気合で耐えるノーロープバンジー
ランクとは基本的に世界基準の総合ランクの事を指す。
ランクは例外を除き七段階、例外込みで八段階ある。
異能連盟、魔導局が独自に定める異能ランクと魔導士ランクがあるが、同じく八段階からなる。
例外の
俺の場合、魔導ランクがB。
異能ランクは副作用が強すぎて全く使い物にならない為、若干の身体強化と偽って登録している。
故にEランク。
総合がC、つまり俺のランクは一般で言う所のCランクとなる。
日本で言うと所の二級。
基本ややこしいから英語表記で記載したりしている。
日本表記なんか出てきても、会話の中や堅苦しい報告書ぐらいなものだ。
魔導ランクや異能のランクも、多少参考にはされるが、あくまでそれを扱うことがどれだけ上手いかという評価であり、異能発祥の地といってもいい日本ですら、戦闘力全般を評価した基準となる総合ランクを重視していると言えば、如何に廃れているかがわかるだろう。
で、何が言いたいかと言うと―――――――――
――――今俺達に襲い掛かっている魔力弾の雨は、
この規模。この制御力。
間違いなくAランク以上。目算でAAランクは硬い。
飛びだした俺は即座に上方に円錐形の障壁を展開。
襲いかかる魔力弾を受け止めるのではなく、逸して流していく。
それでも地力が違いすぎるためか、光が散るたびに障壁が削られている。
破られるのも時間の問題だ。
これが凡才の限界。普通はAAランクにCランクが挑むなんて正気を疑う行為だ。
何故なら向こうの何気ない牽制が、此方には必殺の一撃となるのだから。
俺の保有魔力なんて小手先の技術でカバーしなければ、Dランクが精々と言った戦闘力しか発揮できない。
貧弱な魔力。制御や戦術が如何に上手かろうと、資本となる力がなければ意味を成さない。
残酷な現実。圧倒的に足りない魔力。だが、
「頼むっ――!」
「――はいっ!」
足りないのなら有る所から持ってくればいい。
縁を通して魔力が流れ込んで来る。
同時に身体を巡る魔力の量に驚く。これが――
時という概念に触れる為の力。
膨大な魔力を身体に流し込まれた事で、身体が悲鳴を上げる。
本来保有できる許容量を軽く超えているのだから当たり前だ。
だが、まだ異能を使った反動の方がきつい、なら耐えられる。
即座に流し込まれた魔力を使って障壁を修復。
頭上から魔力弾が衝突する激しい音が耳に届くが、先程と違い障壁が削られる事はなくなった。
これで魔力弾の雨は凌げる。
そして、七階飛び出したのだから、下に落ちるのは当然だ。
故に着地の為に下を確認しようと視線を動かすと、自分の身体に映る小さな赤い点が見えた。
高速で落下しているにも関わらず、赤い光点が胸の中心からずれることはなかった。
「――少女三人にそこまでするかっ!!」
どでかい発砲音と俺が着地の為に残していた魔力で障壁を張るのは同時だった。
凄まじい音と共に障壁が削られていくが左に逸らすことに成功する。
「血が……――――っ!」
「――――気にすんなっ!」
どうやら左に抱えている雫に血が触れてしまったようだ。
どうにか逸らせたが、完全に逸しきれていなかったようで雫を抱えている左腕から痛みを感じた。
が、無視する。
とりあえず雫に当たらなくてよかったと安堵する。
まあ俺も実際は当たっちゃいない。横を通過しただけでこれだ。
多分、左腕。痛みからして、二の腕辺りの肉でも抉れたのだろう。
――――直撃してたら三人まとめて肉片だな。
まさか対物ライフルまで持ち出してくるとは恐れ入る。
しかも狙撃手も相当良い腕だ。
魔導の補助を使っているとしても落下中の標的、それも急所を外す事無く狙い撃ってくるのだからホントに容赦がない。
それに一人とは限らない。
まだ他にスナイパーがいるかもしれない。というか居るだろう。状況的に。
「雫っ!」
「任せて……っ!」
続けて来るだろう狙撃に備えるために、今度は雫から魔力を貰う。
今は使いこなせない。だけど力はある。ならば今だけは俺が使わせてもらう。
生憎と雫の様に水は操れないが、魔力なら俺の方が歩んできた道が長い分、経験値はある。
何れ、三人は俺なんかより強くなる。
流れてくる魔力の量から如何に【原初】が強大な力かを理解する。
俺が感じているこれも、ほんの一部なのかもしれない。
それを使いこなせた三人なら、間違いなく世界でもトップクラスに入るだろう。
もしかしたら、戦いの道にはいかないかもしれない。
異能や魔導なんか投げ捨てて、普通に生きるかもしれない。
この容姿だ。アイドルなんかもいいかもしれない。
趣味にひた走るかもしれない。
いい旦那さんを捕まえて幸せになるかもしれない。
それでもいい。むしろ、それがいい。
だが、それは今ではない。
やりたいこともまだわからない。
それはそうだ。彼女たちは歩き始めたばかりなのだから。
望んだ道を選び、巣立つその時まで俺はこいつらを守る。
かつて自分がそうされたように。
大人が子供を守るのに理由なんていらないんだ。
だから――三人の未来を――テメーらの理不尽な都合で、奪うんじゃねぇよっ!
