折れたバカの高二病時代



 様々な光景が目の前を通り過ぎて行く。

 全て自分の過去の記憶のようだ。



――――初めての仕事で恭平に庇われ、震えている自分。




――――ある程度慣れた頃に褒められて有頂天になっている自分。





――――伸び悩み、がむしゃらに鍛錬を積み上げている自分。





――――才能の壁にぶち当たり、現実を理解して荒んでいる自分。





 光陰矢のごとし、正にそんな言葉がふさわしい。

 今まで経験してきた出来事が、走馬灯のように景色が切り替わっていく。




――――――――ああ、これが走馬灯か……。




 自分の最期の見た景色を思い出して現状を理解した。



 そんなことを考えながらも場面が切り替わって行くのは変わらない。


 そして、楽しそうに将来の夢を話す三人の少年が目の前に映った事で切り替わりが終わる。







――――ああ、これか……。



――――よりにもよってこないだの続きか……。






――――死ぬ間際に見る夢として最悪だが、俺にはお似合いか……。




 高校に入ったばかりの俺が映る。

 俺の心が折れた事件の記憶が映り始めた。







 中等部を出た俺は、そのまま僅かな試験を受け、順当に高等部に上がった。

 元々エスカレーター式の学校だったんだ。

 余程点数が悪くない限り落ちることはない。




 風華第一高等学校。



 十二家、風華が理事を務める歴史のある学校。

 大学部まであり、ここに入れればまず間違いなく大卒の資格まで取れる。

 そして異能のカリキュラムがある数少ない学校。むしろ此方のほうが有名だ。




 歴史あるとは言っても、中身はその時代の人間が通っているので、

 規則で古臭い物は幾つかあるが通っている生徒の中身まで古いわけではない。

 好きなものに憧れ、青春を謳歌し、遊び、時に涙する。

 赤点に青い顔する者も居る。

 そんなありふれた学校の一つだった。





 高等部にあがった俺はそこで二人の友と出会う。

 友とは言っても最初から仲良かったわけではない。

 むしろ、対策庁の非常勤として働いていた為、友好関係が殆どなかったと言っても良い。


 そんな俺に話しかけてきたのが二人の名前が――


――渡辺 辰巳。


――相馬 勇気。



 二人は同じクラスだった。


 俺が既に対策庁の非常勤として勤務しているのを知った二人はすぐに話しかけてきた。

 その時俺は非常勤として働く中、既に才能の壁にぶち当たり、余裕のない状態だった。


 正直に言うと話しかけてくる二人が鬱陶しいことこの上なかったのだ。

 故に冷たく当たり、突き放した。

 だが、二人はめげること無く俺に話しかけ続けた。

 勝手に二人が話し続けた内容は自分たちもいつしか家族や、誰かを守れる様な人間になりたい。



 そのために対策庁に入りたいと。そして先に非常勤とは言え、先達として誰かを守っている俺に話を聞きたいと、よければ稽古を付けてくれないかと。



 当時の俺はランクで言えばD、日本で言う所の準二級にいた。

 基本的に三級であるEがあれば対策庁に入れることが出来ると言えば、学生の身から考えれば別世界の人に見えたのだろう。



 それが小手先の技術に頼ったハリボテの物であったとしても。







 何時しか、しつこい二人に根負けし、渋々稽古を付けてやることになった。

 才能の壁なんて無いと信じて愚直に取り組んできた自分が既に折れそうになっているんだ。

 そのうち飽きていなくなるだろう。


 そう思っていた。


 だが、結果は違った。


 当時、天野式にどっぷり浸かっていた俺は、

 かなり無茶なシゴキを二人に施した。

 だが、諦めなかった。

 最初はてんでダメだったが、1ヶ月2ヶ月と立つ毎に僅かながらでも成長が見えたのだ。



 正直1週間も続かないと思っていた二人が、

 耐えられないと思っていた鍛錬に耐え、結果を示したのだ。

 才能の壁に当たり、勝手に塞ぎ込んでいた自分に衝撃を与えるには十分だった。


 勝手に決め付けていたのだ。

 二人は続かないと、結果は出ないと。

 これでは自分自身を否定しているのと同じだと気付いた。

 気づかぬ内に認めていたのだ。

 無情な現実を、自分の夢は叶わないと。





 二人の行動に目が覚めた俺は、本格的に彼らと一緒に鍛錬に励んだ。




 そこからは親友となるまでに時間はかからなかった。




 共に修練に励み、模擬戦をし、憧れた自分を語り合った。

 時には必殺技の研究なんかもやっていた。

 力が足りず、技量も追いつかないが、いつか完成させようと奮起した。



 時には目の前で実演された、ごく少量の魔力で行われた恭平の鎮圧術を話した事で三人の話は更に大いに盛り上がった。



