それでもバカは意地を張る




 恭平の背中を見送った辺りで周りが暗くなる。


 どうやら時間らしい。


 痛みもない意識だけの空間のはずなのに徐々に眠くなってきた。

 走馬灯すら見えなくなったのだ。

 もうじき自分という存在が終わりを迎えるのだろう。






――――――ははっ、まあ所詮俺なんてこんなもんだ。


 薄れゆく意識の中、そんな諦観にも似た思いがあった。




 まあ、あそこまで送り届けたんだ。

 後は俺を見捨てて走ればジェット機まで辿り着けるだろ。

 使いに来た人は仮にも特対室の一員だ。

 辿り着きさえすればどうにかしてくれるさ。



 ホント、俺にしてはよくやったよ。

 まさかあそこまで行けるなんて思いもしなかった。




 俺はここまで、いい女になれよ。





――――――――――――――――――――――――――――っ!





 結局、最期まで何一つ成せなかったな……。

 全てが中途半端。

 死ぬ気で駆け抜けて、限界を超えたつもりだったが届かなかった。


 にしても眠くなってきたな。

 そりゃ疲れるだろ、四時間は走り続けたんだ。




――――――――――――――――――――っ!




 でも、やっぱり悔しいなぁ……。

 それにしてもうるさい。

 寝かせてくれよ。もう眠いんだ。





――――――葵っ!








――聞こえた。






 全て投げ出して永遠の眠りに就こうとしている自分に――




――それは確かに届いてしまった。









 突如として空間が色を取り戻した。

 止まっていた走馬灯が再び流れ出す。


 切り替わった場面には、ここ数日で家族となった三人が映しだされていた。

 まだ始まったばかりの関係。

 そこまで付き合いが在るわけではない。

 むしろ負担が増すばかり、命の危機まで舞い込んでくる人生最大級の厄ネタ。




 しかし、あの事件以来。

 生きているのか死んでいるのかわからなかった俺。

 変わらない日常を生き、つまらない人生だと思いながらも、

 それが幸せなのだと頭では理解していた。

 何の痛みもない生活に、どこか痛みを感じていた。





 前に進む事を止めてしまった自分。


 そんな自分を見ることが耐えられずに目を背けた。

 その癖、変えられる力もない。

 変えたくても変えられない。

 どんなに頑張っても届かないことを知ってしまったから。


 だからそれを理由にした。

 動けなかった。いや、動かなかった。

 憧れた背中は、成りたかった自分は、そんなことで諦めるような姿じゃなかったのに。




 自分で勝手に決めつけた限界という枠から出ることを拒んだ。

 怖かったのだ。追いかけても届かないという現実を知ることを。


 これ以上、自分の行動によって誰かを巻き込むことが。

 もうこれ以上現実に打ちのめされ、無力感を味わいたくないと。

 自分に出来ることだけをする。


 自分の器を超えて動くやつはバカだと。


 嫌な癖にそんな賢いふりする。

 自分を押さえつけ、想いに蓋をした。

 そんなカッコつけてるようで、カッコわるい自分が心底嫌いだった。




 あの日、ポッドの中にいる三人を前にした時、そんな自分に気付いてしまった。


 拳を握り、踏み出した時。

 心の奥底にまだ諦めきれない自分がいることを知った。




 やめろと理性が言った。


 また届かずに悔しい思いをすることになると。

 守れるわけがない。ここで終わらせてやったほうが良い。

 手は汚れるが彼女達も生き残った未来に後悔することになると。

 力もない自分に何ができると。




 バカと罵った幼い自分が言った。


 きっと、一生後悔することになるよと。

 手を伸ばせば届く命を見捨てたことに、

 その拳に一生消えることのない血を見ることになると。

 そして消えない十字架を背負った未来に、胸を張れるのかと。



 どちらも一緒だ。

 どちらを選んでも後悔することになるだろう選択を迫られた。

 現実と理想のせめぎあい。


 