男は基本単純なんだ。命賭ける理由なんてそれで十分。
「――――左奥、正面。スナイパーっ!!」
「燃えてきたぁあぁぁ――――っ!!!!」
魔力を流し込まれた痛みを耐える内に、かつて憧れた背中に近づいたような気がしたのか、テンションがおかしなことになっていた。
――――構わない、それになんの不都合がある。
縁が魔力の受け渡しをしている間に索敵を済ませてくれていた。
教えられた位置から、確かに魔力を感じる。
俺が見たことにより向こうも隠す気がなくなったのだろう。
複数の魔力と共に、いつの間にかレーザーポイントが3つに増えていた。
続けざまに大きな発砲音。
同時に障壁を展開してやり過ごす。
しかし完全には逸しきれず、凶弾は身体を削っていく。
――――やはりドーピングした程度じゃ壁は埋まらないか。
だが、三人には被害はない。ならばよしっ!
受け渡された膨大な魔力に、複数の魔導式を同時に展開しているデバイスから悲鳴が上がっている気がするが、気にすること無く続けてくる三射、四射を
代償として落ちている僅かな間に身体はボロボロになるが、それよりも着地に処理を割けないこと方が問題だ。
この攻防で特注品とは言え、状況に合わせて魔導式を改変しまくるという無茶をしているため、デバイスの処理性能が限界に近づいてきている。
本来想定されている使用方法では乗り切れないのだから仕方がない。
だが、これ以上無茶を重ねれば、すぐに使い物にならなくなるだろう。そうなったら詰みだ。
故にデバイスを酷使する案は現実的ではない。
しかしこのままではライフルに肉片にされることは無いだろうが、地面に叩きつけられミンチになってしまう。
更に飛んでくる弾丸を捌きながら焦りが出る。
――――――ああ、そもそも悩む必要なんてなかった。
――――惜しむな。逝けっ!
【
起動すると同時に身体から力が抜けるが歯を食いしばって耐える。
三人に伝わる着地の衝撃を優先して減少。
自らに返ってくる衝撃は減少しきれかったが、気合でカバーする。
足から鈍く嫌な音が聞こえるが、三人に影響ない事なので無視。
それよりも異能を使った反動の方がキツイ、身体の内から抑えきれない痛みが襲う。
「――っ!とぉおかぁぁっ……!」
「頑張って……葵――――っ!」
泣きそうな声で応える燈火から魔力を受け取る。
魔力を足に集中させ、固めて折れた骨の代わりにする。
――――無理な着地ができたんだ。後は空港まで走り抜けるだけなんて楽勝だろ。
後ろから多数の足音が聞こえてきた。
ロビーの惨状は飛び降りる前に確認済みだ。
つまり引き返してきた武装集団が、追いついて来たと言うことだ。
囲まれたら終わる。
速度を稼ぐために更に異能を使い、身体能力を増加させる。
自殺行為。一回でも倒れそうな程に辛いのに二回目なんて気絶してもおかしくない。
だが予想を裏切り、反動は一回目よりも小さなものだった。
それに普段より与える影響が多い気がする。
何かを掴めそうな気がしたが、そんなことを考えている余裕はない。
「っ! おぉぉぉあぁぁぁぁっ!!」
異能が使い物になるなら良いことだ。
足の骨が折れた。身体中が傷だらけで血だらけだ。
だからどうした! それが何だっ! お前が目指す場所はそんなことで諦める様な所に無いだろ!
