憧れた自分は今ここに




 痛む身体を無視して距離を詰めるために男へと踏み込む。


 まず、距離を詰めなければならない。

 何故なら距離を取って攻撃しようにも、今の身体でチマチマと打ち合いに興じている余裕はないからだ。


 いくら魔力が増強されようとも、俺の魔力操作は一般より高いといった所が精々。

 大量の魔力弾を生成して維持できる、この男の方が上なのは目に見えている。

 故に勝機があるとすれば近接格闘。ただひとつ。



 最低限の自衛能力はあるだろうが、魔導士は基本的に遠距離から中距離で闘う。

 何故なら近接戦闘では複数の魔導式が必要となるからだ。

 相手を攻撃するのはもちろん、近距離という間合いの中で、

 絶え間なく襲い来る攻撃を捌かなければならない。


 逸らすにしても、躱すにしても、目で追えなければ意味がない。


 動体視力。

 反射速度。

 身体強化。


 最低でも三つ以上の魔導式が必要となるのだ。

 手を出さず、避けることだけに徹したとしても、

 相手が絡め手や意表をついてきた場合、それに合わせた対処が必要となる。



 本人の状況把握能力はもちろん、

 判断力、的確に必要な動作を選択し決断する能力も必要だ。


 それに、応えるデバイスの処理も早くなければならず、

 物語の中で行われる様な戦いを演じようとすれば、それこそ特注の物が必要となるのだ。



 故に近接戦闘は魔導士に取って鬼門と言っていい。





 俺も魔導士タイプの人間だ。

 しかし、世間一般の魔導士達とは違いどちらかと言えば近接格闘寄りの戦い方をしている。



 数少ない異端の魔導士と言っていい。

 幼い時より天野式にどっぷり浸かり、近接戦に必要な能力を養われていた事が要因として挙げられる。



 時には熊と戦わされた時もあった。

 鬼ごっこと称して一日中襲われ事もあった。

 そうして気づかぬ内に心に、身体に染み付いていたのだ。

 そんな染み付いたものは一度立ち止まった自分には変えることはできなかった。



 いくら判断が早かろうと魔力も足りず、

 技量も追いつかなければ意味がない。正に身の丈に合わぬ袈裟。


 それでも戦い方を変えることは無かった。

 昔みたいな無茶な訓練をすることは無くなったが、変わること無く磨き続けた。


 魔導はそんな無茶を支えるためか、

 小手先の技術ばかり覚えていったが、

 それでも近接寄りの戦いは変わることはなかった。



 今ならわかる。

 無意識とは言え、まだ自分を諦めきれていなかったのだろう。


 だからこそ磨き続けた。

 自分にはこれしかないと言い訳をしながら。


 故に、それに賭ける。

 相手の力量がどうなのかはわからない。

 だが、最後に残った、の人生を賭して磨き続けた技術で、

 手にしたこの刃で、目の前に立ち塞がるこの絶望の壁を打ち破る。





 男が仕掛けてくる。

 正面からは障壁が迫る。

 左からは魔力で出来た刃が三つ。

 右からは同じく魔力で編み出された鎖が迫る。



 そりゃそうだ。

 このランクの相手が魔力弾一辺倒の攻撃しか持ってないわけがない。

 今まで侮られていたからこそ、魔力弾のみの攻撃。


 ここから先はあらゆる手を使って攻めてくるだろう。

 地面から針を生やしてくるかもしれない。

 後ろから砲撃が来るかもしれない。

 考えられる攻撃方法は無数にある。



 俺みたいな魔導士にここまでしてくれるとは嬉しいねぇ。

 たかがCランクに過剰な歓迎だ。

 それだけ此方を危険視してくれた。

 それは間違いなく進んだ先は地獄という証明。





――それがどうした!ここで引いたら俺じゃなくなる!




 目覚めてくれた異能を使い惜しむ必要もない。

 力尽きて死ぬのが先か、相手を倒すのが先かの根比べ。

 信じてくれた三人の為にも進路は変えない、止まるつもりもない。

 待ち受ける地獄に勢いを付け、踏み込んでいく。



 握る軍刀で一閃。


 迫りくる障壁を切り裂く。

 返す刀で左の魔刃を二つ切り捨てる。

 だが、線上から逸れていた一つが脇腹を切り裂いた。


 右腕に鎖が巻き付く。

 強度を弱め、腕を折りながらも引きちぎる。



 脇腹から飛び散る血液を無視して前に進む。

 足りなくなってきた魔力を更に増やした反動により視界が霞むが、気にすること無く足を前に出す。


 切り裂いた障壁の隙間から細い光が走り、肩に穴が空く。

 その衝撃に仰け反る身体を押さえつけて駆ける。


 頭上から幾つもの光が降り注いだ。

 更に身体を削られるが、上体を逸しながら構うことなく加速する。





――後三歩っ!




 振るう腕から千切れるような音がするが、

 気に掛けもせず軍刀で迫る光弾を切り捨てた。


 霧散する光を背に再び前進する。

 先程よりも太い光線に右胸を貫かれ、傾く身体に鞭を打って持ち堪える。

 男を見据え、吠えながら歩を進める。




――ニ歩っ!




