歴史は繰り返し、窓を蹴破りフライアウェイ














 陽の光が目に障る。



 急速に意識が戻ってくる感覚。目を開けて状況を確認する。


 どうやら大分深く眠っていたみたいだ。

 現在は昼に差し掛かる十時を過ぎた頃、寝たのは曖昧だが七時辺りだったはずだ。


 つまり十二時間以上寝ていたようだ。

 この非常事態に何をやっているのだ、俺は。

 これじゃ仮眠じゃなくてただの睡眠じゃないか。

 何もなかったから良かったものを、寝ている間に襲撃があったら目も当てられない事になっていた。


 だが、過ぎたことはしょうがない。

 これで残り一日。明日の早朝、早ければ日付が変わった辺りで使いが到着する。

 それで俺の護衛任務は終了。

 後は手配されたプライベートジェットに乗り、四人で日本にトンズラ出来る。


 出向班の皆には事後報告となるが、諦めて貰おう。

 世界の為でもあるんだ。




 寝ている内に掛けられたのだろうブランケットを隅に置き思考に耽っていると、此方に気付いたのか、パタパタと燈火が駆け寄ってくる姿を目にする。



「葵、おはよう。元気になった?」



「ああ、悪かったな。助かったよ」



「こういう時は謝るよりも――ありがとうの方が嬉しいよ。はい、残り物だけど朝ごはん。」



――なんというか強くなったなぁ……。色んな意味で。


 不安定な状況の中でこうして此方を気遣ってくれるだけでなく食事まで用意してくれるとは。

 本音を言うなら起こして欲しかったが、それは言わない。

 三人の気遣いを無駄にはしたくないし、なにより此方の体調は万全になった。



「二人はどうした?」



 燈火しか見えないのでふと気になり、尋ねてみた。

 どうやら三人で交代して警戒をしていてくれていたようで、少し情けなく思うが先程の事もある。

 謝るより感謝しておこう。


 縁はかなり長い時間を担当していた事もありまだ寝ており、雫はモニターの前にいるらしい。


 雫の下りで若干燈火が言い淀んだので、気になり詳しく聞いてみる。

 が、やはり明瞭めいりょうとした答えは返ってこない。



「えっ……と、なんといえばいいのか……な?……破廉恥はれんちというか、如何いかがわしいというか、みだりがわしいといいますか……言葉にできない感じ?……葵のスケベ」



 顔を真っ赤にした燈火から辛うじて聞き出せたのはこれだけ。

 非難がましい目に、しかも唐突なスケベ扱いは解せぬ。

 今の燈火の羞恥しゅうちに染まった状態と相まって、まるで俺がイケナイ何かを迫っている様な錯覚を覚えてしまう。



 まて、俺は事案など起こしていない。誤解だ。



 流石に自分の目で確かめてみることして、モニターの前に居る雫の側に向かう。


 そして固まった。


 縁がモニターの側で寝ているのはいい。

 モニターが2つあって一つにカメラの映像が流れているのも問題じゃない。

 片方のモニターで色々検索したり、映画を見たり、ゲームをするのもいい。娯楽は大事だ。



 だが、雫よ。




 

何故、お前がっ!




――倫理シールを付けること義務付けられているゲームゲーをしているんだ。





「なんでっ!?どこから持ってきたぁっ!言えぇっ!!!」




「葵、おはよう。…ごめん、今イイとこ」



真面目な調子で返されこともあり、勢いを止められた俺は――おはようと、普通に返してしまうがそうじゃない。


 この部屋にそんなものが置いてある訳がないんだよ。

 どこの世界にエロゲーが常備されているホテルがある。

 必然的に雫がどこからから調達してきたことになる。


 というかこないだまでラノベが欲しいとか言ってた癖に、思考をどういう風にぶっ飛ばしたらそういう結論になるの!?


 あれか?少女漫画の恋愛に憧れてたら大人の階段すっ飛ばして、そういう友達できちゃった感じか!?

 階段登ってないだろ! 登るためにジェット機持ち出して来ただろ!

 自分の見た目を考えてくれよ。それにイイとこってなんだよっ!?




「ひとつの文学として完成……倫理シールに惑わされないで」



「惑わされてるのはお前だよっ!!検閲どころじゃないよ!一発アウトっ!役満直撃だぞっ!」



「非常に話の構成がいい。縁も感心してた……それに表現が上手い」



「何の表現っ!?その開いているシーンはなんだよ、おいっ!顔を背けるな!」




 というか縁止めろよっ!

