バカの居ない部屋でこんにちは


 カタカタとキーボードを叩く音が部屋に鳴り響く。



 葵が外出し、朝食を取り終えた私――遠野 縁――は記憶にある世界と、

 今の世界との違いを理解するため、パソコンを使い情報を漁っていた。

 幸いにも、ある程度の使い方は知識として刷り込まれている。




 目にした知識を整理しつつ、広大な電子の海から次の情報を探っていく。

 第二次世界大戦は停戦と言う形で収束していた。

 記憶にある大戦の結末が、気にかかっていたこともあり、少し安堵する。


 勝って欲しかったと言えばそうなのだけれど、

 あれ以上犠牲を出さなくて済んだことを素直に喜びたい。

 後期を過ぎた辺りからは、本当に地獄としか言えない有様だった惨状が胸に過る。



 私にオリジナルの記憶があると言っても、

 ホントに断片的なものばかりで、思い出せる最も新しい記憶でも、

 病室のベッドの上で苦しんでいた記憶で止まっている。

 考えるに、異能に目覚めた代償はかなり重かった様だ。


 大戦後期、日本には魔導と原子力により造られた原子魔導弾、

 歴史上最悪の大量破壊兵器が投入された。


 魔導と化学兵器という両方の分野に置いて、

 劣っていた日本に予想以上の苦戦強いられた故の投入だった。


 元々、陰陽道や独自の魔導式の厄介さを調べていなかった相手国も悪いのだが……。




 それが主要施設九箇所同時空爆。


 投下物には魔導阻害を何重にも掛けられ、着弾を阻止することが出来ず、なされるがままに標的とされた主要施設は壊滅した。




 生き残りは一握りもいない。生き残りも重度の後遺症に悩まされた。

 被害は甚大だったが、原子魔導弾による被爆地域一帯で奇跡が起きる。

 不利だった戦況を覆す芽が生まれたのだ。



 放射線かそれとも魔導と掛け合わされた事で新たな影響が生まれたのかは不明だが、非常に強力且つ解析不能な魔導を操る者が現れた。


 被爆による重度の後遺症に悩みながらも当時、

 いや遥かに進歩した現時点の魔導を持ってしても、

 再現不可能な物がほとんどを締める。

 異能と呼ばれる能力を持つ者達が現れた。



 目覚めた異能は対象を制限されるが、

 後遺症の治療することが出来る者、心を読む者や、

 過去を見通す者、わかりやすく辺り一帯を焦土化す事が出来る者など種類は多岐に及んだ。


 後に畏怖と敬意を込め、【原初オリジン】と呼ばれる様になる。





 私の複製元オリジナルも再現不能という例に漏れず、

 対象の時間を操るといった馬鹿げた能力を有していた。



 だが、制限に引っかかったのか、

 治療は受けられずに重度の後遺症に苦しみながら、

 幾度となく戦線に出ていた。


 それに、自分の時間を巻き戻そうとしても、

 被爆する前の状態にはどうしても戻すことができなかったみたいだ。

 この辺が異能を発現したことに関係しているのかもしれない。




 そう考えると今の私は恵まれていると言える。

 身体はこんな形だが、自由に動き、成長も見込め、

 後遺症も実験の結果である色素変化ぐらいなものだ。



 子供ということで物覚えもいいのだろう。

 タイピング速度が調べ始めた当初よりも確実に上がっていることで、それを実感できる。



 加えて【原初】の異能を持っている。




 どこの国も欲しがるのは当然だ。

 改めて自分の出自が危険だと認識する。


 表立ってはアメリカと和解し同盟を組み、

 欧州連合とも友好的だが、停戦したが故にどの国も戦力を残したまま。



 つまり、何時戦争が再開されるかも知れない非常に危うい状態なのだから。

 自分たちの存在が公になれば、戦争の引き金になり兼ねない。





 ある程度、調べ終わったことで一息付く。


 恵まれているとは言え、この身体はあんまり言うことを聞こうとしてくれない。

 飽きやすく、空腹を覚えればすぐに食事をしたがるし、感情の制御も思うようにきかない。



 昨日の葵とのやり取りもそうだ。

 あれでは葵の選択を縛っているのと変わらない。

 結果として助かった身としては、

 これほどありがたい事は無いのだけれど、

 胸の内は素直に喜ぶことができない複雑な物となっている。



 確かに受け入れて貰えたことが嬉しかったこともあり、

 真っ向から否定はしないまでも、同衾どうきんは流石にやりすぎたと思う。



 今更言った所でどうしようもないのですけど。

 風呂であったり着替えであったり。

 夜の出来事を振り返ると頬が赤く染まっていくのを自覚してしまう。



――考えるのをやめしょう。




 振り払うように、改めてモニターに意識を戻した。





 対策庁たいさくちょう



 葵が所属する組織。

 日本の治安、安全維持を名目に、戦時中の【原初】達の大半が所属していた特別高等警察とくべつこうとうけいさつを前身とした、日本最大の魔導、異能取締組織。



 現警察とは別組織であり、通常の犯罪にはあまり手を出さない様にしているらしい。

 同じ取締をしていると言っても縄張りがあるみたいだ。



 コメントに金はあるが常に人手不足と書かれているがどうなのだろう?職員が濃い?ブラック?何のことでしょう…………スラングと呼ばれる言葉は刷り込まれていないので後で調べる事にしましょう。