 横薙ぎに来る光線に身体を逸してやり過ごすが、

 右手の指が数本なくなった。


 視界の端に、指が宙に舞う姿を捉えるが目もくれずに前に出る。


 進んだ地面から光が溢れ出した。



―――――後っ、一歩っ!





 加速する身体を止めること無く、光を放つ大地に足を着ける。

 閃光と同時に右足首から下が消し飛ばされた。


 重心が崩れ、沈む身体に軍刀突き刺して足の代わりにする。

 顧みること無く最後の一歩を踏み出した。






――これで届くっ!






 霞む視界で男を捉える。

 眼前まで迫った男の目には怯えが交じっていた。


 一顧だにせず、残った左で殴りつける。


 だが、障壁に邪魔をされ、届かない。

 男の顔には安堵が浮かび、殴り返してくる。

 衝撃が走り、裂かれた脇腹から何かが零れた気がした。


 屈するものかと欠けた右手で殴ろうとして、身体が沈んでいくのがわかった。


 最後の灯火が消えていく。

 時間が来てしまったのだ。映る景色が真っ黒に染まっていく。








 塗りつぶされていく視界の中、泣きそうな三人の姿を見た。





「がぁ”ぁ”ぁ”ぁ””””――――っ!!」





 消えかけていた火が再び燃え上がる。


 沈む身体を無理やり起こして殴りつけた。

 拳を遮られた障壁越しに驚愕を露わにする男が映る。

 怯えるかのように拒絶を示す幾つもの反撃が襲ってくる。



 頬が抉れ、内臓が潰れ、身体中に穴を空け、既に傷だらけの身体は鮮血で染まり、残酷なオブジェのように変わっていく。



 視界は何度も塗りつぶされ、意識は宙を舞った。


 その度、三人の姿が胸を過る。







 不安定な状況の中、それでも二人を守るために必死に頑張っている縁がいた。



 不安を抱える中、それでも此方を気遣ってくれた燈火の姿があった。



 気を張り詰めている俺に、未来を教えてくれた雫の姿をみた。



 照れながら抱きついてくる縁が映った。



 満面の笑みでプレゼントに喜ぶ燈火が過ぎった。



 食べきれない量のデザートに瞳を輝かせる雫が浮かんだ。








 複雑な生まれなど関係なく、見た目相応に己の生を楽しみ必死で生きようとしている姿。


 異能があろうがなかろうが、そんなことは関係ない。

 生まれたことに罪はないのだから。

 兵器としてではなく、普通の少女のように笑い未来に向けて歩んでいく。




 再び浮びあがる光景。



 そこには泣いている三人が映った。




「あ”ぁ”ぁ”ぁぁ”――――――――――っ!」




 繰り返し、拳を、身体を叩きつける。

 その都度、障壁に遮られるが構わず打ち込む。

 声にならない叫びを上げながら殴り続ける。



――――誰だっ!ウチの子を泣かせたのはっ!!



――――誰だっ!あいつらから笑顔を奪ったのは!!



――――誰だっ!三人の未来の邪魔をするのはっ!!!!




「――――――――――ぁ”ぁ”ぁ”あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”あ”あ”っ!”」





 叫ぶ。

 意味なんかありはしない。

 感情のままに、魂が望むままに吠える。


 届かずとも打ち続ける。

 届かないからやらないのか、できないからしないのか?

 そんなことは関係ない。




――――やるかやらないかだ! なら、やるだけだっ!





 殴る。打つ。叩きつける。



 もう手は形を成していない。

 原型すら留めず、拳すら握れない。

 振り回す腕は折れ曲がった鉄パイプの様な有様だ。



 打ちつける度に鮮血が舞う。

 何度もフラッシュバックする視界の中、血まみれの壁に守られた男の顔には恐怖が張り付いていた。




 まだ足りない。

 絶望的な差は埋まらない。

 伸ばした手は雲を掴むように虚しく空を切る。


 それでも足掻き続ける中、遂に視界は輪郭すらまともに捉える事ができなくなる。

 それでも相手の姿に向けて振り抜いていく。






               

 滲む視界の先に此方を見つめる二人が立っていた。

 懐かしい空気に運ばれて――――がんばれよ、と励まされた気がした。




 見守るように恭平憧れが此方を見ていた。

――――なにやってんだ、と笑いながらも応援してくれている感じがした。



            

 まだ自分を信じている幼い自分バカがそこにいた。


 無様に血を垂れ流す半死半生の自分を眺め、憐れむでもなく悲しむでもない。

 何か眩しいものでも見るような、輝いた目で此方を見つめていた。




            