――――さあ、意地見せろ!
無理にでも身体に喝を入れ、踏み込みと同時に魔力を放出して速度を稼ぐ。
激痛が身体中を襲うが、構うこと無くホテルの正門を通過した。
後ろから発砲音が響いた事で、後続が射程圏まで追いついて来た事を理解する。
後ろに障壁を張ろうとした辺りで、背負っている縁に止められる。
どうやら障壁を張ってくれたらしく、弾丸は届くこと無く、背後から鈍い音だけが響いた。
後ろを確認するこはできないが、俺とは違い縁の障壁は迫る弾丸を全て防いでくれた。
感謝と共に、――デバイス渡しておいてよかった。と思うが、襲われているというストレスの中、魔力を上手く制御できない縁が、短時間ならともかく、長く耐えれるとは思えない。
急いで射線から逃れる為、更に速度を上げ脇道へと駆け込んだ。
地理は予め把握出来ている。迷う心配もない。
身体中に走る痛みを堪え、空港へと走る。
無理を通して速度を上げた事で、後続の武装集団を振り切れる寸前の所まで来ていた。
だが、無数の魔力弾が逃走方向に――つまり正面に出現した事で話が変わってきた。
最初の魔力弾で空爆を仕掛けてきた相手だろう。
いつの間にか厄介な雨が止んでいた事に気付く。
初手が塞がれた事で次の行動に移ってきたか。
正面に出現した面制圧を目的とする魔力弾の壁は密度が高く、避けきるのは困難な様に見える。
突破するにしても被害は出る。しかも三人にも。
避けるために迂回すれば同じことの繰り返しだ。何れ追い込まれるだろう。
僅かな逡巡。抱えている三人の重さを改めて確認した事で覚悟を決める。
進むも地獄、戻るも地獄。
――――前に進むと決めたんだろっ!
「もう、いっ……か、い……頼む――っ!」
「――っ!葵っ!」
「無理よっ!葵っ!」
「葵っ……ダメっ!」
「はっ……や”っく――――っ!!」
泣いている様な声で三人が拒絶するがこうするしか無い。
これを乗り切らなければ活路は無い。
ただですら元々勝機が無いんだ。無茶の五つや六つ、甘んじて受け入れなければ何もできやしない。
歯を食いしばり、身体に力を入れ、正面から光の壁へと突っ込んでいく。
「ぉ、っ!――ぉぉおおあぁぁぁっ!!!」
止めても無理だと察したのだろう。
三人が魔力を送り込んでくれた。
先ほどとは比べ物にならない量に一瞬意識が飛びそうになるが、気合で繋ぎ止める。
許容量をとっくに超えているためか、まるで身体が千切れるかのような痛みを訴えた。
まだ動けてることに、意識があることに、何処とも知れない所に居る神に感謝する。
左右から、そして背中から、名前を呼んでいるのか、叫ぶような声が聞こえてくる。
だが、何を言っているのよく聞き取れない。
名前を呼んでいる事以外、わかることは抱えている三人の重さと、震えていることぐらいだ。
――――大丈夫だ、安心しろ。どうにかするから。だから、そんな泣きそうな声出すなよ。
迂回しないことに気付いたのか、待機状態だった魔力弾が此方に殺到してくるのが目に映った。
受け取った魔力を使い、正面と抱えている二人の前に密度の高い障壁を展開する。
もとより全部凌ぐ事はできない。
なら抱えている二人と俺の背中に居る縁だけ守れればいい。
だいぶ小さい障壁だが、強度は先程のものより高い。
それに小柄な子供ぐらいなら十分カバーできるだろう。
まだ空港までの道のりを考えるとここで倒れる事は出来ない為、
余った魔力で身体の表面を
光の雨が襲いかかった。
無差別ではなく、限定された範囲ゆえなのか先程より威力が高い。
逸しているだけにも関わらず、強度が高めたはずの障壁がみるみる削れていく。
角度を付けて置いてよかった。
そう思ったのは雨の中か、それとも飛びそうな意識の中なのかはわからなかったが、気付いた時には俺は魔力で造られた嵐を超えていた。
障壁はギリギリ残っていた。
しかい、身体の至る所から出血しているのだろう。
痛みより全身のあちこちが熱い。
それに感覚のないところがある。
腕が更に抉れたのだろうか?なんとか走れているが、足も大分削られた感じがする。
右目は赤く染まっていてよく見えない。
