独りぼっちは窓から飛び出す


 暗い部屋。

 雨の中立ち尽くし、遺影いえいを持って涙を流している小さな男の子が映る。



 これは夢なのだろうか。



 少年の周りには大人たちがうすいい笑顔を貼り付けて囲んでいる。

 少年の為と言う言葉の裏には自分達の利益を求める色が見え隠れしていた。


 時折、薄い笑顔をゆがませた大人たちの会話が進む。

 詰め寄られた少年が発した言葉など意にも介さず、自分たちの都合を押し付けて話は流れていく。




 俺は遠巻きにそれを見ているしか出来ない。

 そして気づく。これは過去の自分だと。

 遺影を持って泣いていた少年はかつての自分。



 当時五歳。

 両親は対策庁の職員として働いていたが、ユーラシア大陸の半分以上を傘下に置く、

 大連邦の組織、能力研究機構のうりょくけんきゅうきこうとの小競り合いで死去した。




 一応、我が遠野家は対策庁に席を置いている。

 特筆すべきものは無いが代々続く家柄で、それ相応の資産があった。


 当主である父親がまだ若くして亡くなった事もあり、

 家は荒れ、跡継ぎとなれる適正を持つ者は俺以外おらず、

 能力的にもぐことが困難な者がほとんど。



 継いだとしても命の危険がある対策庁の所員。

 能力が足りなければ、職務を遂行すいこうすることなどが出来る訳がない。

 近い将来、父親の後を追うことになるだろう。




 当然、継ぐ者など居らず、当主として持ち上げられたのが俺だ。

 五歳の少年に何ができるわけでもなく、庁には一旦休職となる免状を貰えはしたが、

 同時に叔父さんや叔母さん。果ては遠縁の名乗る親戚かどうかもわからない奴らに詰め寄られた。



 当時の俺には何がなんやらわからず、頷き、言葉に従うしかなかった。

 利用されたと気づいた時には既に手遅れ。


――まぁ気づいた所でガキ独りがどうにかできたとは思わんが――親戚共に資産の殆どを持ち出された後だった。





 最後には自分が育ってきた邸宅を売り払われ、

 僅かに残された資産を手に、父親が対策庁の近くに所有していたマンションの一室に独り、取り残された。



 最期に残った資産には俺の養育権も入っていたため、

 受け取りを希望する者は居らず、ハエのように群がってきていた大人たちは自分から距離を置いた。


 時折、両親の同僚と思われる職員達が遠巻きに様子を見に来るだけで、それ以外、特に変化の無い日々が続いていった。



 当然だった。関われば面倒な事になる。誰も関わらないのは当たり前だ。


 かろうじて生活を補助するヘルパーは、庁が手配してくれていたが、

 引き取り手が来るまでの間だけという条件で、

 それも近いうちに打ち切られるとの達しも来ていた。



 引き取り手がいないのである。

 一般家庭ではまだ異能を発現していないにしても、引き取るのは危険であり、

 異能を受け入れる環境を持つ家庭は、対策庁とは違う組織に所属している場合が多い。



 異能自体、そもそも伏せられる傾向が強い。

 何故なら、異能は魔導と違って特有の物が多いからだ。


 炎にしろ、水にしろ、ありふれたものだろうと強弱も含め、

 伏せておきたいのは当然だ。

 魔導とは違い、変えることが出来ないのだから。


 使う用途が競技にしろ、研究にしろ、命を掛ける戦闘なら尚のこと、手札を晒す行為は自らの首を締めることになる。





 例外なのは十二家だ。有名すぎる故に伏せることが敵わない。

 だが、知られた所でそれをねじ伏せるだけの力もある。

 それでも当主や、表に出ている人間以外の情報は伏せられている。

 関わり合いの無い所の、しかも何時家を出るかも判らない子供を引き取る場所があるわけがない。




 十二家に引き取って貰う案もあったらしいのだが、

 遠野の異能はイマイチ微妙で個人個人で能力もバラバラ。


