諦めきれないバカの追求録《パルシィード》
横に置いてあった自分の荷物に貰った盃を大切にしまい、日差しが差し込んでいる窓を眺めると五月ということもあり澄み渡った空が広がっている。
まだ身体は熱を持ってはいるが、それを心地よく感じることができた。
そこに勢い良く扉を空け走り込んでくる音が耳に届いた。
扉の方へ視線を向けると同時に、視界に広がった青色の固まりが此方に勢い良く飛び込んできた。
「――――葵っ!」
「――――っ!ふっぐぅっ!」
腹部を中心に衝撃が走り治ったと言ってもまだ完治はしてない身体に激痛が走ることで変な声が出た。
痛みを堪えつつ飛び込んできた人物を確認してみると、自分が守るために戦った理由の一人。
雫が胸に頭を擦り付けていた。
薄っすらと浮かぶ涙に何も言うことが出来ず、気まずい思いと共になすがままにされる。
「ん、……」
存在を確かめるように頭を擦り付けている姿に、なんだか子犬みたいだなと考えていると満足したのか自分から離れ此方に視線を合わせてくる。
「……葵は物語の主人公じゃない」
「…………」
「……現実はそんなに都合よくない」
最もだ。誰しもが憧れるがなれるのはほんの一握り。
それこそ奇跡を起こすような物だ。
自分がとんでもなくバカなことをした自覚はある。
「けど、……」
少しだけ言葉を止めて、真剣な眼差しを向けてくる。
「助けてくれてありがとう。……守ってくれてありがとう」
少し青が混じる瞳を閉じて静かに頭を下げた。
その上に手を乗せて乱暴に撫でる。
なすがままに揺られている雫に向けて口にする。
「おう、その言葉だけで頑張った甲斐があったもんだ。こっちこそ守られてくれてありがとう」
雫が笑い――もう少し。と言うので撫でながら二人はどうしたと聞くと、どうやらやたらと上機嫌な恭平が俺が目覚めたことを伝え、天野超特急でここまで運んでくれたらしい。
定員が一人という謎の上限を付けているため、一番早く飛び出す事に成功した雫が一番乗りでここに来れたらしい。
何やってるんだと考えながらも、わざわざここまで連れてきてくれたおせっかいな男に感謝する。
「そろそろ次の便が来る……。家で待ってるから……。また皆でご飯食べよう。誰が誰のクローンだとか関係なく、皆と、葵と一緒に話したいから……。だからただいまって、おかえりっていうから……」
おう。と返事を返す。
色んな想いが篭った言葉。伝えきれないほどの言葉を乗せた短いやり取りを終えて、濃い青色の髪を揺らしながら退出していった。
病室に一人となったことで少し照れくさくなり頬を掻いていると、先程よりも大きな足音が此方に向かって近づいてきているのが聞こえてくる。
――あっ、これデジャヴっ!
そう気づいた時には時既に遅く、開いたままだった扉を勢い良く曲がりながら此方に突進してくる茶髪の少女を確認した。
「――――っおっぐぅっ!」
――まてっ。と静止する余裕すら無く勢いのまま飛び込んでくる。
再び腹部に衝撃が走り先程よりも更に変な声がでてしまう。
治りかけの身体に再度激痛が走り、何か言ってやろうかと突進してきた少女に視線を向けた辺りで頬に軽い衝撃が走る。
「――――バカッ!」
口を開く事も忘れ頬に消えることの無く、響き続ける痛みを感じる。
「カッコつけて、馬鹿みたい。バカッ!葵のバカッ!あれだけ怪我して!血だらけになって!死んじゃうかと思った。本当にもう会えないんじゃないかと思った。勝手に居なくならないでよぉ……ばかぁぁ……ひぐっ……」
――これは重いな……。
自分がしてきたことでこれ程までの負担を三人に与えていた事を理解する。
最後には泣き出し小さな手で胸を叩いてくる。
それはAAランクの魔導より、今まで受けてきたどの痛みよりも心に響いた。
ひとしきり泣き終え、鼻をすすりながらも強い視線で見つめてくる燈火に何も言えずにいると、まだ涙声のままに口を開く。
「早く帰ってきてよ」
「おう」
「ご飯作って待ってるから」
「おう」
そう言ってこちらに抱きついてくる燈火の頭をゆっくりと撫でる。
しばらく撫でた後、名残惜しそうに離れていく姿に罪悪感を覚えるが、遠くで騒いでいる音が聞こえてきた。
次の便が来たのだろう。
入れ替わりの為部屋を後にしていく。
その足取りは来たときとは違いゆっくりとした物だった。
「帰ったらとりあえず、謝らないといけないかなぁ……」
と、呟きながら先程とは別の意味で頬を掻くことになり、最後に来るであろう人物を待つことにする。
しばらくすると、空いたままの扉から足音が聞こえてきた。
足音が聞こえてきた辺りで、すわっ、またかと身構えるが、その足音はゆったりとした速度でしかし確実に近づいてきていた。
――あ、これやばいかも……。
本能的にマズイ事を直感が告げている気がした。
先程までの二人とは異なり、心配する気持ちと怒りの比率が違うと感じる。
端的に言えば静かにキレている。
ゆっくりと迫る足音にいっその事隠れるかと考えに浮かぶが、何を怯えることがあるのかと思い直す。
しかし、腕が震えているのでカッコつかない。
そうして出会った当初の様な物静かな雰囲気を纏い、銀色の髪を靡かせた縁が入室してきた。