 現実は厳しいが、歩き続ければいつか辿り着く。



 目指した自分になるために歩き続けようと三人で約束をした。

 そして対策庁の職員としていつか三人で並んで戦おうと。



 若気の至りか、互いのデバイスの隅にCordと彫った。

 絆と言う意味で、俺達はどこにいても繋がっていると、危機には駆けつけると。






 そして鍛錬の甲斐があってか、俺は今のランクであるCランクに、

 二人は学生にしては珍しいランク持ちとなる。

 最低のEだが、これで卒業後に実働員として対策庁に入る資格が手に入ったと喜びあった。

 俺にしてもこの歳からすれば十分エリートとして見られるレベルになっていた。




 そう、このまま行けば何れ夢は叶うと思っていた。

 辛いが歩き続ければ非情な現実にも打ち勝てると。

 憧れた背中に友と一緒に追いつけると。






――――場面が切り替わる。







 進級を控えた十六の冬に事件は起きた。






 大連邦、下部組織。


 能力研究機構と思われる集団が各異能機関を襲撃。

 もちろん防衛力の弱い学校も標的にされた。


 目的は不明。

 異能者のデータや細胞の奪取か、はたまた別の狙いがあったかはわからない。




 だが、突然校舎襲った爆炎と大岩を見たのは覚えている。

 直後に劈くような悲鳴。下層から響く破壊音と銃撃音。

 中には異能を扱う者や魔導士の卵達もいたが、当然実践など経験したことなど無く、一般の生徒と同じように逃げ惑っていた。



 教諭たちも同じくテロに対しての対策なんてしている筈もなく、当然使い物にならない。

 俺はある程度現場に出ていたので落ち着くのが早かった。

 すぐに状況を確認し、通信を入れるが、妨害が入っているのか繋がらなかった。

 辰巳と勇気を見ると震えていた。

 だが、動き出した俺の姿を目にすると震えながら、立ち上がったのだ。


 今こそ自分たちが立つ時なのだと思ったのだろう。



 もし、この時の俺をぶん殴れるならぶん殴りたい。

 だが、俺も根拠のない自信に、努力に対する姿勢以外大した覚悟も持たない文字通り、ただの青二才だった。



 故に現実を見誤った。




 すぐさま行動を開始する。

 ハンドサインはランク祝いとしてある程度教えていたこともあり、

 俺が先行して斥候。

 中衛として身体硬化の異能を持つ辰巳を、

 後衛に風を操り、強度としてはそこまで高く無いが援護射撃のできる勇気を。


 いくらバカでも自分たちが校舎を奪還できるなんて思ってはいない。

 故に目標は通信妨害の解除、及び救助の要請。



 構造上、通信を妨害する装置は中央に置かなければ意味がない。

 ここの校舎はコの字型だ。つまり中庭、最も目につく場所。

 バカ正直行けば前後左右から集中砲火が襲いかかり蜂の巣だ。


 故に一側面を崩す。

 護衛しているであろうテロリスト達を闇討ちして無力化するゲリラ戦法取ることにした。



 最初は上手く行った。

 完全武装、熱を加えることで魔力の働きを阻害する鉱石を使用した弾丸。

 対魔力貫通弾まで持ち出され、冷や汗を欠いたがなんとかなった。

 抵抗なんてあるはずないと高を括っていたのもあるだろう。




 だが、五人録人と無力化していく内に警戒が厳しくなっていった。

 そして十人を超えた辺りで状況が一変した。



 よく考えればわかることだ。

 通信が取れなくなれば何かあったと思うのは普通だ。

 誰かが邪魔をしていると。


 そしてその者が現在占拠している学校の生徒の救出。

 又は援護を目的としていることは容易に想像がつく。




 簡単に説明すれば、中庭で人質の公開処刑が始まったのだ。

 ごく短い投降を求める勧告と共に響く銃撃音。

 途中で途切れる断末魔。覗いてみて後悔した。



 糸が切れた人形の様に倒れ、時折痙攣し徐々に動かなくなる女生徒。

 魔力弾が地面をえぐる音。異能が人を燃やす燃焼音。

 その度に悲鳴が、助けを求める声が、懇命こんめいが響き、そして途切れていく。



 自分たちの所為で命が消されていく。



 この光景に二人は耐えられなかった。

 自分たちが起こした行動によって消えた命が居ることに。

 助けを求めても助けることが出来ずに途絶えていく声が在ることに。



 自分たちは時間を掛けすぎた。

 中途半端な力をかざすのなら、そもそも動かず自衛に徹しておけば良かったのだ。

 気づくのも遅すぎたのだ。



 その時が来た。




 勇気には姉がいた。2歳上の姉が。

 最悪な事に人質集団の中にいたのだ。

 そして次の標的に選ばれたのが勇気の姉だった。




 勧告を無視できなくなった勇気が俺たちの輪の中から出る。

 それを止めようとした辰巳も一緒に出てしまった。