 何でお前までそちら側に行ってんだ。今の状況わかってるのかよ。

 何、ソフ倫付きのゲームを少女二人でやってるんだよ。


 話の構成に今開いてる場面はいるのか?いらないだろ。せめて音消せよ。

 燈火の反応を思い出し、なんだかんだ三人でゲームをしていたと推測でき、ゲンナリする。


 起き抜けの仰天行動にツッコミが追いつかない。

 調べて見ると購入履歴にゲームタイトルがあった。

 ダウンロード版、その手があったか……。

 もちろん十八禁タイトル。



 燈火に目を向ける。恥じらう反応。これは見たな……アウト。

 縁を見る。普段見ないだらしない笑顔で寝ている。……多分アウト。

 雫に視線を戻す。




「名作はっ……倫理シール如きに……屈しないっ……!」



「スリーアウトっ!チェェエェェンジっ!」




 やたらと力のこもった声に、俺は交代を求めた。

 俺の癒やし枠は汚れてしまったようだ。汚れる前の雫と交換して欲しい。











 どうにかこうにか雫をモニターの前から引きずり剥がす。

 デバイスにセーブデータを移していたが本体は俺が抑えた。

 やらせるような事はしない。やるなら十八歳を超えてからやりなさい。



「私の年齢は推定二百歳を超えている。だからセーフ」


「セーフじゃねーよ!出てきて一週間が何ほざいてやがるっ!」



 最近、ネットにかじり付いていたからなのか、どんどんキャラ崩壊が進んでいってる。

 おい、癒やし枠。

 まだ諦めていない雫に警戒しつつ、いつの間にか起きてきた縁に避難の目を向ける。

 お前ら警戒してないで何、如何わしいゲームをやっているんだよ、と。



「私もああいう風にされてしまうのでしょうか……」



 おい、どういう場面を見たんだこいつは。

 俺の視線に何を勘違いしたか、頬を染めて俯きながら自分の身体を抱きしめる縁に叫びたい衝動を堪える。

 非常に遺憾だがこれ以上ツッコんでいると体力が持たないので三人で食事を取ることにした。



 これは日本に帰ってから、真剣に話し合う必要がありそうだ。






 食事をしつつも現状に対して思考する。



 現状、俺が寝過ごすという大ポカをしでかしたが、何の問題もなく一週間が過ぎようとしている。

 今日を乗り切れば、明日の朝には空港に向かうだけでこの国からオサラバできる。


 恭平から連絡先を聞き、使いの人間にメールを送って作戦を変更してもらった。

 空港で待ってもらうことに決めたのである。

 来てもらって合流してから向かうのではなく、到着に合わせて此方が出向いて合流したほうが早く出国できるからだ。


 到着が約六時。現在時刻が夕方の四時過ぎ、後十三時間弱。


 本来なら合流の失敗や、移動中の襲撃など戦力として数えられるのが俺一人の状態は危険なのだが、現状なら特に心配はいらないと考え、三人と話し合って決めた。





 そして各々で休息を取ったり、食事をしながら夜がやってくる。

 その間、魔力を操るための練習なのか三人はデバイスを使い魔力を受け渡したりしながら遊んでいた。


――いや、まあいいんだけどさぁ。


 流石に魔力球を作ってドッジボールしようとした時は止めたが。

 緊張感がないよな。ウチって…………。


 こら、キャッチボールなら許すからこっちに特大の魔力球を向けるな。


 お前らと違って貧弱魔力なんだから当たったら上半身なくなっちゃうからっ!

 間違いなく天野式の影響を受けていると感じる。どうしよう……。




 流石にここまでくればもう安心できる所まで来た。

 そういう気持ちを持ちながらも頭の中ではここが一番危険だと警鐘を鳴らしていた。

 わかっている。最期まで油断はしない。最も気が抜ける時が最も危険だと知っている。

 俺が逆の立場ならここで襲うだろう。故に警戒レベルを一段上げる。


 いや、足りない。

 残りはたったの半日も無いんだ。魔力も体力も惜しむ必要はない。

 油断で今までの苦労と三人の未来を失うなんてあってはならない。



 間違いなく俺は焦っていたのだろう。

 順調すぎる状況に、何の障害も無い現状が、言い知れぬ恐怖を生み出していた。

 過剰なまでに気配を探る。広げ過ぎたが故に把握が曖昧になることを良しとする程に。



 だが、そのお陰で気づくことが出来た。正にこのまま何もわからずに消えていく未来への、回生の一手だった。




 それは、焦りから感知範囲をホテルの外まで広げた時だった。




 部屋の前、ホテルの全フロア…………クリア。


 隣接する駐車場…………クリア。


 目の前の雑貨店…………広げ過ぎた為不透明。


 隣の服屋………………同じく不透明。


 近場の土産屋………………何もない。


 隣の別ホテル………………不透明。





 何もない…………。










何もない―――――――――――?