 自分の将来現実が頭に過る。

 何事も無く日本に帰り、自分の器に見合った人生を歩む姿。


 一般的に幸せといえる人生だろう。

 働いて、恋をして、年を重ねる。安定した未来。


 だが、時折振り返り、もう遅いと何かを悔いる姿が見えた。



  

 バカを貫く自分理想が胸に過る。

 死ぬかもしれない。

 常に苦難を強いられる人生だ。

 傷だらけの身体。もう歩きたくないと歪む顔。


 ボロボロに成りながらも、それでも歩みを止めない。

 お世辞にも褒められた未来ではないだろう。

 身の丈に合わない事に挑み続ける自分。

 倒れても構わないと進み、足掻き続ける。何れその身を滅ぼす破滅への道。



 だが、そこに悔いる姿はなかった。胸を張って進んでいた。

 そして歪んだ顔には確かに、笑みが浮かんでいた。





 縁の声を届いた時。




 成りたかった自分理想が現実を引き裂いた。




 憧れた背中と成りたかった自分理想が重なって見えた気がした。




 そして俺の時間は、再び動き出した。








「――葵っ!」




 今度こそはっきりと声が聞こえてきた。

 どうやら俺はまだ生きているようだ。

 痛みを感じなくなったはずの身体に激痛が駆け巡る。


 この感覚には覚えがある。魔力を流し込まれた時だ。

 感じからして縁が魔力を流し込んでいる。


 自分の側にいた。

 逃げてなどいなかった。


 救命措置なのか、まだうまく操れない魔力を押さえつけながら丁寧に流し込んくる。


 先程の脱出劇の時とは違う。

 受け取る側に配慮した制御。

 じゃなかったら受け取る準備もなく、拒絶する力もない俺が、

 縁の魔力を流し込まれて生きてる訳がないのだから。



――――何してんだよ。さっさと逃げろよ。

――――せっかく俺が頑張ったのに意味なくなっちまうじゃねーか。




 声を出そうにも掠れた呼吸音しかでなかった。

 燈火の声が聞こえる。雫の声もだ。

 必死に自分の名前を呼んでいる。

 誰ひとりとして俺を見捨てなどいなかった。





――俺一人の命で助かるんだぞ。構うなよ、生きたいから俺に縋り付いたんだろ。



――戸籍もある。なんだったら遠野の家だってあるんだ。

――後の事はおせっかいな後見人にでも頼れよ。



――お前らを助けたのだって自己満足なんだから、

――誰もお前らを責めたりなんかしないから安心しろよ。






――――――――――だから、頼むから、逃げてくれっ!