 そして此方に手を振る――三人の姿――新たな絆があった。







 俺の、俺たちのCordはまだ終わっていなかった。


 辛うじて腕に引っかかる半生を共にした相棒。

 言葉は無くとも己を支え続けてくれた戦友。

 憧れから渡され、友と明日を夢見た証が刻まれた半身。



 こんな状態になっても、まだ付いてきてくれるデバイスcordが唸りを上げる。



 新たに紡がれた絆を守るため、

 今度こそ己の信念を貫き通すため、僅かな勝機を手繰り寄せる。



 話題の中で生まれた、ふざけ半分で考えた必殺技。

 実現なんか出来る見込みもなかった。

 途中から鍛錬を止めたことで思い出となってしまった物。

 異能が目覚めた今ならできる。やってみせる。




 三年もの間、デバイスの奥深くに眠り続けていた魔導式を引っ張り出して起動する。



 技量も、魔力も、構成すら何一つ実現には及ばず、

 歩みを止めてしまったあの時から何一つ変わっていない未熟なもの夢の証


 未完成故に、必要な処理も送り込む魔力も膨大となる。

 デバイスに与える負担も半端なものじゃない。

 しかし、実現できれば魔導士相手なら文字通り必殺となるだろう。

 正に、己の全てを託すにこれ以上ふさわしいものはない。


 起動と同時に身体の中で何かが削られた気がした。

 届く前に全てを削り取られて、力尽きる未来を幻視する。



 このままでは足りない。

 まだ届かない。

 未熟な自分では及ばない。




 足りなければ持ってくればいい。

 届かないなら引き寄せればいい。

 及ばないなら振り絞れ。



 青い天秤に亀裂が入った気がするが、構うこと無く必要なものを引きずり出す。

 相手の顔目掛け勢いで流されるままに身体ごと右腕を振り抜く。


 元々壊れかけだった相棒が、過剰な式と魔力により悲鳴を上げながらも、

 雑音が混じる駆動音で応えてくれた。



 文字通り全身全霊、最後の一撃。

 これ以上の物は俺にはない。

 削られていく身体はもう持たない。




 障壁に触れる。

 亀裂が入ったのがわかった。

 男が焦りが伝わってくる。


 どんなに足掻いても破れることのなかった障壁に亀裂が入ったのだから焦るだろう。

 魔力を込めなおしても亀裂が直ることはない。

 これは単に壊すためのモノじゃない。

 一段と焦燥感が強くなった気配がする。



 これは俺がかつて理論だけ編み出したもの。




 打撃と同時に魔力解析と分解を行う魔導式。

 式を通して魔力を扱う以上、プログラムと同じくどこかに脆弱性ぜいじゃくせいがあるのだ。


 普通は解析するより壊したほうが早い。

 神経の使う分解も同じだ。

 戦闘中なら尚更そんな時間を掛けることなど出来ないからだ。



 だが、もしそれが出来るのなら?



 俺みたいに消費魔力を落とすため、魔導式をいじったりしてない魔導士は規格化された同一魔導式を使っている。



 構造は同じなのだ。これ以上のカモはいない。

 処理速度を増加させ、相手の抵抗を減少させ、

 足りない魔力を補い、壁の密度を落とせるなら、

 統一規格の魔導式しか破れない未完成のこいつでも切り札となる。



 残っている魔力をかき集める。


 足りない分は命で補え。

 己という炎を燃やし尽くせ。



――――自分という存在をこの一撃に込めろ。



 接触した障壁に押し込んでいく、亀裂が大きくなったのが伝わってくる。

 裂帛の気合を込め、腕を押し続ける俺に男は悲鳴を上げるが止まることはしない。




 自分の想いはこんな壁なんかで阻めやしない。

 己の意地はこんな所で止まるほど弱いつもりはない。



――――俺は、何も成せずに終わりたくないっ!!



 そう叫ぶ魂に呼応するかのように唸りを上げて突き進む右腕。

 遂には過負荷に耐えきれず、共に歩んできた相棒が砕ける音がした。

 それでも魔導式の効果は遺してくれた。




――――今までありがとな、だから安心して逝け。後は任せろ。






「――――――――――っ!」





 男の悲鳴を気の留めることなく、命を火種に遺された式を燃やし続ける。

 消えること無く猛る意志を込めて吠える。

 声と共に失ってはいけない何かが身体から流れ出ていくのを感じるが、気に留めることなく押し込んでいく。





 どれだけ押し込んだかもわからなくなった時、

 何かが割れていく音と共に抵抗がなくなっていくのを感じた。


 遂には抵抗がなくなり、一瞬後柔らかい何かを打ち据えた。

 そして鈍い感触が伝わり、勢いのままに振り切る。



 勢いにまかせ全てを出し切った身体がゆっくりと倒れ行く中、何かが転がる音が届き、時を遅れて理解する。



 あんなにも厚かった壁を突き抜けたのだと。






 打ち破れたのだ。






 ありえない未来。

 己の全てを賭し、可能性に賭けて奇跡的に掴み取った未来。

 バカと理解しようと諦めること無く突き進んだ自分が成し遂げた奇跡。



 しかし、壁を超えた代償は大きく、ひしゃげて血まみれの身体は全てを使い切ったことで、本当の本当に限界がきたようだ。


 

 崩れ落ちるように前に倒れゆく中、静かに沈んでいく意識。



 ――なんだ、やればできるじゃないか。



 自分の身体のことなんか考えもせず、成し遂げた事に確かな満足感を覚えていた。




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