転動 AM11:50~



 AM11:50




「空から”美少女”降ってこないかなぁ」



 対策庁対策二課、特殊捜査係事務室。


 通称、色物達の巣。



 普段所構わず騒がしい色物達の住処は、バカどもが会談の警護や護衛により大半が出払っている為か嘘の様に静かになっていた。

 普通の職場なら当たり前の環境の中、変態紳士こと斎藤 幸也は物足りなさを感じながら机に突っ伏し叶わぬ妄想を垂れ流していた。



「馬鹿なこと言ってないで仕事したまえ」


「うぇーい」



 同じく居残り組である副長、氷室に叱られた為仕方なくデスクに視線を向け報告書の続きを仕上げていく。

 しかしキーボードを叩く指は一向に進もうとしてくれない。

 何故か気分が乗らないのだ。


 これも普段馬鹿騒ぎしている環境に慣れてしまった弊害なのかと斎藤は考える。

 そしてやる気がでないのは、斎藤の生体を考えるに人妻とはいえストライクゾーンど真ん中の見た目をしている杉山の不在も大きい。


 そう例え既に他人の色に染まっているとはいえ、見た目は少女である。

 斎藤の活力の源は少女と自身で公言していることもあり、普段の奇行と合わさって如何に彼のモチベーションを保つ上で少女という存在が、大事な要素かはお分かりいただけるだろう。



 しかしその少女妄執に囚われている為、前衛が不足していた杉山、藤堂ペアとトリオを組むことがなかったのだが、人生とはままならないものである。




「そういえばそろそろ会談が始まる頃か……」


「そうだな、あのバカ共が何か粗相をしていないかそこだけが心配だ」



 隣で同じく報告書を纏めている氷室もどこか元気がない返事をする。



「僕も護衛や警戒の方に回りたかったなぁ……」


「斎藤。警戒中に少女が歩いていたらどうする?」


「とりあえず結婚を前提に友達になる所から始める」



 斎藤の返答に盛大な溜息を漏らしながら報告書作成に戻っていく。

 ただですら普段に比べて警戒を厳しくしているのだ。

 こんな少女が通っただけで使い物にならなくなる変態を警護に付けれるはずがない。



「とりあえずだ。居残りも立派な仕事だ。有事の際は思う存分少女達を守れるから今は仕事をしろ」


「マジで!?」



 言葉を受け斎藤のやる気が戻ってきたのを隣で感じ、氷室は再び溜息を吐きながら今回の会談の警備について思いを巡らせる。


 何故なら今回の警備レベルは異常なのだ。

 確かに大使達に何かあれば国際問題になるのは必定であるのだから、警備を強くするのは間違いではない。


 しかし流石に都内外れとは言え、ダミー含め十二箇所ものホールを貸し切り、その上で通信越しに会談を行うなどやり過ぎだと考える。

 普通会談とは一箇所に集まり話し合うからこそ会談なのだ。


 しかも映像記録として残す物にはカメラやテーブルの位置などを調節し、あたかも集まって会談しているかの様に見せる徹底ぶり。

 明らかに自分達には公表されていない何かが隠されていると解る。



 副長とはいえ、所詮一職員でしかない氷室に全てを知らされる訳がないし、知りたいとも思わない。

 何故なら知りすぎた代償はいつの時代も重い物だからだ。


 それに今できることは疑問を持つことではなく、下された職務を忠実に実行することだ。

 自分達に下された内容も決して軽いものでは無い。


 会談に際して有事が起きた場合、対策庁本庁は避難場所として解放される。

 どうして会談というビックイベントが日本の首都である東京の中心でなく、外れである海近くに面した対策庁周辺で行われるかと言うと、答えはそこにある。


 今回のダミー含めた会談予定場所は全て対策庁を中心に置いた場所を借り受けている。

 自衛隊を除き、日本で最も戦力が集中している対策庁がすぐさま駆けつけられる様に配置されている。

 本庁以外にも幾つかの避難場所はあるが、人々が真っ先に目指してくるのは間違いなくここだ。



「最悪の場合、防衛戦か……」


「ん? 副長どうかしたの?」


「いや、なんでもない」


 あの天野 恭平も警戒に当たっているのだ。

 そんな簡単にテロを起こされたら堪ったものじゃない。


 胸に残る嫌な予感に蓋をして何事も無いことを祈りながらデスクへと視線を向けると、控めえなノックと共に扉が開く音が耳に届いた。



「失礼致します。私、遠野 縁と申します。突然の来訪申し訳なく思いますが、遠野 葵の職場は此方で合っておりますか?」



 扉を開けて入室してきた綺麗な銀の髪を靡かせた美少女は、遠野の家族のようだと言葉から判断する。


 一応首からゲスト用IDを下げてはいるが、どうしてここに来たのか理由がわからない。

 しかしバカ共がいない現在に退屈していたのは事実なので、少しの逡巡の後彼女を歓迎することにした氷室が口を開いた。



「あぁ、そうだが。現在遠野は出払っていてね、どういったご用件か伺おう。お茶でも出すから適当な――」


「ぉあ。しょ、しょ、し――じょ……」



 言葉の途中で隣に変態紳士バカが居ることを思い出して目を向けると、そこには爛々と目を血走らせ、言葉にならない唸り声に似た何かを漏らしながら立ち上がる斎藤の姿。



 フラフラと覚束ない足取りで銀髪の少女へと向かう中、氷室の頭には先程まで斎藤が少女成分不足でダレていた事実が蘇る。



「あの? いかが致しましたか?」


「しまっ――――」


「――――しょぉじょぉぉぉお!!」


 体調でも悪いのかと心配そうに斎藤を覗き込む少女に、堪えきれなくなったのか異能により筋骨隆々のスーパーサイトーンになったことで、衣服がはじけ飛んでブリーフ一枚で襲いかかるように突撃した。



