年収。それは生きる上で無くてはならない物




(書類は出した)




 対策庁人事課。

 昇格や部署の異動などを取り仕切る、自分達下っ端職員にとってはどこか近寄りがたいと感じる部署。


「はぁ……やたら緊張した」



 人事課から出てきた俺は、溜息と共に書類を受理された事に安堵する。

 別段素行が悪いとかそういうものじゃない。

 簡単に言えば悪いことをした訳でも無いのに職員室に居る時の居心地の悪さに似ているのだ。



 とりあえずは昇級試験の書類は受理された。


 つまり俺はCランクからBランクに上がるための試験を受けることが出来ると言う事。

 挑む理由は不順極まり無いが、そこは試験とは関係ない。

 年収マジ大事。

 生きる上で先立つ物が無いと生活は成り立たない。




 提出した書類の代わりに受け取った紙には試験日とその内容が書かれていた。




 簡単に説明するならば試験は明日。

 内容は模擬戦。


 余りにも簡単過ぎる内容に加え、日程が急過ぎる気はするが自分達の都合上非常に有り難い。

 しかし内容は簡単とはいえ、簡単故に難しいことなんてこの世の中に溢れすぎている。



 最低でも模擬戦の相手を叩きのめさねば受かることはないだろう。



「とりあえずは装備とデバイスの点検でもするかぁ」




「どうした似合わないツラして」




 まだ見ぬ相手を叩きのめす為、今後の事を考えながら三課に戻ろうとする俺に声が掛かる。



「なんだ鉄さんか、久しぶり」



「なんだとは失礼な、一応これでもお前より年上だぞ」



 声の主に目を向けるとそこには嘗ての相棒である古橋ふるはし 鉄郎てつろうが火の付いていない煙草を咥えた姿で立っていた。

 今日も一張羅のコートを着崩して、どこかだらしない顔に気だるそうな瞳。

 その為、見た目は三十に届いているように見えるが、れっきとした二十六歳である。

 四捨五入をするとキレるので触れてはいけない。




 まだ俺が対策庁に入りたての頃、何かとお世話になりながら一緒にコンビを組んでいた人物。

 俺と同じCランクだが、経験に裏打ちされた技術や駆け引きは、ランクという物差しでは測れない強みを持っているので侮ることはできない。

 そして過去に一度、自身の心が折れた時に自分から距離を置ったにも関わらず、何かと気を配っていてくれた恩人でもある。



「そういえば切り上げで三十でしたね。これは失礼」



「表出ろや、お兄さん久しぶりにキレちまったよ」



 触れてはいけないと言ったが、別に俺が触れないわけではない。

 愉悦と共に地雷原に突っ込んだ。



「っ!!」



 突然目の前に迫る拳を右手で払い、払った勢いを体に乗せてカウンター気味に回し蹴りを叩き込む。

 しかしかなりの勢いで放ったはずの蹴りは片腕を盾にされ止められてしまう。



「こっんの! おじさん言うならもうちょっと労れやっ!」



「ちっ!」



「てめー、今舌打ちしただろ」



 お互い挨拶様なモノが済んだ事もあり、適当に距離をとって会話に移るが、いつでもお互いをド突ける位置なのは言うまでもない。



「で、なんで人事課から出て来んだよ」



「これだよこれ」



「ほー、前みたいな雰囲気に戻ったと思ったら、やっぱり上を目指すのか。まぁ頑張れよ」




 昇級試験の紙を見せると、どこか嬉しそうに応援してくれる鉄さんになんて答えればいいか判らず言葉が出てこなかった。



 昔みたいにがむしゃらに憧れた背中へと向かうため、強くなるという目的で挑むわけではない。

 そんな純粋で青臭いものではなく、むしろ真逆。

 俗世的で泥臭い理由なのだ。


 このまま行くと預金額がゼロになって、家で騒ぎながら帰りを待つ少女達を養えなくなるから、なんて口が裂けても言えない。

 隙あらばネタに食いついて来ることもあるが、なんというか世間体的に言えないのもある。


 少女三人と家族になりましたと言われたら意味がわからないだろう。




「まぁ頑張るよ」



「そうか、頑張れよ」



 なんとか言葉にすることができた答えに満足したのかブラブラとふらつくように歩きながら三課とは反対側にある二課へと歩いていった。




「ほうほう。面白い匂いがするな。大将にでも聞いてみるか」



 なんとなしに凄まじく嫌な予感が胸を過るが、そのセリフが俺に届くことはなかった。

 この時に戻れるなら、俺は懲戒覚悟で鉄さんにパイルドライバーを御見舞していただろう。




 途轍もない苦労を背負い込むぐらいなら懲戒で減給の方がマシだった。











 そうして迎えた試験当日。




 対策庁の裏手に備え付けられている演習場。

 訓練や公演、模擬戦などに幅広く使われている場所だ。

 対策庁で勤務しているのなら、実動員、事務員関わらず絶対に一度は来ている。

 何故なら入庁の新入職員の集会はここでやるからだ。



(変わらないな……)