 そんな想いは届くことはなく、三人が離れることはなかった。

 変わらず魔力を流し込んでくる。



 俺を魔力があれば動くサイボーグかなんかと勘違いしているかもしれない。

 だが、三人が離れない現状はよろしくない。

 このまま行けば全滅だ。俺の決死の苦労が水の泡になる。

 こんなことをしている今にも襲ってきた魔導士ないし、能力者が来るかもしれない。



 最期まで俺を困らせるんじゃねーよ。





 聞こえてくる声に涙が混じっている気がする。

 違う、泣いている。


 それは初めて聞いた、三人の涙声だった。

 たった数日の関係しかない男に、家族と言っても急増のハリボテと変わらない俺の為に泣いている。

 今更気づいた事実に状況を忘れた。


 いくら感情の制御がきかないといっても、見た目とは裏腹に

 中身は俺と大差ない三人が泣いてる姿なんて想像もつかなかった。



 だが、聞こえてくる声に、僅かに残った感覚が伝えてくれる。

 頬に感じる、生暖かい感触がそれを否定する。




 何泣いてんだよ、言っただろ。

 子供は笑ってろって。笑える未来はすぐそこだ。


――ああ、そうだな、まだ最後まで送り届けてないもんな。

――ちょうど悔しいと思ったところなんだ。待ってろ、もうちょっとだけ頑張るから。




 三人が泣いてる事実に自分の状況すら考えずにそう想った。

 ここまで来たんだ、最後までやり通さなければいけない。

 何よりこんな俺の為に泣いてくれてんだ。

 ここで踏ん張れないなら男じゃない。





 今一度起き上がろうとするが、今までの無茶のツケが遂に来た。

 身体が言うことを一切聞いてくれない。




――――あ、ダメだ。ピクリとも動かねーわ。




 動かない手足にやはりどんなに足掻いても、

 自分は自分なんだと感じた事で、先に身体が諦めたのか、

 心とは裏腹に意識が闇の中へと落ちていく。













 沈んでいく意識の中、懐かしいやりとりが聞こえてくる。



「ぼく、いつかきょうへいみたいになるんだっ!」



「そうか、なら沢山頑張らないとな。大変だぞ、葵」



「すごいがんばるから、だいじょうぶだよ」



「おお、じゃあ諦めずに頑張れよ」




 目の前に憧れた背中が見えた。



 一歩踏み出すと近づいた。あれだけ遠いと感じた大きな背中が映る。



 その背中が振り返り、いつものように不敵に笑いながら口を開いた。






――――――――――で、諦めるのか?






――――自分の中に青い天秤を見た。










 身体に意志が戻る。




 再び戻った意識が身体中の悲鳴を訴えていた。


 だから何だ! それがどうした! 知った事か!

 まだ、こんな所で終われるか! 終わって堪るか!



――――諦められる訳がねぇだろうがぁッ!




「――――――――――っ!!!!」



 うつ伏せに倒れていた身体を無理やり起こす。

 まだ見える片目から血まみれの腕が曲がっているのが見える。

 抉られている。

 身体中、傷のないところを探すほうが難しいだろう。

 だが、そんなことは関係ない。


 身体に鞭を打ち起き上がる。

 腕の痛みが、身体中の筋肉から響く痛みに、言葉にならない声が出るが起き上がることができた。


 霞む視界に三人を捉えた。

 怪我もなく、此方の側で泣きそうな、

 いや、泣きながら自分を心配してくれている。



――――なに泣いてんだ。せっかくの可愛い顔が台無しじゃないか。



 魔力を身体に通して無理やり操作する。

 これ以上無いであろう痛みが襲う。

 今一度意識が飛びそうになるが、三人の声が繋ぎ止めてくれた。

 絶え間なく襲う激痛に耐えて立ち上がる。



 そしてゆっくりと迫る相手に視線を向けた。



 それは傭兵の様な格好をしている。金髪の男。

 年は三十代半ばと見受けられる。

 そこまでがっしりした体格ではなく、どこにでもいる。そんな男だった。


 だが顔はどこかで見たことがあった。

 しかし思考は痛みにより正常に働いていない。

 ほとんど意地だけで立っているのだから当然だ。

 見覚えがあるということはどうせ厄介な部類だろう。




――――とりあえず邪魔するならぶっ飛ばす。




 此方の戦意感じ取ったのか、何かを話しかけてきたが全く聞き取れない。

 悪いな。今耳が遠くなってるんだよ。

 聞こえてもどうせ碌な事じゃないのはわかるからどうでもいい。

 おそらくこいつが推定AAランクの魔導士だろう。男以外に人影はない。




「――ぃ、――――けぇっ――――っ!!」



 なんとか絞り出した声は、意味を為したかすらわからない掠れた音だった。


 音に混じって、口から泡立った血が零れた。

 身体が揺れ、何度も倒れそうになるが堪える。


 正直、何故立ち上がれたのかわからない状態だ。

 今だって身体は震え、崩れ落ちそうだ。

 まぶたなまりのように重い。

 音だってまともに聞き取れているか定かではない。思考だって怪しい。



 本能的に理解している。長くは持たないと。

 正直言うと、隣で守ってやれるだけの余力がない。

 今の俺にとって三人は邪魔なのだ。




 激しい拒絶を示す三人を無視して視線を合わせる。




――――俺の邪魔をしないでくれ。果たさせてくれ。


――――自分の夢を、憧れを、信念を、この想いを!