 魔導局まどうきょく



 欧州連合を発祥とする魔導を研究、扱う者達、総称して魔導士を統括する組織。

 トップには魔導師と呼ばれる者たちが数人存在し、魔導発展の為、支部として日本に席を置いている。



 数としては対策庁の半分にも満たない。

 日本では異能のほうが根付いてしまったが故に、

 それを専門的に研究する者が少ないと考えられた。

 それに異能持ちの局員もかなりの数が居るのも、日本ならではと言ったようですね。


 合わせて、魔導士による犯罪や事件等を取り締まる権限を一部移譲されているみたいだ。


 すごく居心地がいいが手取りが少ない。

 と書かれていますが資金難なんでしょうか?

 残業が出来ない?スーパーホワイト?これも後で調べましょう。






 異能連盟いのうれんめい




 特別高等警察が組織改変の折りに所属する異能者達が立ち上げた、異能を研究、異能者の統括を担当する組織。

 対策庁より、魔導局と同じく取締に関して一部権限を移譲されているようだ。

 しかし、対策庁とは違い、現代兵器の武装に制限が有るみたい。

 上記の魔導局も同様の様子。



 友好のある国にも異能の研究発展の為と魔導局と同じ名目で支部が存在している。


 異能が世界でも一番根付いている関係上、数も対策庁の半分以上は居ると記載されている。

 異能の因子情報を管理しているところでもあるらしい。




 因子いんしの項目を選択する。


 異能はその個人の身体の一部、もしくは身体自体が魔導式として

 成立している事を仮定して研究されている。

 異能を持つ者から、その効果や本人の遺伝子情報を魔導式として、

 算出し身体に適合するように作られた物を因子と呼ぶ。


 相性もあるが、因子に適合できれば若干強度は落ちるが、

 後天的に異能を獲得することが出来るようになるものらしい。


 それは遺伝するようになり、

 別の異能者との掛け合いでさらなる異能を獲得する事もあると書かれていた。



 つまり私達を捕まえて、実験を繰り返せば因子を獲得すれば、

 強度は若干落ちるとはいえ、【原初】持ちを量産することができるのでしょう。

 より危険を認識してしまいましたね。



 ここはコメントに目立ったものは書き込まれていない。

 もしかしたらここが一番平和なのかもしれない。



 横道に少し逸れたが、大きな組織は粗方見たので項目を日本から世界に移す。







 三大同盟さんだいどうめい



 アメリカ、オーストラリア筆頭にオセアニアとユーラシア大陸の最前線である日本が結んだ同盟。

 それにアジア周辺の島国を加えたもの。今私達がいるのもそのあたりの国のはずだ。



 大連邦だいれんぽう



 日本でいう魔導局と異能連盟の代わりとなる能力研究機構が存在している。

 噂を見る限り、目的のためには手段を選ばない組織みたいですね。



 中亜共同体ちゅうあきょうどうたい


 大連邦と同じく、能力研究機構が存在している。

 他の組織の設置を認めずに中立と謳っているところは逆にすごいと感じる。




 欧州連合おうしゅうれんごう


――――。

――――――――――――。


 この辺りで別の項目に目が行ってしまった。

 当時の偉人達と書かれた項目。


 まだ調べ終わってはいないと理解はしているが、

 好奇心を抑えきれずにクリックしてしまう。



 国ごとに一覧が表示されている中から日本を選択。


 そこには会ったこともない人物の名前が並んでいたが、

 私の持っている記憶が懐かしさを訴えていた。


 戦場で後遺症を患っているにもかかわらず、しつこく軟派してきた者や此方を気遣いながらも一緒に盃を酌み交わした者、病室に篭りがちになっても度々見舞いに訪れ、懸命に治療しようとしてくれた者。



 既に大半がこの世を去ったのだろうと、どこかで理解していたが、改めて史実として確認することで実感が沸いたのだろう。瞳から涙が零れている事に気づいた。



 家族に囲まれて幸せに逝けたのだろうか?