 最近来ていなかったこともあり、昔やった無茶な訓練や、鉄さんに無理言って模擬戦に付き合わせて居た事を思い出して懐かしい気持ちになるが、今日はそんな感傷に浸っていい場合ではない。


 家を出る際、盛大に送り出してくれた三人の為にも落ちるわけにはいかない。

 どこから聞き出したか知らないが、家に帰るとやたらと精の付く料理と此方を労うように甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた少女達。

 流石に背中を流しに来たのは止めたが、肩を叩きに来たり飲み物のおかわりを聞きに来たりと普段と違う様子に困惑したのは言うまでもない。




(いやまぁ嬉しくないと言ったら嘘になるんだが)




 仕事に向かう際にも頑張れなど各々励ましの言葉を頂いたが、何もそこまですることでもないと思う。

 今の自分としてはそこまで難しいレベルの試験だとは思わないからだ。

 しかし、純粋に嬉しかったこともあり、――応。と素直に感謝しながらここまで来た。



――――ちゃんとご褒美ありますよ。


――――美味しいご飯作って待ってるから。


――――新しいゲーム買ってっ!




 燈火以外嫌な予感しかしない。


 朝に掛けられた言葉を思い出し、帰宅した後が怖くなってきた為思考を振り払って試験会場へと向かう。






 自分の番が来たことを知り、会場へと入ると一人の男が待ち構えていた。

 どうやら試験官のようだ。

 そして今回の模擬戦相手。




「デバイスを」


「はい」



 デバイスに収められている受験票データを提示し、不備がないことを確認すると時間制限や禁止事項などの説明を受け、開始位置に誘導された。





(身の熟しからして魔導士。それも典型的な中遠距離型かな……)




 互いに移動しながら相手の動きを注視した結果、少なくとも近距離が得意という印象は受けなかった。

 相手も同じだろう。

 此方が異端である近距離型魔導士と理解しているだろう。



(しくったら時間切れになる可能性があるな)



 つまり、如何に短時間で距離を詰められるかの勝負になる。

 自分は中遠距離の攻撃バリエーションが極端に少ない。


 基本的に拳や近距離魔導を使用して闘うインファイター。

 使ったとしても近寄る為の布石として支給されている拳銃を使うぐらいなもの。

 そして当然試験では殺傷力のある武器は仕様が禁止されている。


 一応短刀も使いこなせるがここでは役に立たない。

 制圧用の魔導で闘うしかないのだ。




 まぁ、相手には悪いが力を見せる前に終わらせるのが一番いい。

 俺はそこまで強くない。

 才能もない、かと言って英雄の様な力があるわけでもない。

 そして達人の様な技量もない。



 だが、幾度となく打ちのめされ、その都度這い上がってきた経験値がある。

 限界を超えたことで見えた景色がある。

 諦めたくないと磨いた小賢しい技術がある。




 そして、崩したくない日常が俺にはある。




(ギアを上げろ、最初から全開だ)




 少なくとも俺が死にかけた相手よりは弱いだろう。

 多く見積もってもAランクなのだから。




 ビッ――――!!





 昇級試験開始の合図が響く。




「ぉぉおぁぁぁあぁっ!!」





――――強化魔導フル式、全開駆動っ!ドライブ





 本来の自分が放出できる量を超えた魔力が身体中を駆け巡る。


 かつて少女達を救う際に意地を張った時、彼女達の魔力を貰ったことがある。

 それは俺が受け入れることが出来る魔力量を遥かに凌駕していた。



 それでも彼女達の魔力を受け入れ続けた為なのか、放出できる魔力量が前に比べて桁違いに上がっていたのだ。

 人体の神秘か、それとも生存本能によるものなのか、受け入れきれない魔力に自然と身体が受け入れる土壌を作り上げていたのだ。


 魔力が増えたわけではない。

 魔力の放出量が増えたのだ。


 それにより継戦時間が減少するが、そこに目を瞑れば自身のスペックを飛躍的に上昇させることができる。

 


 制限時間付きの超強化。





(持って三分……マジ笑えねぇ)




 どこぞのヒーローの様な状態に自然と苦笑が漏れるが、代償なしに凡才が己の限界を超えることなどできない。





 事前の情報との違いに相手が驚いた表情を浮かべるが、此方に付き合っている余裕はない。





「行くぜっ! おらぁぁぁぁっ!!」




 拳を握ると同時に飛び出した。



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