――――だから行ってくれ。俺にお前らを、守らせてくれ!




 見つめてくる三つの視線が揺れたのがわかった。

 恭平との話し合いでも入ってくることはしなかった三人だ。

 理解はしたのだろう。


 一瞬か、それとも何秒経ったのかもわからない。

 葛藤を終えた三人が決意を秘めた目で振り返ること無く走り出した。



――――やっぱ、いい女になるよ、お前ら。


――――ありがとう。





 想いを汲んでくれた三人に、そんなことを思いながら正面の男に視線を戻す。



 まるで酷い茶番を見たかのような顔で溜息を吐かれた。

 此方は大真面目にやっているのというのに酷い反応だな。

 痛みで引きずる足を前に出して構える。




 それを確認した男が一つの魔力弾を放ってくる。

 手を抜いるわけではないだろう。

 こんな死に損ないに大量の魔力弾はいらない。

 たとえ一つでも避けるための力はない、避けれたとしても後が続かない。

 正常な判断だ。




 だが、こっちは避けるつもりなんて最初ハナっからない。

 避けたら後が続かないことなんて、自分が一番良くわかっている。

 それに動ける時間がもう長くないのは理解している。

 避けている時間なんてない。

 故に迎撃の一手、このまま最短距離で突っ込んでぶっ飛ばす。




 迎撃を選択したはいいが、魔力はさっき縁から貰ったものしか無い。

 ぶっ飛ばすにしてもこの男相手にそれは無謀だ。

 この攻撃を乗り切ることすら危ういかもしれない。





 足りないなら、増やせばいい。




「――っ!、お”ぁ”ぁ”ぁ”あ”あ”っ――――っ!!!」





――【蒼白の天秤】――起動っ!”




 天秤が傾く。






 声にならない叫びと共に魔力を身体から溢れ出る。

 反動により踏み出した足が崩れそうになるが歯を食いしばって留まる。



 迫る光を見る。魔力弾は一つだが、今まで見てきたどれよりも大きい。

 当たったら上半身がなくなるのは想像に難くない。

 今度こそ、仕留めるつもりのようだ。



 まだ足りない。だが、これ以上増やせない事を感覚で理解する。





――――なら相手の魔力を減らせばいい。





 今度は天秤が逆に傾き、そして釣り合った。



 反動がほぼ無くなった為、身体の自由が戻る。

 急激に萎んでいった魔力弾に目掛け踏み込んでいく。


 まだ腰に残っていてくれた――短い軍刀バカの証――を抜き放ち、切る。


 魔力で強化されたに軍刀は何の抵抗もなく迫る魔力弾を二つに切り裂いた。

 形を保てなくなった魔力が、後ろに通り抜けて霧散する。





 異能が機能している。

 なんとなくだが、今なら使いこなせる気がした。

 未だ理解できないし、小難しいことはどうでもいい。



 もう諦めない。

 諦めるぐらいなら死んだほうがマシだ。

 かつて夢見た背中に、成りたかった自分になるんだ!



 全てを守れるつもりなんてない、だけどあいつらだけは守り抜かせてもらう。

 そして憧れたバカの隣で胸張って話すんだよ。



――――だから邪魔すんな。



 一連の現象に相手の男が息を飲む。

 何が起こったかわからない。どうにか出来るはずがないと顔に出ている。

 どうせすぐ終わるから俺たちのやり取りを見逃したんだろ。





 取るに足らない雑魚だと思ったか?



 雑魚なのは間違いはない。


 だが、侮るなよ?


 何故なら、お前の目の前にいる傷だらけの男バカは――








――本気で英雄大バ憧れたバカカ者――なのだから。







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