 発現せずに魔導のみという場合もある為、その案も十二家直々に却下されたみたいだ。

 十二家に入ったとしても、発現した異能や使える魔導が弱ければ、

 多かれ少なかれ防衛や任務、課せられている義務により、戦闘を行う可能性がある。



 そして戦闘を行う以上、死亡する事も考慮しなければならない。



 例え、養子だとしても十二家の者が戦いで死んだという事実はかなりの問題になってしまう。

 国を代表する十二家は力を誇示することも重要な役割となる。

 故に、それを理由として対策庁に所属している土生滝はぶたき鴇頭森ときとうもりには断られていた。



 他の十二家には打診はしなかったらしい。

 別段、対策庁と仲が悪いわけではないが、それぞれが所属しいる組織があり、戦闘という観念では対策庁所属の家より多いため、できなかったようだ。





 そうして独りで暮らしていくには広すぎる部屋は、

 やがて監獄となり、自分は静かに終わっていくのだと、何時しか感じるようになっていた。



 どうでもよくなっていたのである。



 親を失い、家を無くし、頼るアテもなくなり、喚いた所で何一つ変わりはしない。

 信頼していた親戚には厄介者として扱われ、

 アテにされた資産が少なくなると、慰める所か謂れのない暴言を吐かれる。


 そして最後には誰も近寄らなくなった。

 それは五歳の少年から生への活力を奪い去るには十分な出来事だった。





 だが、そんな生活も唐突に終わりを迎えた。







――場面が切り替わる。




 独り、マンションの一室で遠い目をしてる過去の自分。




 そこへいきなり扉を蹴破けやぶり、入ってきた旧日本軍のふるくさい軍服を着た男。




 乱入してきた男は俺を見て口を開いた。



「お前が康平こうへいのガキか、湿気しけた面してんなおい。今日からお前の父親代行になる天野 恭平だ。自分で言うのもあれだが、超有名人だからこれ以上の自己紹介はいらないだろ」



 テレビの中でしか見たことの無い有名人の登場だった。

 固まっている自分の頬を、日本最高戦力である男がつかんでいじくり回す。



「ほら、自己紹介しろ、早く。男の子だろ」



 うながされ、なんとか自己紹介をすることができた俺に満足したのか、突然の事態に呆然としている自分を持ち上げて肩に乗せる。

 子供だった事もあり、どうすることも出来ず、なすがままに肩車をされた所で恭平が口を開いた。



「まずは湿気た面をどうにかしないといけないから、そうだなぁ……まずは日本横断でもするかぁ」



 子供じゃなくても何をいってるのかわからないことを口走り、窓へと歩いて行く。

 久しぶりにされた肩車、見える世界が変わったことで、

 何も言うことができないままに窓へと辿り着いた。



 そして、何の前触れもなく窓ガラスを突き破り、七階から飛び出した。

 状況に着いていけないながらも、ガラスの破片が危ないと身構るが、不思議と怪我一つ無かった。

 そして現実に思考が追いつき、落ちることに恐怖して騒ぎ出す自分。



 だが、そんな未来は訪れず、喚く自分を笑う声に冷静さを取り戻し、

 今度は別の意味で騒ぐことになった。



 何故なら落ちることなど無く、空を走っていたからだ。




「はっはっはー。どうだい、天野超特急は?快適だろ。じゃ、まずは北海道へ向けてひとっ走りするぞ」



 ありえない展開に思考はついていかなかったが、

 出会った未知に、空を駆けている現実に興奮を隠しきれなかった。

 この時俺は、両親が死んで以来初めて笑えたのである。

 そうして笑った俺へ言葉が届く。



「そうそう、ガキなんて笑って楽しんでればいいんだよ。

 とーちゃんと、かーちゃんは先に向こうに逝っちまったんだ。

 お前が向こうに逝った時、思い出話の一つもできないんじゃ悲しいだろ?