「あら、残される者の事を考えない葵さんですね。意識が戻ってよかったです。」
敬称付き。のっけから渾身の右ストレート。
燈火の時とは別の意味で胸を抉られた。
「ホント、男って自己満足が好きですね。」
突き刺さるアッパー。
「頼りないかもしれないですけど、そんなに頼りにならないですか?」
脳が揺れるジャブ。
「そうやって自分の想いを押し付けて家族を置いてどこへ逝こうというのですか?」
顎に響くフック。
「自分の想いを汲んでもらったら私達の想いは汲んではもらえないのですか?」
意識が飛ぶようなスマッシュ。
「貴方が心配するように私達が心配しないわけがないじゃないですか」
ダメ押しのボディブロー。
自分がした事とは言え流石に言いすぎだろうと、口に出かかった所で縁の顔が目に入り言葉を飲み込んだ。
自分を真っ直ぐと見つめる瞳からは涙が零れていたのだから。
「信じますから私達も信じて下さい。私達が、少なくとも私が甘えられるのは葵だけなんですからっ!」
二人とは違い、此方を気遣った優しく、緩やかに飛び込んでくる縁を受け止める。
ふわりと感じる彼女の重さに、泣かせてしまった気まずさが俺の動きを静止させた。
胸に顔を埋め、くぐもった嗚咽を漏らす小さな身体にどうしたらいいのかわからずにいた。
どれ位時間が経ったかわからなくなった頃、縁が静かに――撫でてと呟いた事でようやく動き出すことができた。
壊れ物に触れるかのようにさわり心地の良い髪をゆっくりと撫でていく。
「もう、あんなボロボロになるまで無茶はしないで下さい」
「おう」
「支えるって決めてるんですから、少しは頼って下さい」
「善処する」
――とすっ、と胸に小さな衝撃が届く。
俺の返答がお気に召さなかったようで胸に顔を埋めたまま小さく不服の意を示す。
しかし俺が言葉を変えないことを察したのか――とすとすっ、と二発ほど叩いた辺りで静かに離れていった。
赤い瞳を更に赤く染めて仕方ないといった表情で此方を見る。
――仕方ないじゃない。男の子ってやつなんだから。
「早く帰ってきて下さい。皆待ってますから。それに4人でいないと寂しいんですよ」
「頑張るよ」
そう言って、縁は部屋を後にしていく。
自分が悪いとは言え、いや、自分に非があるからこそ身構えていた事柄が終わり、安堵すればいいのか落ち込めばいいのか、判らない心境に陥っていると、退室していく縁から声が届いた。
「――だけど、確かにかっこよかったですよ」
――ほんと、いい女になるよ。お前らは――
そんな有り難い言葉を残し、今度こそ病室を後にしていった。
此方を気遣い責める事なく飲み込んで感謝を伝えてくれた雫。
素直に激情をぶつけ、戒め、帰る場所を教えてくれた燈火。
支えるから頼ってくれと寄る辺を示してくれた縁。
自分以外居なくなった病室で三人にもらった励ましや説教が心に確かな重さとして感じる中、自然と苦笑が漏れる。
やはり自分は馬鹿なのだろう。
自分よりも年下の少女たちに敵う気が全くしないのだから。
けど、悪くないと思う自分がいるのだから手に負えない。
あの家で帰りを待つであろう三人のリクエストに答えるためにも早く治すとしよう。
そう思い、横になる。
そこにはこれから来るであろう騒がしい日常への期待と守りきれた少女達に会えたことへの達成感があった。
屈伸を終えた足を伸ばして身体の調子を確かめる。
不具合は特に感じない。
むしろ前に比べて調子が良いように感じる。
一週間に及ぶ、寝たきり生活からやっと開放され、遂に退院の日を迎えることができた。
医者からはありえない速度で回復していると診断され、当初の予定より三週間早く退院することができたのだから驚きだ。
多分ちょいちょい見舞いに来ていたあの男が何かをしたと見ているが、詳細が全くわからない。
聞いた所ではぐらかされるのが目に見えているので思考を中断する。
いつの間にか修理に出されていた時計型デバイスを受領して腕に装着する。
あの戦いで壊れた相棒の事が頭を過るが、壊れたからといって今までの繋がりがなくなるような事は無いのだから、尽きぬ感謝をすることはあれどそこまで悔やむことない。
荷物をまとめ、看護師さん達に挨拶をして退院手続きを終える。
三人にはあれ以降会ってはいない。
どうやら色々手続きやら生活に苦戦しているようで、会う時間が取れないみたいだった。
恭平から聞かされ少し残念にも思ったが、どの道これからは嫌でも毎日顔を合わせる事になるのだからどうってことはないと考える様にした。
そして退院の日が訪れ、らしくもなく準備運動までしている辺り早く帰りたくて仕方がないらしい。
なんだかんだ言ってあの四人でいる空間が気に入っている自分に気づき苦笑が漏れた。
――、――。
デバイスに通知が入る。
内容を確認した事で俺の身体はフリーズした。
そこには大量の購入履歴があり、生活物資一式や家電全般。
どこで何に使うのかわからない品まで並べられていた。
宛先は間違いなくこれから帰るであろう一室。
引き落としは俺の口座。
いや、まあまだ余裕はあるから良いんだけどさぁ!