抱えた二人と背中から激しい音が聞こえた気がする。
どうやら耳もよく聞こえなくなったらしい。
三人とも無事みたいだ。
ちらりと左目で見た時に燈火と雫の無事は確認できたし、
背中からも存在を主張するような感じがするので縁も大丈夫だろう。
未だに何かを語りかけてくる三人。
――――今、よく聞こえないんだ、悪いな。後で聞いてやるからちょっと待ってろ。
なんとなく三人の声に力をもらった気がした。
片目しか機能してないせいか、時折ふらつく身体に鞭を打ち走り続ける。
霧の様に散っていく意識をかき集めて、なんとか頭の中にある地図を辿り空港へと向かう。
ありがたいことに三人が傷口を魔力で覆い応急手当をしてくれた。
――――ありがとう。これでまだ走れる。
いくら走ったか、どれだけの時間が経ったかはわからない。
しかし徐々に周りが明るくなってきていた。
時折、遠目に確認することができた赤い光が、この国の防衛機関が動き出した事を理解する。
道理で追手が来ないわけだ。
まああんだけの騒ぎを起こしたんだ当然の事だろう。
あわよくば全員仲良くブタ箱にぶち込まれちまえ。
いつの間にか振り切っていた集団の事に安堵しつつ、更に力を込める。
足に感覚がなくなってきた頃だろうか、それとも身体中に寒気が襲ってきた頃だろうか。
それとも三人の重さしか感じなくなった頃か。
気づいた時には、自分がこの国に来た時、目にした建物が見えてきたのだ。
目的地は目前の所まで来ていた。
空は完全に白んでいることに今更ながら気付く。
観光地から空港までの逃走劇に終わりが見えてくる。
よく考えたら車でも結構掛かる距離だったはずだ。
我ながらよくここまで走って来れたものだ。
気持ちに余裕が生まれたのか、終わりが見えた事に依るものなのか、少し身体が軽くなった様な気がした。
――現金な身体だなぁ。と、上手く定まらない思考と共に、もはや僅かな感覚しかなくなった身体で走リ続けた。
建物を通り抜けた辺りで、空港の滑走路を仕切るフェンスが見えた。
フェンス越しに目にした滑走路。
今正に、機体が着陸しようとしている光景があった。
遠目で確認した機体にはよく見た国旗が描かれている。
着陸したのは日の丸が印されたジェット機、つまり使いが到着した意味を指す。
普通の旅客機なら会社名を示す文字か、シンボルが描かれているはずだからだ。
どうやら予定より早めに着いたのだろう。助かった。
空港の方々には申し訳ないが近道をさせてもらおう。
フェンスを蹴破ろうとして右足を前に出した辺りで気づく、足が変な方向に曲がっていて破れないことに。
ここまできて蹴破らないわけにもいかないと思い、なけなしの魔力を振り絞って蹴る。
それに破り損なった反動で、倒れれば三人に怪我させてしまうかもしれない。
不思議とこんな足でも痛みはなく、バランスを崩して倒れそうになりながらも、なんとかフェンスを蹴破った。
体勢を立て直し、足の状態を自覚した影響なのか、何度も倒れそうになりながらジェット機に向かって走り出す。
――やっぱり朝は冷えるな、少し寒い。
終わったら死ぬほど寝てやろう。とか明確なゴールが見えたことにより、のんきな事を考えだした俺は着陸を終え、徐々に大きく映るジェット機に達成感を感じていた。
――――――――――――――――悪寒が走った。
もはや無意識だった。
経験によるものなのか、はたまた気が狂ったのかはわからない。
しかしやらなければ後悔すると確信した。
直感に従い行動した身体は、まだ言うことを聞いてくれた。
どこにそんな力が残っていたのか、脇に抱えた燈火と雫を遠くに放り投げる。
首に回された縁の両手を掴み背負投げの要領で同じく前に投げ飛ばした。
それにより体勢を崩し、回転した身体が後ろを向いた事で悪寒の正体を知る。
そこには自分目掛けて殺到する、無数の光弾があった。
――――ああ……ダメだ。これ、死んだわ。
今度こそ絶望の雨が俺を襲った。
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