瀕死重体航空便→天野超特急



 ジェット機に辿り着き使いの人を連れ出した頃には手遅れだと本能的に理解した。


 自然と溢れ出る大粒の涙を振り払いながら、自分達を守るために最後の最後まで不器用に笑って意地を張り続ける彼の元まで必死に走る。

 遠目に確認した姿は大きく広がる血溜まりの中倒れている物だった。


「葵っ――――!」



 届かないと理解していても溢れ出る感情を抑えることなど出来ずに彼の名前が口から漏れる。

 もちろん返答など期待することなどできない。


 最後に目にした彼の姿は、声に成らない掠れた音だけを口から漏らして立ち上がり、何故生きているのかわからない奇跡としか思えないような有様だったのだから。


 それが倒れている。


 つまり奇跡の時間は終わりを告げたということであり、少し離れた場所で同じく倒れ伏している魔道士を見るに彼は成し遂げたのだろう。

 自分達というお荷物を抱えながら戦い抜き、あまつさえ絶望的な戦力差をひっくり返して想いを貫き通した。


 守られた本人である自分たちからすれば喜ぶべきことであるのは間違いないが、しかし胸中を支配する想いは全く異なる感情。



「――――バカッ!――葵のバカァ!」



 彼の内にある想いはなんとなく察していた。

 本人は悟らていることに気づいてはいないのだろう。


 彼にとって恭平が憧れた人物であることを理解することは容易く、現実という壁に阻まれ何処かで折れたと予想することができる。

 しかし自分達と出会ったことで再び立ち上がってしまった。

 かつて憧れた背中を追い求める道へと戻ってしまった。



 あらゆる困難が待ち受ける道。

 襲う苦難に、苛まれる苦痛に、その身に降りかかる炎に顔を歪ませながらも、尚諦めること無く理想を追い求め歩み続ける修羅の道に。




 誰がそこまでして欲しいと願った。

 どうしてそんなになってまで立ち上がろうとする。

 犠牲の上に成り立った日常に感謝なんてすることをしたくない。






 既に自分達の日常は、彼は必要不可欠な存在となっていた。


 最初は成り行きだった。

 優しさが隠された大きな手に少し恥ずかしくも穏やかな気持ちになった。

 何一つ打算など無く此方を気遣う言葉に絆された。



 まるで複雑な生まれなど関係ないと、普通の子どもを扱うような態度に現状を忘れ、騒がしくも賑やかな日常を噛み締める事ができた。



 例えそれがほんの一週間しかない短い関係だったとしても、それは確かに自分達にとっては掛け替えのない幸せな時間だったのだから。



 彼の居ない日常などいらない。

 彼の居なくなった日常に、心の底から笑うことなど出来るわけがない。

 彼が居なくなった日常で、ただの子どもとして生きる自分達を赦すことなどできはしない。



 目を覚ましたら絶対に文句を言ってやろうと心に決める。

 


