【全能の天秤】天野 恭平
「――っ?――――っ!?」
打ち捨てられた様に、地面に横たわる男は完全武装した集団の介抱により目を覚ました。
目が覚ました男は首の骨が折れていたようで、
ある程度治療を終え回復した今でもしきりに首を押さえている。
治療した者が更に魔導を使って癒やしていく。
少しの時間の後、漸く自由に首を動かせる様になった男は、自分の状況を理解した。
どうやら自分はあの青年に打ちのめされ、危うく命を落としかけた事を。
そしてどうにか政府機関を撒き、追いついてきた仲間に救出されたのだと。
自分より少し離れた場所。
力尽きた青年が血溜まりの中倒れていた。
まだ息は有るようだが、間もなく命の火が消えることは遠目からでもはっきりと伝わってきた。
その有様は数多くの戦場を渡り歩いて来た男や、仲間達から見ても凄惨たる物だった。
四肢は折れ曲がり、身体中の至る所に穴が空き、
そこから無残に破れた臓器がこぼれ落ちている。
敵対していたにも関わらず、仲間がトドメを刺す必要が無いと判断する程の状態。
だが、そんな状態にも関わらず、
最後まで自分に対して攻撃を止める事は無かった。
何度も死に至る被害を与えたが、倒れることなく、
その度、何かに支えられたかの様に立ち向かってきた。
最後には自分の首を折るという致命傷を与えるまで。
男の身体が震える。
仲間がマスク越しのくぐもった声で――大丈夫か?――と
問い掛けてくるが、出てきた返答は声に成らないような物だった。
青年を見たことで先程までのやり取りを思い出してしまったのだ。
正確に言えば、此方を睨む青年の目を。
明らかにあの青年は異常だ。
人間はあそこまで己を使い潰すことは出来ない。
それに戦力差が理解できない程、頭が悪いわけではないだろう。
だというのに、替えがきくクローン達の為に命を張った。
もしかしたら国の命令なのかもしれない。
それにしても青年程度の実力で、自分を含めたこの戦力から逃げ切れる可能性など無い。
そう。可能性など無いのだ。
しかし、青年はやり遂げた。あの目を見たからこそ理解した。
何度折れても何度打ちのめされようとも、
執念に似た何かが青年の中で叫び続けていた。
それがここまでの奇跡を引きずり込んだのだろう。
しかし、それでも生き残ったのは自分だと男は己に言い聞かせる。
結局何をしようと、生き残れなければ意味は無い。
最後に勝ったのは自分なのだと。
そうして震える身体を押さえつけ、男は標的である三人の少女達に目を向ける。
ジェット機に辿り着き、増援を呼んできたのだろう。
一つの人影と共に此方に走ってきている。
――無駄な事、見捨てれば生き残れたものを。
持ち直した男は仲間達へと指示を飛ばす。
一人増えようとも先程までと同じ。
銃弾と自分の魔導による飽和攻撃で、少女達諸共排除すればいい。
そうすれば仕事は終わる。
立ち上がり、先に青年へトドメを刺そう魔力を練り上げる。
何も楽にしてやろうという優しさではない。
そうでもしないと再び立ち上がり、あの目と共に立ち向かってくるという恐怖があるからだ。
だから確実に自分の手で葬り去ろうとする。
――――――――っ!?
起動した魔導式を青年へ放とうと、手を翳した時。
突如として青年の側に、一人の軍服に身を包んだ男が現れた。
男に目を離した記憶は無く、仲間達も突然の出現に困惑している。
此方の混乱を他所に、軍服姿の男は間もなく命尽きようとしている青年へと手を伸ばした。
何を意味するかはわからなかったが、青年の呼吸が落ち着き出したのを確認して、敵性の存在と判断する。
あの状態の青年を治療できるのであれば、
高位の魔道士か異能者だと予測できる。
しかし、それでも自分たちの火力を一人で捌き切れる筈がない。
それこそAAAランクの化物でも引っ張り出してこない限り。
現在、この近辺にそんな化物がいないことは既に調査済みであった為、
可能性に蓋をして思考を切り捨てる。
一斉放火の合図をしようとした所で、軍服の男が此方を向いた。
それにより乱入者の詳細を見ることができた。
できてしまった。
――――――――――――っ、っ、っ!?!?
