バカとバカ代表の乱痴気騒ぎ




 扉前での攻防は俺の敗北という形で幕を降ろし、部屋に入る。

 こんな下らないことでも階級差ランクとして三つ以上離れているのだから、そもそも勝ち目なんてなかったのだ。後ろ手で鍵を閉めて中を見る。


 そこには先程の攻防で満足したのか恭平が三人を背中に乗せて腕立て伏せをし始めていた。

 しかも一回の上げ下げで、力を入れているのか3人が綺麗に空中に飛び上がっては同じ所に降りてくる。


 これは昔俺も経験したことがある。

 天野式腕立て伏せと称してトランポリンの様に飛んでは降りるを繰り返す、要は恭平流の遊びだ。



 もちろん俺に同じことをやれと言われても出来るわけがない。

 降りてくる衝撃を相手に伝えないように殺すことも、垂直に飛ぶように勢いを制御することを出来るほど人間辞めちゃいない。

 鍛錬を積んだからわかるがこの遊び、想像以上に技巧のすいを凝らしている。

 受け止め方をミスれば即、腰か背筋が逝く。



 そんな無駄に高すぎる肉体制御を必要とする遊びにきゃっきゃ騒いでいる三人。

 どうやら懐いてしまったようだ。

 いきなり懐くとは状況的に考えられないので、どうやら大分前から居た感じがする。



 とりあえずは…………。





「いい加減、遊ぶの辞めてこっちみろよ。おいっ!」



「ふんっ。ん?ふんっ!」



 腕立てをやめること無く、俺がいる方向とは逆の方を見る。

 三人も毒されたのか釣られて同じ方向を見た。



 アカン、予想通りさっそく悪影響が出ている毒されてる



「おめぇだよ!そう、お前っ!」



「しょうがないなぁ。葵君は~」



「このやろうっ……!」




 呆れたような口調で三人をベッドの上に飛ばして恭平が立ち上がり此方を向いた。

 面白がってやがる。その証拠に顔は笑っている。


「せっかく葵に変わって、子守を代行してやったと言うのにお前扱いとは」



「誰が頼んだ!?というかマンハッタンに居たんじゃねーの!?」



 不法侵入に、子どもたちに悪影響を与える可能性大の変人に、誰が子守なんか頼むか。

 特に天野式シリーズは力が足りなくて再現できない俺だからいいが、この三人に関してはなまじ再現出来る才能があるから余計マズイんだよ!


 常識を知る前に天野式に汚染されるとマズイ。

 再現できなかった俺ですら学校で浮いたんだ。

 再現できたら間違いなく浮く。それもドン引き物。



 改めて恭平の格好を見る。


 サングラスは頭の上に、引き締まった身体の上にはアロハシャツを羽織はおり、短パンとビーチサンダルと言った南国のよそおいをしている。






  

ハワイでテロリストワイキキビーチで相手にテロ返ししてたら波乗りして、被害にあった難破船美人のねーちゃん見つけて、保護しつつ引っ掛けたら流されてたらここまで来たここまで案内された





「全く状況が見えねーよっ!」



 何を言ってるか全くわからない。

 というか昨日の夜までマンハッタン、つまりニューヨークにいただろ。

 なんでハワイでサーフィンしてるんだよ。仕事はどうした、仕事は!?


 美人のねーちゃんが北太平洋からフィリピン海までどうやって案内するんだよ。

 おかしいだろ。恭平の顔を見ると、相変わらず小憎たらしい笑顔が此方へ向けている。


 殴りたいっ……。ものすごく殴りたい。



 頭を抱えていると備え付けられているテレビからニュースが流れてきた。


昨夜未明さくやみめいに発生した、ハワイ沖軍用船襲撃事件の続報です。緊急出動した能力者、魔導士達によりテロリスト達は鎮圧されましたが、軍用船は自力航行が不可能になり流され。現在は友好国の能力者により保護され、フィリピン海諸国の沖合おきあいまで護送された模様もようです。】




