



 若干この事実に、三人娘の保護者兼自称おにーさんよりも精神的には上どころではなく、もはやお婆ちゃんと孫なのでは無いかと考えられるが、それを口にする者は遠野家にはいない。

 口にした方もされた方も色んな意味で心に傷を負う事になるからだ。

 誰も好き好んで特大の地雷を踏みたい訳ではない。



 慣れた手つきで【遠野】と、最後にそれを丸で囲みサインを終えた配達票を宅配員の男性へと返していく。



「ありがとございましたー」


「はい。お世話様でした」



 去り際に花の咲くような笑顔を向け、軽く会釈する姿に宅配員である男性の顔が赤くなる。

 中身が色物であろうと、そこらの年寄りと同じ位の精神年齢かもしれない疑惑があろうと、それでも見た目は花盛りの美少女が浮かべた笑顔だ。

 たとえそれがご近所様の心象を良くする為や、日本人特有の社交辞令に似た習性だとしても、悲しき男の性は反応してしまう。


 少し照れながら早足で去っていく宅配員を見送った彼女は、差出人を確認しながら中身を開けていく。



「恭平? 対策庁一日招待券となりきりセット……。なんというか、いつも通り思考がぶっ飛んでますね」



 確認した箱の中には対策庁招待券と書かれた三枚のカードキーと一枚の便箋、そして少女達の為に用意されたと思われるそれぞれサイズが違う三着の衣服一式が入っていた。


 広げて確認してみると、白を基調とし現代風にアレンジされた軍服の様な印象を受ける。

 対策庁実働員の証である制服、のコスプレ衣装。


 なりきりセットと書いてあるが、葵が着ていた制服を思い起こしても遜色は大差ないと感じる上に、素材も全く一緒と言ってもいいかもしれないと手触りが告げていた。



「コスプレにしては出来が良すぎますね」



 本物の女性職員が着ていても不思議ではない。

 むしろ本物を自分達のサイズへと合わせて送られてきたのかもしれないと、彼女は考える。


 縁は知らないことだが、それは間違ってはいない。

 どこで知ったかは本人しか預かり知らぬ物だが、三人のサイズに合わせて作られた本物の制服である。

 各々にポニーテールを結ぶリボンであったり、シャツに控えめなフリルや肩がけのスカーフな様な物が付属しており、若干の差異はあれど基本性能となる耐弾性能や防刃機能はそのままである。