――やば……っ!



「B―2!総員退避ぃぃぃいぃっ!!」





 全霊の力を持って叫ぶ。予め決めていた符丁を使い三人に状況を知らせる。

 すぐさま駆け寄る三人。

 B、つまり囲まれた。及び、敵性勢力が待ち伏せ、襲撃の可能性が在ること。

 2、それは敵方が三人の処分に寛容的な姿勢を持っている可能性がある場合。




 わからないなんて無いんだよ!感知を無効化されている可能性が高いというか、確定。


 魔力で存在を悟られないための隠密用の魔力遮断の魔導式。何も感知できない。

 それも一つの建物全部を感知出来ないなんて、いくら俺が二流とは言えありえない。


 そもそもこの地域は調べたとおりなら、ホテル周辺の店はとっくに店を占めている。

 つまり、店員はいない。

 仮にいたとしても、遮断魔導式を使う意味がわからない。


 ここまでは俺の盛大な勘違いということもあるが、遮断式。

 これが決定的に勘違いを否定する。


 名の通り、遮断式が何かを隠したり、断つということは想像が付くだろう。

 だが、個人が通常の魔導式と同時に使うことはほぼ不可能。

 それこそ魔導士達のトップ、――魔導師――でもない限り無理だ。


 そして使用される目的は範囲全ての魔力を遮断し、競技等に置いて不正を無くす使用方法。

 次が自分の周りに展開して魔導式の影響を無効化、又は低減する防御的使用方法。

 一応、三つ目として自分に掛けて魔力の無い人間を装う事が可能だが、調べられた時点で使われた魔導式が無効化、低減されるので使う意味があんまりない。

 そもそもどんな人間でも魔力を持っているので僅かでも無いことが逆に怪しくなる。



 そして最期が――――――






――――魔力の波長が大きく、遠距離からでも感知されやすい大規模魔導式の展開を隠蔽する戦術的な使用方法。






 黒だ。それも盛大に真っ黒。

 どこの世界に夜遅くまで残り、遮断式を使ってまで魔導を隠蔽する店員がいる。


 まるまる店一つ。

 大掛かりな補助も無しに発動しているのであれば隠蔽している人間は間違いなく俺より格上。



 それだけの規模に魔導を及ぼせる程の実力者。

 それを魔導式の隠蔽の為に引っ張り出してきたのだ。

 どれだけヤバイか考えたくもない。



 故に逃走の一択。





「縁ぃっ!」




 姿を隠すために布を被った燈火と雫を脇に抱きかかえ、最期に同じく準備を終えた縁が背に飛び付く。

 同時に身体を最大強化する。

 同じくして遮断式で隠せなくなったのか、もしくは必要が無くなったのか、大きく唸る音と共に特大の魔力を感じた。



「おいおいおいおいおい。冗談だろ…………。」



 感じる魔力の大きさもそうだが、声が漏れた原因はロビーの映像を写したモニターの変化だった。

 目出し帽を被り、完全武装した十人以上の男たちがロビーで殺戮の限りを尽くし、上階へ向けて突入してきていたからだ。




「――っ……!」




 いつか見たような光景に挫けそうになるが、三人の抱きつく力が強くなったことで心に喝を入れる。


 ここで挫けるな。三人を守るのは俺なんだ。

 退路が絶たれたからなんだ。まだ道はあるだろ。





――――さぁ、迷うな。行けっ!






 自分を鼓舞する為かそれとも三人を少しでも安心させるためか、はたまた感情が振り切ったのかはわからない。

 だが、窓を見据え飛び出そうとする俺は盛大に、それも相当愉快な表情を浮かべ、自分の発する言葉の意味も理解することなく叫んでいた。





「――――パーティー会場は此方ですかぁぁぁっ!!!!」




 地上七階、窓を蹴破り空目掛けて飛び出した。


 先程確認した時間は深夜ニ時。




――――――――――――後四時間、やってやるっ!






 飛び出した俺たちに最初の歓迎なのか、無数の魔力弾が目に映る。



 そして、俺の覚悟を嘲笑うかの様に絶望の雨が襲いかかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る