 俺は先行していたため反応が遅れてしまい間に合わなかった。




 それが、二人との関係の終わり。

 今生の別れとなった。





 降り注ぐ銃弾。

 魔力貫通弾をEランク如きが耐えられるわけがない。

 まだ二人はまともに戦闘用の魔導を扱えない。

 普通のライフルですら防げないのだ。


 だが、前に出た辰巳がその身を賭して勇気を庇った。

 能力で身体を最大まで硬化させ、凶弾を一つたりとも通さずに勇気を守り抜いたのだ。



 引き換えに辰巳は命を落とした。

 身体中に穴を空け、自らが生み出した血溜まりの中に、

 静かに崩れ落ちる辰巳の姿が目に焼き付いた。



 そして姉に手を伸ばす勇気に何か思いついたのか話しかけるテロリスト。

 しばしの逡巡の後、俺のいる方向へと手を向けた。


 俺の後ろの壁に切り傷が走った事で状況を理解する。

 要は姉を人質を取られた事で此方の居場所を教えたのだ。

 おそらく風の刃を飛ばしたのだろう。




   

 俺達のCordはこうして崩れたのだ。





 仕方ないことだと思った。

 だが、同時に悲しかった。

 崩れ落ちる辰巳の姿が瞼の裏に焼き付いて、思考がまとまらなかった。




 位置がバレた俺は即座に移動。

 三人の中で唯一俺だけが持っていた迷彩魔導を使い必死に隠れた。

 すれ違うテロリスト達をやり過ごし、移動しながら所々魔導の発動を止め、魔力検知から逃れる。




 その時の俺の思考はどうにかしなければという考えはあったが具体的な案が出てくることはなく、生き延びるだけで精一杯だった。



 そうしてある程度時間がたった頃、一発の銃声と女性の叫び声が聞こえた。

 続けざまにもう一発の銃声が響く。



 隠れて様子を伺うと、かつて親友と呼び親しんでいた者が、

 身体に無数の穴を開け、内臓を撒き散らし血溜まりに沈んでいた。

 血溜まりが広がる横にはその姉が寄り添い倒れていた。



 その後、爆発音と共に人質に選ばれていた全ての人が燃やされる。

 この行動を見るに、最初から人質を全て殺すつもりだったのかもしれない。

 だが、そんなこと何の慰めにもならなかった。




 悲鳴と断末魔。

 銃撃音に魔導の着弾音。

 異能の破壊音が、まるで出来の悪い鎮魂曲の様に聞こえたのは、憧れた背中が遠くに消えていくのを感じ、何一つ果たせなかった自分が壊れたからだろうか。



 何かを成せるのはその運命を背負った者か、

 一部の常識や運命すら打ち破っていける選ばれた者達だけなのだ。




 自分では決して届かない。

 想いだけでは成せない。

 俺は選ばれてなんかいなかったのだ。




 生き残った自分なんかより、よっぽど辰巳の方が成せている。

 最期に親友を守り抜いて死んだのだから。







 気付いた時には特対室に救助され、護送車の中だった。

 後で駆けつけた恭平の顔は今でも忘れられない。

 何かを悔い、噛みしめるような顔は。



 それでも俺を見つめ、昔みたいに乱暴に頭を撫で、


――――よく生きて帰った、と


 価値の無い俺の生存を喜んでくれた。



 言いたいことは沢山あった。

 俺のせいで沢山の人が死んだ。

 親友が死んだ。

 何一つ想いを成せなかった。


 なんで頑張ったのに届かないのか、

 もしかしたらあの時動ければ助けられた人がいたかもしれない。


 憧れた男の前を前にして後悔が溢れ出し、言葉にならなかった。

 代わりに止め処なく涙が零れる。




「――っ……俺っ!恭平……みた……いに成れなかったよ……。」




 辛うじて振り絞った、哀哭に似た、そんな掠れた声だけが口から漏れる。



 俺の言葉を聞いた恭平が去り際に残した――任せろ――という応えが、

 現実を見据え、それでも諦めずに前に進む、かつて夢見て、憧れた姿に、

 眩しさと同時にもう届くことのない背中に悲しさを覚えた。





 風華の悲劇



 生存者、四十三名。


 死傷者、三百二十八名。


 行方不明者、三十九名。




 異能関連施設同時テロ事件最大の被害を産んだ悲劇。

 関係者の約八割以上が死傷、または行方不明となる痛ましい事件。


 行方不明者には遺体の損壊が激しいため身元の確認が取れない者。

 身体の大半が見つからない者も含む。



 風華第一高等学等はこの事件により、閉鎖。

 生存者の精神状態は酷く、社会復帰の目処が立っていないものは未だ半数を締める。





 教育機関を襲ったテロとしては戦後最大の被害となった。








――――――――――――――こうして俺の心は折れた。



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