 これだっ! このタイミング、絶対わざとだ。というか十中八九故意にここまで運んできやがったな。


 ハワイからここまで普通の船でも日をまたぐ筈だ。それなのに約半日でここまで運んできやがった。






「これ絶対お前だろ!?」



「HAHAHAHA!」



「笑ってんじゃねーよ!お前ここにいたらマズイだろうが!万歩譲ってここまで来たのはいいが、滞在してたら何かあるって言ってるようなもんじゃねーか。というか使いはどうした!?一週間かかるんじゃなかったのかよ!」



「安心しろ、部下なら今ちょうど飛行機に乗り込んだ辺りだと思うからよ」



「じゃぁ何しにきたんだよ!?」




 真面目な顔になった恭平が目の前にどこから取り出したのかわからないが、赤飯の乗った皿を出す。


――またこいつはっ!――と思った辺りで皿をどかした。


 その下から三枚のカードが出てくる。



「3人の身分証を届けにきた」




「フェイント掛けて真面目にならないで欲しい。マジで」




 そこには遠野と三人の名前が記載されている日本国籍の身分証があった。

 工作に目処が立ち、先駆けて不安要素を取り除くために用意したものだろう。

 やり取りに疲れはしたが、ありがたく貰っておく。


 これで少なくとも政府機関が絡んだ時の問題は解決する。

 未だ自由に出歩くことが厳しいのは変わりないが、有るのと無いのでは話は変わってくる。

 身分が証明されるというのは予想以上に強い効力を持つ。




「政府にはペンギンハントするために北極行ってくると伝えてあるから大丈夫だ」




「何一つ安心できないわっ!」




 またいつものギャグ路線へ突っ込んでいく。

 こいつの場合、マジで同じ内容を伝えるからタチが悪い。

 しかも実行できるから困る。


 身分証が用意された今、後はこの男の部下が此方へ到着するのを待つだけでいい。

 届けに来たのが部下を置いて先駆けて来た大物のバカってところを除けば素晴らしい事だ。

 ある程度の懸念事項が解消されて力が抜ける。



 今まで空気になっていた三人が此方を見ている事に気付き、今更ながら声を掛ける。



「ただいま」



「「「おかえりなさい」」」



 うん。帰ってきたら挨拶だよな。


 三人が笑顔で此方に駆け寄り、抱きついてきたり、ぶら下がったりしてくる。

 一応鍛えてはいるので、少女たちがぶら下がろうとも倒れることはないのだが、少しバランスを崩してしまう。



――――ん?なんか大分アクティブになってる気がする。というかこんなに積極的だったか?




 元凶に心当たりしかないな。元凶を睨む。笑顔でサムズアップしてのたまう。



  

葵くんの嬉し恥ずか時間があったからし黒歴史を盛大にお話少しばかり思い出話をした」




「てめぇっ!今のは流石に解ったぞぉぉぉおぉ!!」



「あ、報告書はみたぞ。褒められたい気持ちがこれでもかと伝わったぞ」



「――っ!貴様ぁっ!」



「ハッハッハッハッ―」



 殴りたい、いや殴る。絶対殴る。避けられても殴れるまで殴るのを止めない。


  心底腹が立つ笑顔に向けて殴りだそうとするが、三人が纏わり付いているが故に動けない。

  無理に振り払うわけにもいかず吠えることしかできない。



――――悔しいっ……。



「ほら、言ったとおりだろ。気にすること無く。存分に甘えるといい」



 三人に向けて放ったと思わしき言葉を聞き、返事をする三人に視線を向けると、そこはかとなく愉快な笑顔をしているような気がする。

――手遅れだった。恭平アホの教育がこの短時間に完了してしまったらしい。

 というか甘えるってなんだよ。



「ああ、なんだかんだ言ってツンデレ気味な葵くんの話をしただけだぜ。今も感情を抑えてるのがいい証拠だ。三人を気遣って俺を殴りに来ないことがそれを証明してるしな。ま、少女の三人ぐらい今の葵なら潰れずに戦っていけるさ」





「葵、添い寝しましょう」


「私も……」


「シュークリーム」



 ちょっとまて、振り切りすぎだろ。

 いや、雫だけぶれてないけどさぁ!

