帰ってきたらパーティーしてた



 古今東西、報告書というのは面倒な物である。


 自分が何をしたか、どういう結果になったかという経緯いきさつを詳細に書かなければ行けないので面倒なのだが、直属の上司に書く分なんて本来はそれで良いはずだ。

 判断はその上司が行い、必要に応じて所感を付け、更に上にもっていく物だからだ。


 しかし、これが一般企業で言う経営陣、対策庁だと幹部に上げる物となると全体の判断に関わってくる為それだけでは足りず、加えて自分自身の所感も必要となってくる。


 現場としての意見を取り入れ、幹部たちに判断材料を提供しないといけない。

 しかも上司に上げるものとは違い、文字数の制限が入る。

 暗黙の了解となっているが、幹部たちは大量の書類を処理しないといけない為か、文字が多いと煙たがられる場合が多いのだ。


 故に報告書とは上に提出するものだが、持ち込まれる場所によってかなり書き方が変わってくる。

 今回の事件に関して言えば前者となるはずだが、全く事情が異なるのだ。

 簡単に言うとややこしいの一言に尽きる。



 何故なら、この件には特別対策室が絡んでくるからだ。



 あの非常識な後見人、天野 恭平をトップに据えた一般職員では手に負えないような案件を請け負うプロフェッショナル。


 対策庁きってのエリート集団。


 実力は事務、実働両方の面から見ても非常に優先。

 対策庁の花形と言って良い。向上心の高い職員たちは何れそこに所属する事を目指して日々、研鑽に励んでいる。


 だが、一般大衆達からの見た綺羅びやかなイメージとは裏腹にあまり派手には動かない。

 何故ならトップ集団である特別対策室、通称、特対室が動き回るという事はそれだけで大衆の不安を煽る結果になるからだ。

 公然と動く時は解決の目処が立った時であり、大衆の安心を崩すことを避ける為、通常は表向きとは違い泥臭く、地道な活動を水面下で行っている。

 正に対策庁の、引いては国の最終兵器。



 どうしてこんなことを考えているかと言うと今書いている報告書が特対室の目に入るからだ。



 先日の報告で最終兵器の長である恭平がこの件を預かると言った。

 つまり特対室が動くということ。

 内容からして当然と言っちゃ当然なんだが、前述の通り大っぴらに動くことが出来ない件が絡んでくる。


 結果的に事件に遭遇したとは言え、元がただの調査協力で来た出向班にバカ正直に報告書を上げるように求めたら、日本だけでなく内外に影響を及ぼし、いらぬ誤解や騒動を起こすことになる。


 最悪三人の存在が明るみになる可能性がある。人の口に戸は立てられないと言うことだ。



 そこで出向班として上げた報告書を内密に見る、ということになる。



 正直に言えばそこまで悩む事はない。通常通り上司に上げるように書けばいい。


 向こうは本物のプロだ。

 読みづらくても勝手に最善を尽くしてくれるだろう。

 これは俺自身の我儘、見栄といってもいい。

 間違いなく恭平もこの報告書に目を通す。

 恭平と距離を置いてから数年が経つ、先日というか昨日話した事もあり、離れていた間にどれだけ自分が成長したかを知ってもらいたい。そんな子供じみた欲求。




――――これじゃ小学生のガキとかわらないなぁ……。




一瞬、――何時まで経ってもガキだな、おい。――とか腹が立つ笑い声が頭の中に浮かんで来るが無視して報告書を書いていく。

 報告書一つで何かが変わるわけでは無いのは頭ではわかってるわ。


――――しょうがないじゃない、男の子なんだから……。











 苦戦の末、なんとかどちらからでも見れる程度の報告書を書き上げ、簡単な書類を作ってデバイスを修理に出し、訪れていた臨時本部を後にする。

 予想以上に疲れていたが時間を見るとそこまで経ってはいない事を確認して安堵する。

 これならデバイスを選ぶ余裕もあるだろう。



 タクシーに乗り込み、目的地を告げて目当ての店を告げる。

――へい、兄ちゃん。今日は大分スッキリしたみたいじゃないか――と運転手おっちゃんに声を掛けられたことで、昨日のタクシーで話しかけられた運転手と同じ人物だと気づいた。


 適当に相槌を打って置くことにすると、運転手の兄ちゃんが下卑げびた笑いをしながらおすすめの店を教えてくれる。


 そこで初めて昨日話していた内容を理解した。



――おい、頷いちゃったじゃねーか、おいっ!




――スッキリなんてしてねーよ!

――むしろ色々なもの抱えたせいでモヤモヤしてるわ!

――――確かに昨日に比べたら楽にはなったけど、そうじゃない!


――――。


――――だから、隠す必要はないぜ、みたいな無駄にいい顔するんじゃない!