 その為にもたくさん楽しんどかなきゃな?」



 子供時代の俺には内容の半分もわからなかったが、

 父親と母親がまた笑ってくれる話をしたいと思ったのは今でも覚えている。


――しっかり捕まってろ――と恭平が口にしてからは凄かった。

 驚きと発見の連続だった。




 雲を突き抜けるとびしょ濡れになること、雲の上は寒いこと。


――空ばかり走るのに飽きた――と陸路に変わり森を走り抜けた時に、初めて目にしたイノシシや熊。


 早々と変わっていく景色にみかん畑があり、収穫前のみかんが青い事。

 再び空に戻れば、鳥があんなに高く飛べることを知った。


 変わりゆく視界に、感じる空気に、全てが初めての連続だった。

 海でフェリーと並走したりもした。海水はしょっぱかった。

 こっそり飛行機の上にお邪魔して落ちそうになり震えたりもした。




 そして気付いた時には目的地である北海道へ到着していた。




 肩から降ろされ、初めて見る広大な平原に目を奪われ、

 辺りを見渡している家に恭平の姿が消えたこと確認して泣きそうになるが、笑い声が聞こえてきたことで安心する。



 どこからか、放し飼いにされている牛を捕まえてきたのか、

 笑いながら牛に跨った恭平が此方にやってくる。

 そのまま一緒の牛に乗せられ街へと向かった。





 後から聞いたことだが、1ヶ月ほど有給を取れと時の総理に言われたらしく宣言通り、恭平は全国横断ツアーを敢行した。



 全都道府県の名物を観覧し、名産品に舌鼓を打った。

 道中、無駄にサバイバル知識を伝授されたり、

 大戦時の思い出を聞き、自分からは両親の思い出を語り、自由気ままな旅を楽しんだ。


 時には天野式飛行術と称して滝から叩き落されたりもしたが、楽しいことに変わりはなかった。



 遊び疲れ、背負われて自宅に帰ってきた時には、もう悲しい気持ちは吹き飛ばされていた。



 再び、生きる気力を取り戻した俺は自室で目を覚まして恭平を探す。

 忙しいと聞いていたのを思い出して泣きそうになったが、

 ここで泣いたら帰ってきた時に恭平に笑われると思いぐっと堪えることができた。



 そして恭平が再び訪れた時には親戚関係の問題も全てが片付けた後だった。


 しかし、当時の自分にはそんなことより

 ――よく泣かなかったな、偉いぞ。流石男の子だ――と

 大きな手で乱暴に頭を撫でられた事の方が余程嬉しかった事を覚えている。




 そうして俺は天野 恭平に引き取られた。







 場面が次々と切り替わっていく。







 そこからは毎日が楽しかった。

 時間を見つけて訪ねてくる恭平に振り回される形ではあったが、

 再びあちこちに繰り出したり、学校での話を聞いてもらった。


 有給を取らされれば家に泊まることもあった。

 料理は出来るはずなのに――男の料理――だと無駄に旨いもやしオンリーの炒め物に笑いながら卓を囲んだ。



 親がいない俺はいじめの対象なったこともあったが、

 それに対する心構えを説かれた事もあった。

 無実の罪で学校に呼び出された際には、

 どこからか証拠を集め、先生や相手を正論で完膚なきまでに叩き潰してくれた。



 時には魔導の教えを乞うた事もある。

 喧嘩に負け、悔しくて泣きついた時には効率的な喧嘩の指南を受け、何故か熊と戦わされたりした。



 赤点を取れば天野式教育法と称して、角砂糖に囲まれた机に縛り付けられた事もあった。

 運動会では魔導で別人に化けて、自作の大旗振り回し誰よりも響く大声で応援され、恥ずかしい思いをしたことも覚えている。


 悪さをすれば拳骨を落とされ、嬉しいことがあれば一緒に喜び褒めてくれた。






 気付いた時には初等部が終わり、中等部に。


 幸いにも異能に目覚めつつあった自分は、

 いつの間にか憧れていた背中を追い求め、

 休職扱いである遠野の席を利用してまで無理を通し、対策庁の非常勤として所属することとなった。



 そこで知ったのは希望ではなく、自分の才能の無さである。



 憧れた背中はどんなに焦がれても届かないと言うこと。

 異能だけでなく、魔導力も足りていない。

 中途半端の一言に尽きた。

 決定的な才能が無いのは致命的だと。



 今考えると贅沢な話だが、徐々にしか伸びない魔力に歯がゆい思いをしながら、魔導がダメならばと肉体面を鍛えるために恭平に師事を頼んだりもした。