 昨日までのキャラはどこへ消えた。まるで子供じゃないか。


 実際そうなんだけどさぁ。流石に何吹き込まれたか不安になってきた。

 聞いてもはぐらかされるか、聞いたこっちがダメージ来そうだから聞くに聞けない。


 事実しか話して無くてもその事実が俺に極大の傷を負わせる。

 上目遣いで俺を見てくる三人と、会話の内容に頭を悩ませている俺に主犯の男が腹を抱えて爆笑する。




「まあ、いいじゃねーか。事実しか話してないぜ。正直もう少し話したいのは山々なんだが、次の仕事が待ってるんでな。そろそろお暇するわ」




 恭平が帰る旨を伝えてくる。

 確かに服装からしてバカンス真っ最中の装いだが、実際は相当多忙な筈だ。

 わざわざ回り道をしてまで身分証を届けに来てくれたのが奇跡みたいな物だ。

 表向きの行動にいつも隠れているが助けに来てくれたのだろう。感謝の念が尽きない。




「ありがとう」



「おう、気にすんな。……と、最期に葵……」



 最期の言葉に空気が変わる。真面目な、この顔をした時の恭平の言葉は重い。

 故に背筋を正して耳を傾ける。三人も察したのか離れてベッドまで下がってくれた。


 特対室として動いてる時の空気、次に出る言葉はきっと嬉しいことではないのだけはわかる。





「詰めがあまいぞ。無力化はしたが三人に発信機が埋め込まれてた」





――――それは予想以上に危険な内容だった。




 俺達の活動が根本から崩れる話だ。最低でも三人の生存が確実にバレている。

 よく考えればわかる事だろ、バカか俺は。


 大事な素体。研究の成果。能力的にも万が一脱走された場合を想定しないわけがない。

 世界を揺るがす実験故に漏らすわけにはいかない、それぐらいはして当然。

 何故、確認しなかった。あの時、診断モードを使えばわかったことだろう。


 どうする。まずは拠点を変えるしかない。

 それに早くて後六日間はこの国に留まらないといけない。

 その間見つかること無く逃げ切れるのか?


 すぐに出国するか? ダメだ。空港にも網を張られているのは確実だろう。

 その包囲をくぐり抜けるのはどうする? 具体的な案が浮かばない。

 出向班にも隠して置かなければならないのが、いやそんなことじゃない。


 協力あろうがなかろうが状況は変わらない。

 あれだけの実験を行う集団だ。後ろ盾も相当でかい。

 目撃情報が現状ボーイと受付の女性だけとは言え、ホテルに宿泊して居る以上、三人の事は姿はわからずとも多かれ少なかれ話には出ているはずだ。


 一人一人部屋を分けて分散した所で今更遅い。

 発信機により確実に此方の拠点はバレている。

 ホテルを変えるにしても流石にもう目立たず変えるなんてことはできない。近くで事件が起こったからこそ、それに乗じて最小の目撃者で済んだんだ。


 近いうち、下手したら今日にも虱潰しらみつぶしに探される可能性がある。

 そうすれば間違いなく俺の身元もバレる。そしたら出向班を頼るどころの話じゃない。


 出向班に頼れば全滅するのは変わらないが、組織と組織の殴り合いになる。

 そうなったらもう止められない。


 戦争が始まる。

 唯一事実を知る者達の中で現状を打開できる人物、目の前の男を見る。



「悪いが外せない案件がある。俺の到着は最低でも部下の到着以降だ」




 ファック。知ってたよ。

 これから起こる事をこの男が予測できないわけがないのは。

 それでもここを後にするということはそういうこと。

 今回の件と同等、またはそれ以上の案件に取り掛かっているということだ。



 つまり、最低でも約一週間は出向班に知られずに三人を守り、なおかつジョーカーは切れない。

 

