自ら汚れていく青の視点
キーボードを叩き、お目当ての作品を探していく。
何度も作品レビューやあらすじを確認するが、なかなか私の風琴に触れる物がなかった。
読んでみたい作品はいくつか見つかったが、現状を考え、今は買うべきではないと諦めて静かにブラウザバックする。
現在の状況。つまり懐事情を
それに時間的余裕もないのだ。なら厳選を重ねることに間違いはないだろう。
「ふぅ…………シュークリーム食べたい……」
少し疲れたので一旦調べることを辞め、椅子に身体を預けた。
その際、静かなつぶやきが漏れる。
調べられる時間も限られているが、欲求には逆らえず、椅子から立ち上がり冷蔵庫へと向かう。
前に食べきってしまったので、無いのは知っている。しかしデザートはまだ沢山残っている。
扉を開け、デザートを見繕う。
エクレア、うん。
ショートケーキ、うん。これも食べよう。
モンブラン。これも。
三つ目を手に取った所で頭に重みを感じ、下を向いてしまう。
「流石に食べすぎだろ。一個にしなさい。ご飯が食べられなくなるぞ」
先程まで寝ていた葵が後ろにいた。
私達を助けてくれた人。
厄介事しか
食べ物の味を、布団の暖かさを、会話する楽しさを。
本来なら、噛みしめることのできなかった幸せを教えてくれた人。
普通に生活していれば、当たり前のことなのかもしれない。
だけど、自分達にとっては何よりの幸せなのだ。
抱きついた時に感じる温もりが好き。
乱暴だけど、此方を気遣うように頭を撫でられるのも好きだ。
非常識な事をすれば叱られるが、それも私達のためだとわかる。
悪ぶっているようで、隠せていない優しさが大好きだ。
「大丈夫。女の子は別腹があるらしい…………」
「黙らっしゃい。物理的な胃は一つしか無いだろ」
「うぅー…………」
モンブラン以外、全て取り上げられてしまう。
満足いかない結果に不満の目を向けようとして気付く。
苦笑を浮かべている葵の目には濃い隈が出来ていた。
ここ最近、葵があまり寝ていないのは、なんとなくだが察していた。
――子供が気にすることじゃない。
私達が心配しても、そう言って困ったような笑顔を浮かべて頭を撫で、誤魔化された。
恭平と別れてからの葵はどこか張り詰めているのがわかる。
そして、必要以上に背負いすぎていると思う。
まだ経験の少ない私達でも察してしまえるぐらいに。
縁を含め、燈火もまだ共に闘うことができない自分たちでも出来ることを考えた。
縁は葵の動きを手助けするように。
燈火は少しでも休んでもらえるように。
調べ物であれば縁が率先して動き、燈火は料理を覚えようとした。
放っておけば何から何まで全部やろうとする彼の負担を減らすために行動している。
彼の先回りをし、必要な情報は予め纏めて負担を減らしている縁。
部屋の備え付けのキッチンで、余った料理を使い簡単な料理を作り出している燈火。
それはほんの小さな事かもしれない。だけど、確かに葵の支えになっていた。
そして、私だけが何もしていない。
やる気が無いわけではない。
思い浮かんだことを、二人が先にやりだしたというのもある。
だから、私は違う意味で支えになろうと思う。
「じゃ、ラノベ……」
「日本に帰ってからだ」
「帰ったらナニするの?」
「おい、なんかニュアンスがおかしくないか?」
自分の正直な欲望も込めてみるが、ダメだった。
そして少し気遣うような、しかし乱暴に撫でられた頭が揺れる。
定まらない視界に映る顔は、変わらず苦笑が浮かんでいたが、先程よりは明るいと感じた。
人間、目的を達成する事を想うのは心地がいい。
望んでいるのだから当然と言えば当然だ。
それを目指して動いたのだから。
「私は……。一緒に美味しいご飯が食べたい。皆で…………」
「…………そうだな。色々やることがあるだろうが、まずは皆で飯食うか」
「うん…………」
――だから、あんまり無茶はしないで。
口に出すことはしなかった。
それをすれば、隠そうと無茶をするのは分かりきっているから。
男の子が面倒だという記憶は、どうやら間違いじゃなかったらしい。
心に負担を掛けることを私はしない。
ふざける事はこの状況下、好ましくは無いのだろう。
しかし怒っている時だけは、纏っている張り詰めた物が消えているのだ。
私は汚れ役でも構わない。
必要なら、喜んで道化となろう。
張りつめた時、一時でもいい。私達が望む日常へと帰って来て欲しいから。
その中には、間違いなく葵が入っていることを忘れないで欲しい。