――おい、日本語で話してただろ。都合の良い時だけ、日本語ワカリマセーン、じゃねーよ!

――――ロリコンでもねーよ! やめろ、これからの関係が危うくなるだろ!



 お世辞にもあまり性能が良いとは言えない、翻訳魔導を使いながらも反論をしていくがムカつく笑い声で誤魔化される。


 そうこうしている内に目的地に到着した。

 右腕に付けたデバイスから電子クレジットで支払いをして車から降りる。


 去り際に――日本人はシャイだな――とお言葉を頂くが中指を立てて返答する。


 笑いながら去っていく運転手にはあまり効いていないことが分かったがそれでもやらずにはいられなかった。

 移動しているだけなのに疲れた様な気はするが、気を取り直して店に入る。



 現地の言葉で挨拶を受けた。まあ普通に考えてさっきの運転手がおかしいだけでこれが普通だ。


 翻訳魔導を起動して目的の物があるかを尋ねる。

 向こうも此方が国外から来たことを察してくれたのか分かりやすい、正確に言うなら翻訳し易い言葉を選んで話してくれる。



 この魔導式、いや、むしろ科学的な物と言ったほうがいい。

 デバイスの処理を会話している言語を抽出して翻訳してくれるのだが、先程の通りお世辞にも性能が良いとは言えない代物だ。


 簡単に言えば偉大なブラウザの中に居る先生に頼んだような感じになってしまうのだ。

 実際はあそこまで酷くはないが、それでも片言の様な会話になる。

 それでも有るのと無いのでは全然違うので、活用する人は多い。


 ほんの少しの魔力があれば、使えるのも理由として挙げられるだろう。

 故に海外へ旅行へ行く者の大半は現地の言葉を知らずともコレのお陰で旅行を楽しめる様になっている。




 何度か言葉を交えて此方が欲しいデバイスの詳細を伝えると、店員がファッション向けに作られているデバイスが飾られているショーケースの前に案内してくれる。


 まあ、一般デバイスだし無い方がおかしいか、そこには様々な形のデバイスが飾られていた。


 イヤリング、ネックレス、指輪、果てはカチューシャ型まであった。

 ファッションに会わせるタイプというだけあってかかなりの品揃えになっている。

 性能自体は形が小さいことやファッションに特化した物であるのでそこまでではないが一般的な生活に使う分には全く問題がない物だ。


 通信機能、ネットワーク接続等、一般のアプリケーション対応等、戦闘を主眼に置かれたデバイスより多機能なものが多かった。自分の場合、大体が戦闘や自衛を主眼に置いて買っていたので、ある意味新たな発見でもある。



――――こりゃ、三人に意見を聞くべきだったな。



 そんなことを思いながらも今更聞きに行くということも出来ないので、自分のセンスを信じるしか無い。


 三人の容貌を考えながら出来る限り似合う物を探していると、店員から――彼女さんですか?――と聞かれるが、なんと答えていいか一瞬迷ってしまう。

 女の子で有ることに間違いはないのだが、馬鹿正直に話すわけにもいかないので、出張がもうすぐ終わるので親戚の子どもたちにお土産で、と答える。


 何か言いたそうな微笑ましい目で見てくる店員。




 なんだ、この国は俺をロリコンにしたいのか。




 昨日の縁の行動が頭を過るが、血迷った考えを追い出すために頭を振って追い払う。

 大丈夫、俺はロリコンじゃない。洗脳される訳にはいかない。

 その先に待っているのはムショ暮らしなのだから尚更だ。


 慣れない女物ということもあり、悪戦苦闘しながらもなんとかデバイスを見繕う事に成功する。

 通信に関する契約等は日本に帰ってから本格的にすることになるので仮契約として期間限定の軽い物にした。

 契約を終えて時間を確認すると意外と経過していたことに気づいた。



 ファッション型なんて初めてだったからかなり迷ったわ。

 世の女の子達の要求というか、注文ってすごいんだな。

 隣に置かれた雑誌には色々なデザインに合わせたデバイスが載っていたのでつい読んでしまった。


 いや、まあ女の子達のエネルギーがすごいのは分かっていたことだが、雑誌からでも伝わる熱意ってどんだけよ。


 バリエーションが多いのはすごく良いことだと思うのだが、男の自分には付いていけないと思います。はい。



 三人も大人になるに連れて色々と入用になって来るんだろうなぁ……。

 デバイス三台と今回の出費もそれなりだったが、日本に帰ったらこれ以上かかるのだと思う。

 しばらくは貯金が結構あるからいいけど、どうにかしないとまずよなぁ……。


 今の稼ぎじゃ難しいかな……。


 そんな遠くない未来を考えつつ店を後にし、タクシーを捕まえてホテルへと帰る。
























 まさかの三回目となる、あの運転手との再開を果たし、手に持ったデバイスを夜街の女の子へのプレゼントと勘違いされたことで、再び拉致の開かない押し問答へと突入した。


――プレゼントには間違い無いが、いい加減にしろ!