 倒れそうになりながら異能を使いこなせるように意識を飛ばしながら訓練もした。



 現実に目を背けながらもまだ行けると、

 自分はこんなもんじゃないと。

 こんな所で終わりたくないと。

 成長を信じ、努力で才能を覆すという妄想を本気で信じていた。



 仕事の一環として目にした、異能を一切使わずに相手を制圧する恭平の技量を間近で感じたこともあり、更に拍車を掛けていた。



 自分も何れ辿り着けると。




 だが、高等部に上がった十六の冬。

 通っていた風華高校での出来事。


 それにより決定的に挫折することになった。

 現実は自分が想うほど、甘くなかった。

 何かを成せるのは選ばれた人間か常識をぶち抜けるような努力や発想を持っている者だけだったのだ。





――――そして俺は決して超えることが出来ない現実を知り、心が折れた。












「――――嫌な所で終わったな……。」






 目が覚めた。非常に懐かしい記憶。

 昨日恭平と話したこと、縁に語った内容も関係してるかもしれない。

 自分の周囲を確認すると縁だけでなく、燈火や雫まで一緒の布団に入り込んでいた。

 右に燈火、左に雫、身体の上には縁が寝息を立てている。


 目が覚めてみれば、少女まみれの惨状に溜息が出るが、

 三人なりに不安を和らげるためなのだから仕方がないと目をつむる。


 何れは辞めてもらわねばならないが、今すぐ辞めろとは言えない。

 しかし、あのネタに食いつかずにはいられない後見人が、

 この光景を目にしたら何を言われるかわかったものじゃないので、

 早めにどうにかしようと心に決めた。



 時刻を確認する。まだ六時半。


 しかし今日はそこそこ予定が詰まっている。

 このまま二度寝と洒落込みたい欲求に逆らう為ベッドから出ようとするが、

 三人が抱きついているため、出るに出れない。



 夢を振り払うためにも寝ている所、悪いと感じるが声を掛ける。




「寝ている所悪いが少しどいてくれないか?」




「んっ……。あっ……ごめんなさい」




 どこか色を含む声と共に、最初に起きたのは燈火だった。

 意識が戻り、自分が俺の腕に抱きついている事に謝罪をしつつ、名残惜しそうに離れていく。



 まぁ、甘えるにしてもこれぐらいなら良いのだが今回は許してくれ。

 離れる際に浮かんだ顔に罪悪感を覚えつつ、後の二人も起こした。




「もう少し甘えてもいいんでしょうか?」



「後五分……」



 縁、雫の順番に燈火とは逆の事を口にする。

 これからの事も考えると甘えてくることは正直嬉しいのだが、

 今日はやることがそこそこ詰まってるむねを伝えると渋々しぶしぶながらも退いてくれた。





「では、明日なら大丈夫ということですね?」



 と縁が要望を述べる。まあ、しばらくは仕方がないか……。


 甘やかしてると自分でも思うが、昨日の言葉がちらつくせいで無碍むげにできない。

――お仕事頑張って――と、雫の言葉に癒やされたので着替えることにする。


 そして着替えながらふと気付いた。




――――そういえばこの三人、見た目とは違って貞操観念あるんだったなぁ。



 振り返ってみるとニコニコと此方を眺める縁。


 手で顔を隠してはいるが、隙間からバッチリ覗いている燈火。


 顔を赤く染めながらも――ジッ――と此方を見詰めている雫。




 年端もいかぬ少女達の前で、自分がストリップというか、

 生着替えをしているという謎の状況に陥っていた事に改めて気付いた。



 おい、誰得だよ。そんな趣味はないぞ。



「こら、見世物じゃないぞ。もう一眠りしておきなさい」




 声を揃えて返ってくる返事に、満足して着替えに戻る。


 が、背中に感じる視線は変わらず有るため妙に着替えにくかった。

 支度を終え、朝食は各自で適当に取るように伝え、早々と用事を済ます為に外出する。





「じゃ、行ってくるわ」




「「「いってらっしゃい」」」





 久しぶりにするやりとりに、自然と口角が上がるのがわかる。

 ホテルを出た俺は、朝日の中歩く人混みをすり抜ける内に、

 普段より歩くスピードが早くなっている事を感じた。


 今日はどうやら早めに帰りたい様だ。











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