徐々に減っていく貯金と家族会議


 その後、このままではいかんと考えてそれぞれ必要な対処をした。

 雫に拳骨を落とし、縁を揺さぶって正気に戻し、燈火を宥める。

 なんとか落ち着かせる事に成功して、三人を引き連れ店に入る。




「葵、シュークリーム」


「ゲーム諦めるならいいぞ」


「神は死んだっ……」



 適当に雫をあしらいながら今日は何を食べようかと思考を巡らせる。

 しかし、いつもの様におばちゃんたちとの激戦を繰り広げている燈火を目にしたことで、献立の決定権が無いことを思い出して日用品コーナーに目を向けた。




「よっしゃぁぁっ!!」


「来たわね。ポニーテールの悪魔っ!!」




 気づいたら燈火に変な異名が付いている気がするが、聞かなかったことにする。



「燈火は元気ですねぇ。私にはあの激戦を生き残れる気がしません」


「いや、お前らも似たり寄ったりだからな」



 とりあえず生理用品をカートに入れようとするな。

 お前らまだ使わないだろ。



「なに? 俺を辱めたいの?」


「いえ、辱められてるのは私たちの方ですよ?」



「それ以上はやめろ。例え無実でも俺が社会的に死ぬことになる」



 目の前でニコニコと微笑みながら此方をからかってくる縁を止める。






 そうしていつもの如く周囲の白い目に晒されながら会計を済まして店を出た。


 手持ちが少なかったので電子クレジットで精算した為、足りなくなる前に口座からデバイスへチャージしようと画面を開いた所で固まった。



(あれ? こんなに少なかったっけ?)