「改造制服と言っても大丈夫な範囲。うーん意図がわかりません……」



 推奨はされていないが多少の改造は認められていると葵に聞いたことがあり、ますますこれを着ても大丈夫なのか不安になる。

 葵をおちょくることを目的としても、もっと効果的なものがあるはずだ。

 それにこれを送ってくる意図が読めない。


 自分達が働く事を現状保護者である葵が断固として拒否しているのである。

 少なくとも葵の後見人であり、付き合いが自分達より長い彼がその意思を理解できないはずがない。



「順番が逆でしたね。とりあえず手紙を読みましょう」



 思考の迷路に陥りそうになるのを自覚して、便箋を確認することにする。



「このご時世に筆とは……まぁ人の事をいえませんけど」



 そこには時代錯誤な筆により、やたらと達筆な字で書かれていた。



『葵は外出中。なれば今こそ三人仲良く葵の職場に顔出す時。いざ征かん色物二課。』


「うん。見てみたいとは思ってましたけど、ここまで露骨だと逆に不安になってきました」



 裏には庁内の案内図と正門の潜り方、そしてカードキーの有効期限が今日の旨が書かれていた。



「少なくとも私達に害があるわけでもないですし、素直に従っておきましょうか」



 彼が葵にちょっかいを掛けることはあれど、自分達をどうにかしようとする事は無いはずだ。

 何故ならどうにかしようとするのなら、自称おにーさん含めて自分達では手も足もでない存在なのだから回りくどい手を使うまでもない。

 それにキチガイの様な行動を繰り返しているが、意味もなく今回の様な行動に移るとは思えなかった。



「雫ー。ちょっと葵の職場まで行きますけど一緒に来ますか?」



「先に行ってて、今修行中」



「本当に修行している様に見えるので、反応に困ります」



 制服の入った箱を抱えてリビングで座禅を組み瞑想をしている少女、遠野 雫へと声を掛けるが返答は連れないものだった。

 彼女の周りには幾つもの水球が縦横無尽に飛び回っており、彼女の異能である【水遊び】の制御練習をしているのだと察する事ができるが、実際は違う。




「それが本当に修行ならもう少し葵の反応も変わると思うんですけどねぇ」




 葵が仕事へと出ている時に彼に隠れて趣味でもある倫理シールソフトをプレイしている事が多いのだが、それ意外にも彼女はアニメや物語の影響を受け異能の制御や体術の鍛錬もどきをしている事の方が多いのだ。

 もちろん三人で魔力球を生み出してキャッチボールに興じたり、雫に強請られやたらとリアルに再現された戦隊ごっこに付き合わされることもある。


 今回の座禅もそんな遊びの一つなのだと当たりをつける。

 その内どこからか引っ張ってきた技名を叫びながら何かをするのだと思う。

 もしかしたら座禅を組んだまま浮かび出すかもしれない。



 その真意は同じ境遇であり、同様に遠野性を持つ二人の”少女”には解らないが、別段害があるわけでも無いので見逃している。



 何故なら話を聞き、どこか過去を振り返るような遠い目をした”男の子”が寛容な姿勢でいるからだ。



 この間もアニメに出てきたウォーターカッターを再現しようと躍起になり、新調した皿を真っ二つにし燈火から雷を落とされていた。

 昨日も目からビームを再現できないか頭を悩ませている姿を確認している。


 曰く、物語の能力の使い方は参考になり、何よりかっこいいらしい。

 曰く、かっこいいと想ったものに憧れることは悪いことではないし、いい経験になるらしい。


 二つ目は日常生活では余り見る事のない穏やかな笑みを浮かべた葵の言葉だが、いまいち理解ができなかったのは言うまでもない。

 どうやら溢れ出る衝動を抑えることができないという事だけは理解できた。





「ツンとデレの様に緩急を付けなければ生き残れない」


「何を言っているのかよくわかりません」



 相変わらず意味不明な事を口走る雫に溜息を吐き、彼女の分である制服とカードキーを近くに置いて自分は先に外出する旨を伝え終わると着替える為にリビングを後にした。







                  ◆




 AM11:30






「――――来たわね。ポニーテールの悪魔っ!!」



「なんて言われても……私は引かないっ――――!!」





 よく遠野家が利用するスーパーの一角。

 十一時半より行われるタイムセールに合わせて主婦たちが今か今かと長蛇の列を作る中、獅子の尾が如くポニーテールを揺らしながら静かに気勢を漲らせる少女が居た。



 もはやおばちゃま方に、その存在は伝説として認知されつつある遠野 燈火、その人である。


 唯一電子クレジットをお小遣いの範囲を超えて持つことを許されている彼女は、クレジットが入っているイヤリング型デバイスに触れる。

 毎回スーパーという戦場に単身で赴く際に行われる儀式といっていい。



「……悪魔が本気を出すわよ」


「みんな、力を貸してっ!!」



 本当に何と戦っているのか甚だ疑問ではあるが、これにより遠野家の財政は確かに軽くなっている。

 例えそれがタイムセールの度に激戦を繰り広げて雄叫びを上げていようとも、戦果により食事にありつけている三人は何も言うことはできない。



『それではタイムセールを始めま――』



「「「「っ――!!」」」」



 タイムセール開始を告げる店員の言葉半ばにも関わらず、その声を聞いた主婦達と一名の少女はお目当ての品があるコーナーへと殺到していく。



「私は、負けないっ!!」



 特売品を掴み取る為に右手は力強く開き、左手にカゴを握りしめて燈火は欲望渦巻く戦場へと飛び込んでいく。




 正直、負けても遠野家は普通に生きていけると思うし、おそらく燈火を攻めるような人物はいないと予想できるが、それは言わぬが花であるのだろう。



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