 諦めなかった彼の様に、自分が諦めるような事はしたくないと懸命に足を動かす。

 間に合わなかったとしても間に合わせる。

 何故ならその程度で諦める事をよしとするほど、綺麗な背中を見てきたわけでは無いからだ。



 不格好でカッコつけで、それでいて不器用で、無茶を当たり前のようにする。

 自分の限界など知ったことかと諦めることなど無い、そんな優しい背中。




 近づく中、目に映る武装集団など知ったことではない。

 どんな困難が待ち受けていようと打ち払ってみせる。

 後遺症ならば喜んで受け入れよう。

 救う代償がこの身と引き換えならば甘んじて捧げよう。


 それが、同じ遠野の姓を持つ自分の役割なのだと覚悟を決めた。






 そして突如として現れた軍服に身を包んだ大きな背中に、足を止めることは無いまでも呆然とすることになった。





 正に蹂躙という単語がふさわしい。


 ありえない光景。

 人が二つに裂け宙を舞い、手を翳せば身体が破裂する。

 軍服をはためかせ駆ける姿は捉えることなどできはしない。



 集団の中を閃光が奔る光景に圧倒される。




 気づいたときには全てが終わっていた。

 彼を抱えて飛び立った思えば、一分もしない内に大きなポッドを抱えた軍服の男が目の前に現れた。


――――相変わらず無茶苦茶ですね。と、自分達に倣い足を止めた使いの男の呟きが耳に届いた事で現実に戻ってくることができた。



「よう、またせたな。なんとかパーティーには間に合ったようでよかったわ」



 そうのたまい彼の入ったポッドを肩に担ぐ軍服の男。

 生まれ持っている記憶の中の人物と、目の前の男が一致する。

 自分達も一度は合ったことがある人物だった。




 どこか安堵するような表情を見せる、天野 恭平がそこにはいた。








 そこからは怒涛の勢いに流されるまま事態は進んでいった。



 部下であろう使いの人諸共、魔力で編み出された鎖で縛られた四人を空へと引きずりながら操縦席のガラスを蹴破りながら突入して構うこと無く発進。


 自分の理解を超えて動き出した事態に思考が追いつかない中、葵の居るポッドの前に陣取る事が出来たのだが、気づいたときには日本にたどり着いた後だった。




 そしてあれよこれよと言う間に病院に搬送された彼の側で、離れるものかと鉛の様に重いまぶたを堪えている時、どこかで見たことのある面影を持つ綺麗な女性が現れた。



 溜息とともに彼に手を翳した女性は、私たちに微笑みながら安心するようにと口を開いた。



――――可愛いお姫様たちね。大丈夫。貴女達のナイト様はこんな所で死んだりはしないわ。



 あぁ、心葉の者か。

 記憶の中の人物の口調と目の前の女性の口調にどこか懐かしい色を確かめた事で安堵する。



 性格に難があったような気はするが、治療や支援系の異能に置いて心葉の家を超えることなど出来る者達を自分は知らない。


 安心したことに依るものなのか、不眠を貫いたツケが来たのか、限界を迎えた身体は静かに意識を落としていった。






 目を覚まし五体満足となった葵を確認して安堵した矢先、突然現れたグラサンアロハの恭平に三人共担がれて遠野の家へと放り込まれた。


 再び事態に付いていけない私たちに、かつて彼に選んでもらった青いアロハを着た男は口を開いた。



――――あいつの家味気ないから色々模様替えしてやってくれないか?口座番号はこれな。



 そう言って暗証番号と口座番号が書かれた紙を渡してくる。

 デバイスで調べてみると結構な額が入っていた。



――――あぁ、後エロ本は本棚の後ろにあるから。ちょっと大きめの漫画のカバーがついてる奴な。

――――それとパソコンの中の書類と書かれたフォルダの03というファイルを見るためのパスワードはこれな。これもエロだ。



 ちょっと興味を引かれる内容に質問しようとした口が止まってしまう。

 今の内に趣味趣向を把握しておくことは大事だと思い、追加で渡された紙を受け取る。

 隣に居る二人も興味を隠しきれていない。


 あれ?葵のプライベートって口座の事と言い全部筒抜け?




――――じゃ、目を覚ましたら教えにくるから。




 そうして嵐の様に窓から愉快な男は去っていった。


 ここ七階……あぁ、やっぱり家族なんだなと思う。

 彼も似たような事をやっていたと思い出した。



 そこから二週間はあっという間に過ぎていった。

 未だ入院している彼の事を考えないようにするためなのか、部屋の模様替えに精を出した。

 女性は買い物が好きというが、そのご多分に私たちも漏れては居なかったようだ。


 必要な物を買い揃え四苦八苦しながらも四人で暮らしていくために部屋をいじくり回した。

 時には三人で彼の趣向を知るために頬を熱くしながらイケナイ物を鑑賞したり、明らかに要らないものを買ってしまいちょっとした後悔に襲われた事もあった。

 私は料理の腕をあげようと色々と勉強をしたりもした。




 そうして彼の口座の残高が当初の三分のニになった辺りでこれはマズイと感じるようになり散財を控えるようになった。



 まぁ、まだ平気だと思う。うん。

 大丈夫。なんだかんだ優しい彼の事だ。怒りはするだろうが溜息を吐きつつも許してくれるだろう。


 だから雫。これ以上PCを頼もうとするのは辞めてくれないかな?


 縁もホームシアターでアレを流す準備をするのもやめてあげよう?葵が別の意味で倒れちゃうから。







 そんなこんなで一週間が経ち、少し酒臭く上機嫌な恭平が現れたことで葵が目を覚ましたことを知る。


 家庭内ニートの地位を築いていた事もあり、いの一番に雫が酔っ払いに窓から攫われていった。

 正直に言えば早く彼に会いたいという気持ちはある。

 しかし目を覚ました事を知り、一人ずつ面会する旨を伝えられた際に後ろから感じた般若の圧力に冷静になることが出来た。



 あ、縁が本気で怒ってらっしゃる。



 多分雫が飛び出していった事もこれに関係があるんじゃないかと思う。

 私も大分彼に文句を言ってやろうと心に決めていたが、この圧力を受けた後だとちょっとは優しくしてあげようかなと思わなくもない。

 雫も恐らく縁が後に控えている中、きつく言うことは無いと思う。




 自分に向けられたわけでも無い圧力に自然と震える身体を押さえつけながら待つこと約十分。

 なんとなく満足そうな雫を肩車した酔っぱらいが窓から帰ってくる。


 入れ替わりで運ばれる人物を待っている恭平へと身体をずらして縁に道を譲るが断れれた。


 かつて拳骨を落とされた頭に幻痛が走る。

 なんとなく逆らってはいけない雰囲気に流されるままお言葉に甘えて天野超特急へ乗り込む。





 文句を言うのは確定しているけど、やっぱり少し抑えてあげよう。

 後に控える我が家の最終兵器がお怒りなのだから。



 空を切って走る風が頬を撫でる中、そんなことを考えるのであった。





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