 願わくば幸せに逝っていてほしいと願ってしまう。

 抑えが効かず、どうやって最期を迎えたのかが気になり読み進める。



 戦場や病室で逝った者。

 まだ異能の効力により生きている者。

 どうやら私達のオリジナルは前者で病により去ったようだ。

 特に私のオリジナルは二人に比べて後遺症に終生苦しんでいたと記述がある。



 しかし、なんとか子供を産み、幸せに逝けたようですね。



――――お相手は……あらあら軟派さんでしたか。わからないものですね。







 少し疲れたので涙を拭き、伸びをして後ろに振り返る。


 そこにはタッチパネルの前でシュークリームを注文するかしないかで葛藤を繰り広げている雫と、それを止めるべきなのかどうかを悩んでいる燈火の姿があった。



――――話し合った順番とは言え、長い間ここを占拠してしまうのはよろしくないみたいですね。



 どうにか決心がついたのか、雫を止めた燈火は冷蔵庫の中から自分の分のデザートを取り出して彼女に渡していた。

 そんな同胞とはいえ、妹の様に思っている二人のやり取りに自然と笑みが溢れる。



――――この項目を見終わったら交代するとしましょう。




 再びモニターに視線を向ける。







 一つ一つ見ていく中で天野 恭平という欄が目に留まる。

 病室に暇があれば顔だし、治療をしようとしてくれていた者の一人だ。




 どうやら存命ようなので項目を選び、近況を確認しようとする。

 別段私には関わり合いは無いだろうし、あったとしても深く話し合う資格はないでしょう。

 所詮は借り物の記憶なのだから。




 そう思った所で部屋のドアがノックされた。


 調べ物に時間を掛けたとは言え、葵が帰ってくるには少しと言うかかなり早い。

 それに帰ってくる際はこのパソコンに予めメールを送る予定となっているはずだ。


 メールボックスを確認するが新着はない。


 いや、今届いた。確認する。









――――送り主が違う。知らないアドレスだった。







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



ここを開けろ。



三人が居るのは知ってるんだ。



早く出ろ。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――







――――脳内に警鐘が響いた。







 書かれていた内容は少なく、含まれている意図はただ一つ。

 だが、危機感を覚えるには十分なものだった。


 バレた?現状、私達は表立って活動をしてはいない。

 発覚するにしても早すぎる。


 どこから?


 どうして?


 せっかく自由になれて、平穏に暮らしていけると思ったばかりなのに。

 手にしたぬくもりが、依るべき場所が、希望を抱ける空間が全て奪い去られる。

 間近に迫った可能性に恐怖が胸を占める。




 扉を叩く力が強くなる。


 二人が異常に気付き、駆け寄ってくる。

 どうにかしなけらばとする意思はあるが、

 押しつぶされるような恐怖により、思考が正常に働かない。



 隠れる? いや、探されたら時間はかかるが確実に見つかる。

 逃げる? どうやって? 土地勘もないのにどこに逃げるというのだ。

 それに確実に追ってくる上に騒ぎになる。



 闘う。これも却下。

 未だ異能を十全に扱う事が出来ない後ろの二人が頭を過った。

 自分自身もあまりうまく使うことが出来ないのにどうすると言うのだ。



 それも逃げるより騒ぎは酷くなる上に被害も相当出るだろう。

 短時間なら時を止めることもできるが、反動でまともに動けなくなるかもしれない。



 なんとか振り返り、二人の様子を見る。

 私と同じく恐怖や不安といった色が伺えた。


 よしんば出来たとしてもその後どうする?合流できるかもわからない。

 間違いなく追手がかかる。





 思考が出口の見えない迷路に陥っていると、急に扉を叩く音が止まる。





 しばらく動けずにいたが、それ以降、扉から音はしなかった。

 もしかしてら、従業員が尋ねる部屋を間違えただけなのかもしれない。

 ただの勘違いだったと結論に至り、力が抜ける。



 そうなるとメールの件が不可解だが、葵が帰ってきてくれれば、相談することもできる。

 落ち着いて時間をかければ何かわかるかもしれない。

 私達の生存が知られていることを前提にして、案を練り直すことができるだろう。




 激しい動悸を落ち着かせながら、今後を思念していると、

 今度は部屋の通風口から物音が聞こえてきた。

 規則的でいて、荒い息遣いが共に耳に届く。


 それは人が通ってきてる事を証明していた。




 完全に盲点だった。

 今の日本は調べて居ないから分からないが、ここは海外で、

 通風口は点検できるようにと、人が通れる大きさになっていたということ。



 通風口の柵が乱暴に叩かれる。

 蹴破ろうとしているのか、少しずつずれてきている。

 現状を見ないふりをして、押し込めていた恐怖が再び顔を出す。




 普通に考えれば、本来誰もいないはずの部屋を訪ねるわけがないじゃないか。

 訪れたとしても従業員なら扉を激しく叩く必要などない。




――――馬鹿ですか私は! まるで幼い子供じゃないか。



 後何回か衝撃を与えられば、柵が落ちて人が入り込めるようになるだろう。

 追い詰められた状況に二人だけでも逃がそうとドアへ走るように促すが、確かな意思を持って拒絶された。




 私と並び、異能の発動体制に入る。

 横目にした二人の顔には恐怖が色濃く浮かんでいたが、決して逃げようとする瞳ではなかった。

 水杯を交わし、戦場に飛び立っていった特攻隊員達が似たような瞳をしていたと、記憶が告げた。

 



 ならばと覚悟を決める。



 葵と合流するためにここを乗り切って見せると。

 初めての戦闘に身体が震えるが喝を入れ、なんとか堪えた。

 ここで私が臆したら勝機が見えなくなる。




 そして通風口の柵が完全に外れ、乱暴な音を立てながら地面に落ちた。

 能力の発動を待機状態にして降りてくる相手を待つ。








 そして、男が降りてきた。



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