買ったのが三人娘で有ることを即座に理解したので詐欺やら偽造ではないと判断する。
金額に頭を抱えながら読み進めていく内に、システムキッチンやらホームシネマ、ハイエンドPC、果ては倫理シール付きのゲームソフト等なんというか目眩が起こりそうなものまで入っていた。
――え、なに?忙しいのって模様替え?
苦戦って何、リフォームでもしてるのぉ!?
あいつらどんな生活してるの!?
というか倫理シールは何のためにあるん?
子供に見せちゃダメなものをホームシネマで流そうとしてるのか!?
混乱の末、自分でも訳の分からぬ思考に囚われすぐさま三人の凶行を止めるべく、病院を早足で後にする。
タクシーを捕まえて自宅へと急ぐ。
焦る俺にタクシーの運転手は――よう、兄ちゃん。彼女でも待たせてるのか?と
どこかで聞いたこと有るような調子で質問されるが、今の俺には答えるだけの余裕はなく、適当な相槌を打ちつつ目的地に着くのを今か今かと待ち続けていた。
話をしている運転手は俺の様子に急いで目的地まで向かってくれた。
感謝を告げると――まあいいってことよ。と何処かで見たこと有るような軽い調子の笑顔で返してくれた。
何を話したかはあんまり覚えていないがありがたい。
マンションの前まで着き支払いを済ませ、運転手の意味深なサムズアップに戸惑いながらも急いで部屋へと向かう。
タクシーが去っていく際に半ば反射的に中指を立てたのはきっと何かの間違いだと信じたい。
だが、本能が必要だと叫んでいた。
部屋の前に辿り着き、鍵を取り出して扉を開け飛び込んできた光景に硬直する。
そこは住み慣れた我が家であるのは変わりなかったが、覚えのない色々な物が置かれており合わせて家電の入っていたであろうダンボールが積み上げられ玄関の前には、秘蔵の本が存在を主張するように置かれていた。
「おいぃぃぃぃぃっ!!なんでバレてんだよぉ――――!」
ご丁寧に中央に置かれている秘蔵の本の上には、02とテープが貼られたフラッシュメモリが鎮座していた。
――出費がヤバイ。というか諸々と色々にヤバイ。主に尊厳的な意味で。
目の前の惨状に頭を抱えながら玄関に佇んでいると、叫んだことによるものか異変を察知した三人がパタパタとやってくる。
誰が俺の口座番号教えたのか、せめて買うにしても少しは厳選して欲しい。
というか秘蔵のコレクションをどうやって見つけ出した。
目の前で積み上げられた惨状を作り出した三人に文句を言ってやろうと、口を開くよりも早く三つの衝撃が俺を襲った。
言葉を出すタイミングを逃した俺は抱きついてくる三つの頭を交互に撫でる。
――――ま、今回は多めに見てやるとするか……。
自分でも甘いと思う判断だが、三人に再び会えたことで舞い上がっているのだろう。
そして三人が笑顔で此方をみて口を開いた。
「「「おかえりなさい!」」」
「おう、ただいま!」
それはかつて諦めた者がする表情ではなく
――――諦めきれずに幾度と無く這い上がり、追い求め成し遂げた
そんな心の底から溢れ出る笑みを浮かべていることだろう。
夢は逃げない。何時だって逃げるのは自分なんだ。
こうして俺は守り抜いた日常へと帰って来た。
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