 自分の手でなんとかするしかない。恭平がここに寄ったのも何か有るはずだと俺は思う。

 単なる寄り道の可能性もあるが、なら身分証を用意した意味がわからない。


 俺の今回の事件と、恭平の今回の事件はもしかしたら繋がりが有るのかもしれない。

 全く根拠の無い推論だが、俺の警鐘は鳴りっぱなしだ。

 自身が言いだしたことだ、俺が守るのはもちろんだ。


 直接守ってもらおうなんて考えはしないが、手に負えないと判断したなら俺の抵抗なんて障子の様に破って三人を連れて行くだろう。

 危険と言われようとも守りながら事件を解決できるぐらい強いのだこの男は。


 それをしない。つまり連れていく方が危険なのだ。



 八方塞がり。







 だが、そんな終わりの無い思考に囚われた俺を、目の前の男は切って捨てた。













「小難しいこと考えてんじゃねーよ。進むと決めたんだろ?なら迷うな!行けっ!そして惜しむな!逝ったら後は任せろ。どうにかする」





 悩みを吹き飛ばすような力強い言葉を受け、無意識に右腕のデバイスに触れていた。

 恭平の言葉は今一度歩き出した、俺の背中を押す言葉だった。


胸の内を話した覚えは無いが、俺みたいなガキのことなんかお見通しなのだろう。

――やはり敵わないな――と思いながら、思考を辞め覚悟を決める。





 死ぬなとは言わない。むしろ安心して死ねという。

 今更だが俺も恭平もバカという生き物に分類される。

 バカ代表といってもいい男の背中を見てきたんだ。

 一度は折れたといっても根本的な部分では変わらないのだろう。俺も自然とそうなってしまった。



 そしてバカという生き物俺たちは信念を折り曲げてまで生きながらえた生に、安息が無いのを知っている。あるのは後悔だけだ。



 ただ、生きて、働いて、老いて死ぬ。


 人間の一生を言葉にするとこれだけで済む。

 その生涯の中でどれだけ自分を貫けたかが大事になる。

 それに折り合いをつける事はあるだろう。


 ただ、絶対に譲れない部分が人にはある。

 そこを譲ってまで俺は生きたいとは思わない。

 俺は一度、生き恥を晒し、その無力感を知っているのだから尚更のこと。



 そして折れた自分は三人のお陰でもう一度だけ前に進むことができた。

 成りたいと思った自分に、この一回で終わりでも構わないと。

 



 幸いにも死んだら後は任せろと、天野 恭平最も信頼する男が言ったのだ。迷う必要はない。





 あぁ、全く糸口が見えないがやってやる。

 そもそもこの程度に尻尾巻いて、ビビるような自分に成りたかったわけじゃない。


 任務は護衛、約一週間。守りきり、脱出する。



 真っ直ぐ恭平を見据え、敬礼する。





「対策庁、第三出向班。遠野 葵。これより護衛に入ります」




 それを受け、天野 恭平憧れが見事な敬礼で答えてくれた。




「了解した。武運を祈る」





 アロハシャツなのが締まらないが、俺達なんてこんなもんだろ。自然と互いに笑いが溢れる。



         

「じゃ、俺は北極にある研究所をでペンギンが出た潰してくるから狩ってくる。頑張れよ」



 北極にペンギンはいない。居るのは熊だ。つまりはそういうこと。


   

研究所は爆ペンギンの破するに限る焼き鳥は上手いぞ。 ……頑張るわ」



「マジでっ!?温泉入れるペンギン居たら連れてくるわ」



「それだけはやめろ、見つけても捨ててこい。頼むから」




そうして俺達は再び別れた。


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