「いやぁぁぁぁぁぁっ!!」



 バカが出払っている室内で、ほぼ全裸の変態に襲いかかられたと気づいた少女の悲鳴が木霊する。






                  ◆





 AM11:55




「多分来るんだろうなぁ」



 対策庁屋上で風を受けてはためく軍服と紫煙を燻らせながら、対策庁最高戦力である天野 恭平は小さく呟きを漏らした。


 今回の会談内容もそうだが、合わせて自分が後見人を務めている少年が保護した三人の事もある。



「まぁそれなりに対策してあるから、どうにかなると思うが向こうの出方次第だな」



 三人娘には遠回しというか割りかし直球で対策庁に先んじて避難する様に仕向けてあるし、葵に関しても庁と家の間と動きやすい所に配置したので、三人に何かあっても自分でどうにかすると思う。


 それに先程異能により、時を止めたのか加速したのかは解らないが縁だけ辿り着いていたのは確認できている。

 何故来るとわかっている襲撃に三人だけを優先して避難させたのか、それは三人の生まれにある。

 三人の存在は隠蔽されている。しかし完全に隠しきれたと言えないのが現状。


 保護した時のホテルに残された映像は消したが、人の口には戸を立てられない。

 口止めはしているし、可能な限り人も含め証拠となるモノは消した。

 しかしそれに胡座をかいて楽観視できる程、特別対策室室長はバカではない。

 どこかで漏れていると見たほうがいい。



「最優先は要人の生存と三人の生存秘匿……。かっぁー! 老体にはなかなかしんどい内容だねぇ」



 どこか楽しそうに煙を吐き出し火の付いた吸い殻を空へと投げる。

 宙を舞った吸い殻は暫く対空した後、先端の火が激しく燃え上がる光と共に灰になり風に流されていった。


 老体とは言っているが、肉体自体は異能の効果により最盛期のままで固定されている。

 それに情報を秘匿する為に相応の対策を施した上でしんどいと口にしているのだ。


 まるでこれから起こる戦いに臨む覚悟を決めるかの様に。




「さて、始めるか……」




 屋上の扉前に立て掛けていた軍刀を腰に佩き、軍服の襟を整えながらボタンを一つ開けて再び眼下に視線を移す。


 彼が過去の大戦時に知っていた東京の地名は大きな所を除き、殆どが戦争の傷跡により名前が変わっていた。

 今対策庁本庁ビルが建っている場所も品川という地名以外、本来なら馴染みの薄い所だ。

 しかし百年以上生きているおり、葵を育てる時にあちこち連れ回した所為もあり、流石に現代で育った人間達に負けないぐらい詳しくはなっている。




「ふぅ……」




 まだ会談まで時間があることを確認して目を閉じると、瞼の裏には今まで映っていた現代の建物は消え、かつて戦友達と共に飲み歩いた屋台や、今は居ない妻と一緒に散策をした下町が映っては消えていく。





「いくら変わろうと変わらないモノがある。それを守るために俺は未だに生き恥を晒しているんだ」





 再び開いた目に映るのは思い出とは違い、変わり果てた現代の建物。

 しかし建物の間を人々が行き交い、思い出と変わらない営みがあり、受け継がれている平和がそこにはあった。


 共に肩を並べ、苦楽を共にし、願いを託して散っていた戦友達。

 それぞれが守りたモノの為に、水杯を交わし命を掛けて臨んだ戦場。


 異能により生き長らえて居る内に、いつの間にか独りとなってしまったが心の中で遥か昔に交わした約束は生き続けている。



 守りたい日常があった。

 失いたくない命があった。

 破りたくない誓いがあった。



 本来なら後任を育て託した後、静かに歴史の一部となるのが正しいのは理解している。

 されど、それを良しとしたくない頑な思考を持つのが未だ約束を天野 恭平という男守り続けるバカ



 それにここ数年、先が楽しみな家族もできた上に、見守りたいという想いも生まれた。




「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」



 その未来を見届けるためにも、自分は頑張らないといけないと気持ちに活を入れる。



 予め投影していた空間ディスプレイは、間もなく正午を指そうとしていた。

 そして会談が始まる正午を告げると同時に――――







――――対策庁周辺五キロの至る所の建物から、立て続けに激しい爆発が巻き起こった。






「同時多発か、これだけならなんとかなる――――ん、だがなぁ……」




 事態を鎮めるために屋上より飛び出そうとした辺りで、遠くの方に見える会場から巨大な水柱が立ち昇るを確認して溜息を吐く。




 感覚からして自分三位以外対処出来ない相手と理解して行き先を変更。

 飛び立つ前に両腕に着けているデバイスを起動して通信画面を開いて連絡を入れる。



「ちょっとガチで気張るとしますかっ!!」






 そうして、東京を舞台とした大規模テロの幕は切って落とされた。


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