――――そっち側の思考から離れろよ。違うわ!


――そうじゃない。おい、まてこら!

――――楽しくねーよ。親戚の子供に贈る……はっ? 嫁?おかしいだろ!

――貴様の頭はお花畑じゃ……どっちがだ! おいこら!




――――――――俺はロリコンじゃねぇええええ!





 一番疲れたのが移動とはこれ如何いかに。



 なんとかホテルの着いた頃には疲れ果てていたが、予定よりも早めに帰ることが出来て一安心する。

 手筈どおり、部屋に付く前にメールで連絡を入れる。


 運転手?ああ、地獄に落ちたよ。笑いながら地獄の一丁目へ旅立っていったよ。


 思い出させるな。



 ロビーを通り抜け、すれ違う従業員に軽く会釈をして部屋へと向かう。

 エレベーターに乗った辺りで違和感を覚えた。








――――おかしい。




 返信がこない。





 まだポッドから出たばかりなので、三人が疲れて寝ている可能性もあるが、それでもまだ昼過ぎだ。

 全員寝ている可能性は低いだろう。特に縁には念入りに説明してあった筈なので尚更。




 嫌な予感が頭を過る。




 デバイスを待機状態に移行する。

 いつでも対処できるようにし、扉の前に辿り着き腰の拳銃を確認。

 ついでに最悪の自体を考えて、意識を切り替えて異能を発動する準備をする。

 魔力を使うのは波長で相手に気づかれる可能性があるから最期の手段だ。


 現状、三人の生存及び俺の行動を察知された危険はほぼ無いといってもいい。

 このホテルから出て行動しているのが俺一人なのだから、ボーイたちにも見られているといったことはない。


 注文の受取も俺がやっていたのだから早とちりといった所だ。

 見られた所で子供を3人と一緒に観光に来ている程度の認識。取り沙汰されるような事ではない筈。


 すれ違った従業員の中には懐柔したボーイもいたが、特にこれと言った様子もなかった。

 ロビーを通り抜けた時にいた受付の女性も同様。ほぼ杞憂であるだろう。


 だが、嫌な感覚が纏わりついて拭えない。




 扉を確認する。鍵は掛かったまま、開けられた形跡はない。



 荷物を扉の横に置き、カードキーを取り出し呼吸を整える。



 耳に三人の悲鳴の様な声が聞こえてきた。ついでに男の声も。


 瞬間、意識を加速させる。

カードキーを通して、魔力で身体を強化。拳銃を取り出しながら扉を開けた所で俺は固まった。







    

 そこにはサングラスにアロハシャツ、短パン姿の恭平マンハッタンに居るはずの男が三人を交互に高い高いしている姿だった。








 そっと扉を閉める。







 ちょっと頭が痛いのは異能を使ったせいだと思う。


 そう思いたい。


 強化を解除して取り出しかけた拳銃をしまい、別の意味で呼吸を整える。

 落ち着け、今のは疲れが見せた幻だ。いいな、よく見ろよ。





 もう一度、扉を開ける。






 先ほどと変わらない姿で、どうやっているのか今度は三人でお手玉をしている恭平の姿が見えた。


 三人はきゃっきゃっと騒いでいる。




 恭平が此方を向く。



 気付いたのか続けて三人が此方を見る。





 しばらくの間が空いたが、突然三人をベッドに放り投げた恭平が笑顔イイ顔で此方に突っ込んできた。



「――――っ!ぉおおぉおおぉぉぉおぉっ!!!!」



 固い決意を持って扉を閉めようとするが、扉が閉まり切る直前に抵抗を受ける。

 とっさに魔力強化を使い、全身全霊を持って扉を押し込むがびくともしない。

 抵抗むなしく、徐々に扉が開いていく。

 頭が横から出せるぐらいの隙間が開いたあたりで恭平の顔が、にょきっと出てきた。



 力勝負では勝てないと諦めて扉を押さえている片手を握り、その顔めがけて拳を突き出す。

 案の定、避けられ壁に打ち付けた事で痛みを覚えるが、今度は別の角度から顔を出してくる。




 此方を見て、ムカつく笑顔で一言。




「来ちゃった。テヘペロ――――」




「――――ネタが古ぃんだよぉ!」




 久しぶりに見る懐かしい姿、それについて感傷に浸る時間も状況を考える事もなく。


 俺達の再開は全力のツッコミが廊下に響く所から始まるモノだった。



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