――――だから、せめて、命を捨てるようなことはしないで。
その時は、私も一緒に闘う。
もし、ダメなら寂しくないように一緒に逝ってあげる。
それが、いい女の条件って記憶の中の誰かが言ってた。
目の前を数え切れない光が走る。
正面の障壁を削る度に、火花のような光に目を焼かれる。
耳もそこらじゅうから聞こえる破砕音により、役に立たない。
何も状況を把握することが出来ない中、痛いくらいに自分を抱きかかえた腕の暖かさだけは感じることができた。
どれほどの時間が経ったのか判らなくなった頃。
光と音が漸く収まった。
光にやられた目を慣らすため、何度か瞬きをしている時、身体に伝わる液体の多さに気づいた。
感覚を頼りに、流れてきている場所へと視線を向けて確認した。
そして、叫んでしまう。
「――――っ!葵っ!」
そこには。
身体の至る所に穴を空け、四肢のあちこちを削がれ、それでも走り続ける葵の姿があった。
伝ってきた液体は大量の血液。
あの豪雨を潜り抜けた際に受けた被害は想像を絶するモノだった。
自分達を守り抜くために、自身への被害を無視したのだろう。
証拠に自分達を抱えている付近の被害は少なかった。
何故、まだ走れるのか理解できない。
何故、まだ走ろうと想えるのかがわからない。
守られている身でありながら、目に映る光景に思考を止めていると、背負われている縁が動いた。
魔力で傷を覆い、出血を抑え始めた。
少しばかり遅れ、自分や燈火もそれに続き、なんとか出血を抑えることに成功する。
それに気づいたのか、もはや声になっていない音を発した。
――――ありがとう。
掠れて何を言っているのかわからなかったが、感謝の念が伝わってきた。
――――そうじゃないっ!
――――なんでそんなになってまで。
――――もういいから。
――――お願いだからっ!
目の前の光景に、抑えきれない感情が声となって溢れ出る。
しかし、もう私たちの声は届いていないのか、彼から返ってきたモノは、向けられた此方が泣きそうになるような痛々しい笑顔だけだった。
遠くから怒号が響く。
追手が来てしまったようだ。
時折響く発砲音が、ホテルを襲った武装集団だと伝えてくる。
どうやらこの国の政府機関が動き出したみたいだ。
まだ見つかっては居ないようで安心する。
しかし、あちこちから怒号と発砲音が耳に届いたことで、相手が虱潰しに捜索している事を理解する。
遠からず発見される可能性が高い。
そうなれば瀕死の葵に為す術はない。
異能を使うことを覚悟する。
禁止されて居る上に、決して葵は喜ぶことはしないだろう。
多分本気で怒ると思う。
だけど、こんな所で彼に死んでほしくはなかった。
どの道見つかれば自分達も終わりなのだ。
ならば自分が犠牲になればいい。
それで三人が救われるのであれば、後遺症ぐらい喜んで受け入れよう。
そしたら、怒りながらもあの優しい手で撫でてくれるだろうか。
あの温かい日常に戻れるのだろうか。
進む方向から発砲音が聞こえてくる。
望む未来を想い描きながら覚悟を決めた。
曲がり角から赤い光を放つ車両に追われた男たちが飛び出してきた。
だが、此方に目を向けること無く通り過ぎていった。
一瞬、呆然とするが燈火から魔力を感じたことで、状況を理解する。
――――迷彩魔導。
対象に景色を貼り付けることで存在を隠蔽する対策庁の機密魔導。
動けば迷彩にノイズが走り、意味を成さないはずだが、短時間なら有効のようだ。
そういえば自分達を助けたときも、デバイスを犠牲にしたが、これに助けられたという話を思い出した。
どうにかなるかもしれない。
上手く操れない魔力を懸命に操れば、短時間なら魔導を使える。
三人で交互に迷彩を貼り付け、追手をやり過ごした。
しかし、短時間とはいえデバイスには相当の負担が掛かったようだ。
身につけたデバイスから感じる熱がそれを教えてくれる。
いつの間にか空が明るくなった所で、広く平坦な敷地が見えた。
どうやら空港に着いたらしい。
ふらつく葵に抱えられているため、激しく揺れる視界に日の丸が描かれたジェット機を確認する。
フェンスを蹴破りジェット機まで走る中、突如として浮遊感を味わう。
普段より、遥かに高い視界。
回る景色の中、同じく宙を舞う縁と燈火の姿を見た。
そして、葵が無数の光に飲み込まれていく姿があった。
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