 四ヶ月前までの預金額とは異なる数字に思考が追いつかない。

 中学辺りから非常勤として対策庁で働いているので、そこそこというか、かなりの額が合ったはずだ。

 しかし、表示された預金額は記憶にある額の三分の一ほどしか無かった。



「どうしたんですか葵?」




「やっべ、家計破産するかも……」






 全員が固まった。













「はい。第一回、遠野家の家族会議を始めたいと思います」



 夕食を摂り終えて燈火が後片付けをする中、机に身を乗り出した縁が口を開いた。

 あの後、固まった三人は何事もなかったように帰路へ着き、不気味な予感に支配されながら夕食に突入。

 誰一人その話題に触れない事に恐怖を感じ始めた俺は、夕食が終わると同時に椅子に縛り付けられた。




「葵の甲斐性が無いせいだと思う」



「あのなぁ!? お前らが好き勝手に物買うからだろ!?」





 好き勝手に発言する青髪ニートに堪えられず叫んでしまう。

 少なくとも対策庁ではCランクって言えばそこそこのエリートだぞ。

 それに見合った手取りはある。



「うん。純粋に私達が使いすぎたんだと思うよ?」



 片付けを終えた燈火が手を拭きながら椅子に座る。

 天使はここにいた。

 ほんといい嫁さんになると思うよ燈火は。



「確かに私達が使いすぎた事もあるかもしれません。しかしこれを見て下さい」



 そう口にした縁はヘアピン型のデバイスからグラフにされた映像を俺達の前に映し出した。

 それはこれまでの出費を纏めた物だった。



 いつの間に用意したかは知らないが、とりあえず見てみることにする。

 四ヶ月前を最大として、二ヶ月前から安定して変わらぬ金額が示されていた。

 その金額は俺の手取りより僅かに多い。

 つまり、普通に生活していくだけでも貯金を切り崩さなければならないということ。



「分かる通り、最初は色々と私達が無駄遣いをしましたが、していない現在も僅かながら赤字が続いています」



「ガスと水道を切ればいいと思う」



「えっ? そしたらお風呂とか入れな……あっ、そういうことか」




 縁の説明を受けて、唐突にライフラインを切ろうと提案した雫に驚いた燈火だが、雫の手に浮かんでいる水の玉を見たことで納得する。



 それは雫の持つ異能。

 水を自在に生み出し操る異能。

 【原初】と呼ばれる強大な力を持つ、始まりの異能。




 彼女達はクローンだ。

 それも世界を揺るがす程の人物達を元に生み出された特級のクローン。

 とある事情により、彼女らを助けて色々と修羅場をくぐった末に世間に存在を晒す事はなかったが、それでもバレたらマズイ代物であるのに代わりはない。



 二百年以上前に活躍した偉人のクローンだ。

 しかも未だに再現できないレベルに強力な異能を持っている。

 それも三人共。


 誰か一人でもバレたらマズイのだ。





「私の水遊び、燈火の火遊び、そして縁の時遊びがあれば、生活に問題はないと思う」



「確かに私の力があれば冷蔵庫は要らないですね。物は絶対に腐らないですし」



「火も自分で調節できるからよく考えたら料理は楽かも」





「ちょっとまてやっ!! おにーさんの沽券に掛けてその案は却下だ!」




 遊びとか名前に付いているが、実際は凶悪な能力をそんな所帯じみた事に使えるか。

 確かに家計の為に使う程度ならバレることは無いと思うが却下する。

 何故なら、そうでもしないと少女三人を養えないと思われてる事に問題があるからだ。



 一応男の子の意地ってやつだ。




「じゃぁ私が対策庁の非常勤として働くとい――――」



「――――それだけは絶対に却下する」




 家計を考えてくれるのは嬉しい。

 働くというのも成長の為になるので歓迎すべきことだ。

 しかし、面倒を見ると決めたのは自分なのだ。


 そして複雑な生まれを持つ三人には、まだ輝ける子供時代を送ってほしいと願っている。


 このままだと貯金が無くなるから生活の為に働いてもらう?

 そんな情けない話を認めるものか。

 舐めるなよ。少女三人ぐらい余裕で養ってみせるわ。



 「家計なら安心しろ。お前らはまだ楽しくバカやってればいいんだよ」



 思わず強い口調になってしまった為に、努めて穏やかな口調を意識する。

 別に案が無いわけではない。



 対策庁は万年人手不足。

 しかも国という後ろ盾があるということもあり、予算は潤沢にある。

 一回昇進するだけで一般企業では考えられない程に給料が上がるのだ。


 そして、三人を助け出した時に色々あったことで限界を超えた影響なのか、強くなっているのを自覚している。

 今まで面倒だったことや、増える業務に三人との時間を割かれる事を考えて止めていたが、昇級試験に受かればいいだけの事。




「男の子ってやっぱり面倒ですね」



 どことなく呆れたような表情で縁が口にする。


 確かに一緒に働きに出た方が効率もいいし、何より対策庁なら一緒に働けるということもあり、目が届く安心感もある。

 三人としても自分達なりに役に立ちたいと言う想いもあるのだろう。

 押し付けがましい自己満足なのは自覚できている。



 一緒に働ける未来に興味が無いわけではない。

 きっと楽しいのだろう。

 この日常が職場までやってくるのだ。

 楽しくないわけがない。


 しかも三人は正直に言うと俺よりも強い。

 逆立ちしたって勝てる見込みは無い。

 本当に不意打ちでもしない限り。

 故に将来も約束されたようなものだろう。




 だが、彼女たちはまだ子供なのだ。

 見た目が十五だろうが十四だろうが、まだこの世に出て一年も経ってないのだから。

 あちこちに居る爺さんや婆さん達から見れば、俺も十九年程しか生きていない若造かもしれない。

 けど、ほんの少しの差とはいえ、彼女たちから見れば自分は大人なのだ。



 子供の為に大人が頑張る。

 そこに理由なんていらない。

 それだけあれば十分だ。

 家族であれば尚のこと。




「分かった……けど、ダメな時は言って……皆で頑張るから」



「前みたいに無茶しちゃダメだからね」




 俺の想いを理解してくれたのか、縁と同じくどこと無く仕方ないという表情を浮かべる二人。


 何も全てを自分で抱えるつもりはない。

 どうしてもダメだと思ったら、頼るさ。

 彼女たちの気遣いをわがままで踏みにじるつもりもない。



 ただ、まだその時じゃないだけだ。




「とりあえずはあれだ…………」




 三人の視線が集まる。




「これ、解いてくれない?」




 自分でもイイこと考えたり言ったつもりもあるんだが、縛られたままってのはカッコ付かないでしょう……。




 クスクスと笑う三人と静かに天を仰ぐ自分がいた。

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