乱入者の姿を正確に確認したことで、男を含めた集団は衝撃と困惑を
若く見える黒髪黒目の東洋人。
意匠の古い軍服に、尉官を表す布地。
階級を示す三つの星の下には何度か昇進を繰り返し付け替えたのか、三つの星の間に二つの穴が空いている。
何故小国とは言え、国を相手取れる集団が思考を停止させたのか。
それは男達が目の前の人物を資料の中とはいえ、見たことがあるからだ。
幾つもの逸話と呼び名があり、世界で最高位に位置する人物。
同時にありえないと、現実を認識することを拒んでいる。
――――何故、ここに居る? 貴様は北極に居たはずではなかったのか?
何故なら、目の前の光景が現実ならば自分たちに未来がないからだ。
何もかもが足りない。経験も、覚悟も、対策も。
何より、圧倒的に戦力が…………。
それでも視界に捉える光景が変わることはなく、
無情にも記憶の中の情報と、目の前で静かに佇む人物が一致する。
第二次世界大戦の英雄。
極東の魔王。
リストランク世界三位。
事実上、対人戦最強。
時代遅れの軍服に、大尉を示す階級章。
軍刀であるサーベルを吊るし、骨董品の拳銃を携える。
紛れもなく
――――
「――――撤退っ!撤退だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
いち早く現実に戻ってきた男が、悲鳴の様に退却の指示を飛ばす。
それを皮切りに、蹂躙が始まりを告げる。
男が叫ぶと同時に、前列で銃を構えていた四人の首が飛んだ。
続けて状況を理解できていない後ろの九人は、衝撃と共に多数の肉塊へと姿を変え四散する。
宙に舞う血肉に漸く絶望的な状況を理解したのか、
逃げ始めた三人の上半身が発砲音と共に消失した。
現実感を無くし、それでも染み付いた訓練の賜物か、
流れるように退却支援に異能を使おうとした五人の身体は、大量の血液を撒き散らしながら破裂する。
ありえない光景を尻目に、退却を叫んだ男は魔導を使い疾風のように駆け抜ける。
全ては生き残るために。
勝てる見込みなど無く、戦いにすらならないのだから当然の選択と言える。
幸いにも初動が早く、他の仲間達とは一線を画す魔導力の恩恵で、未だ命を失うこと無く逃げ続けられていた。
本来、ランクとは国に与える被害で算出される。
しかし中には例外が存在する。
戦術級の技能が飛び抜けている訳でも、
国の基盤に致命的な損害を出せる能力がある訳でもない。
個人戦闘力というただ一つの概念だけで、
世界に三番目の脅威として認定される正真正銘の化物。
範囲攻撃を十秒かけて放ち、結果千人倒すというなら、
0,0一秒で一人倒せれば同じ、という狂気の理論を地で行く狂人。
正に今、逃げ続ける男の背後で殺戮を繰り広げている者がそうなのだ。
生存本能か、それとも走りづつけて居る為か、
活性化した脳が必要以上の情報を吐き出してくれる。
だが、思い出せば思い出す程、もう自分が助からない事を理解してしまう。
死にゆく仲間達へ、迫りくる破滅に、自然と溢れる涙を背後へと置き去りにしながら男は走り続けた。
そして逃走劇は、かつて仲間であった者の上半身が、
頭上を吹き飛んでいく光景を視界に留めたことで終わりを告げた。
目の前に落下した衝撃で臓物を撒き散らす肉塊。
かつて仲間であった死体の先には、いつの間にか煙草を咥えた化物が立っていた。
「おう、後は手前だけだぜ」
どこかつまらない物を見るような雰囲気で男に語りかける。
しかし返答は、走り続けた事による疲労か、それとも涙を流している事が原因か、怯えと許しを乞うような呻き声がだけであった。
いつの間にか生き残りは男だけとなっていた。
「喧嘩はビビったら負けなんだよ。立ち上がる気が無いなら、敗者は敗者らしく――――」
言葉と共に拳を構え、踏み込む姿勢に移る姿は、
男にとって忌み名と同じく、自分の命を刈り取ろうとする魔王の如く映っていることだろう。
破滅から逃れる為なんとか振り返り、逃げようと足に力を込める。
しかしそれは叶わず、先程青年に打ち据えられた箇所と同じ所に強い衝撃を受けた。
再び感じる鈍い音と宙を舞う感覚に、男の意識は永遠の暗闇へと沈んでいく。
「――――大人しく寝てろ」
軍服をはためかせ、拳を振り抜いた姿のままにのたまう。
殴り飛ばした男は弧を描き、意識を取り戻した場所に吹き飛ばされていた。
それを確認した”最強”は吸い終わった煙草を揉み消し、家族を救うために行動を起こし始めた。
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