愉快な後見人はマンハッタンで腰を振る



 久しぶりに起動したデバイス――Cordと端に彫られている黒いブレスレット――には後見人のアドレスが入っている。

 正確にはこのデバイスにしか入っていない。

 あのふざけた後見人は自分が思っている以上に大物だからだ。



 故に連絡手段は少ないほうがいい。

 仕事で使っているデバイスは、仕事の関係上、どうしても人の手に渡る機会が多い。

 一応誤魔化してはいるが、俺を引き取る時もかなりの無茶をしていたらしく、少しでも迷惑を掛けない為の措置だ。



「あ? 子供が何生意気言ってんだ。心配するより遊ぶことを考えろ。社会は怖いぞ~。だからガキの内に楽しい思い出いっぱい作っておけ。大人になっても楽しい思い出を作れるようにな……ガキの内に楽しめなかったやつは人生損するぞ」



 久しぶり会話する事もあり、昔色々あって消沈していた自分に掛けられた言葉を思い出す。



 此方の気遣いを生意気の一言で片付け、相続問題や学校の手続き等、

 気づかぬ内に処理していてくれた。


 ただですら、大きな恩があり、今まで散々迷惑を掛けたのだ。

 できれば特大の爆弾を持ち込みたくはなかったが仕方がない。




 リストから―天野あまの 恭平きょうへい―を選択して通信を入れる。



 ただ、欠点を挙げるとすれば、非常にぶっ飛んでいる。

 簡単に言うとすごく疲れる狂ってる



 説明するより聞いたほうが早い。



 十秒程で通信がつながり、聞き慣れた声が耳に届く。











「お前から連絡とは珍しいな。どうした? 俺は今マンハッタンの夜景を見ながら腰振ってるんだが?」











 このデバイスに映像機能が無いことを本気で神に感謝した静かに天を仰いだ









「お楽しみ中ならなんで出たんだよっ!!」




 全力である。若干聞こえる規則的な衣擦きぬずれの音は無視した。




「最近構ってないから待たせたら悪いと思ってな。待ってろ。すぐ終わらせるから……」



――こっちに悪いわ!と、心の叫びを無視したように――フッフッフッ――という息遣いに、聞きたくもない衣擦れの音が加速する。

 改めて通信を掛けなおそうと手を伸ばした辺りで唐突に――フォォォォ!!――と甲高い奇声が聞こえ、何かが割れる音がした。




「あっ、やっべ。照明割れた……」




「何してんだよっ!どういう状況だよ!」




「部屋に備え付けのフラフープがあったからテンション上げて回してたら空飛んだ」





「もうツッコミ追いつかねーよ!」



「二十三世紀にして漸くタケ◯プター亜種ができたわ」



「それ以上はやめろぉっ!!!」



 備え付けのフラフープってなんだよ!? 

 なんでいい年こいた奴がフラフープで遊んでんだよ!

 それ飛べるの? えっ、俺がまちがってるの?

 無茶苦茶すぎる会話に脳が思考を放棄する。





「で?厄介事か?簡潔にまとめて報告してくれ」



「突然真面目にならないで欲しい。困惑を隠せない」



 気を取り直して報告をしようとした所で静止が入る。



「このフラフープ盗聴器付いてるわ。ちょい待って、今部屋調べるから」



「大丈夫なのその部屋!?」



 忘れそうになるがこの後見人は大物なのだ。

 国外に居るだけでその国から監視が付くのは当然の事。


 まぁ監視がついた所でどうこう出来るとは思わない。

 というかこの人がどうにかされてる所とか想像ができない。

 ちょっかい出した奴らが大変愉快な事になるだけだろう。



 向こうから破壊音や水が流れる音が聞こえるが気にしない。

 それだけあちこちに盗聴器が仕込まれているのだろう。

 爆発音が聞こえてたが、心を無にして待つ。


 はるか昔に名を馳せ、今尚、続いてるロボットが使うライフルの発射音。

 某将軍の殺陣たてのテーマが流れてくる。



「ねぇ!!どういう状況!?」



「ツッコミ待機なう」



「いい加減にしろやぁっ!」




 色んな所を敵に回すのは耐えられないからやめて欲しい。




「で、なんだっけ? バンド組んでたら妊娠したんだっけ? 赤飯送るから待ってろ」



「このやろうっ! そろそろぶん殴るぞ!」



「おーけー、おーけー、話し合えばわかる。まずは落ち着け」


――――こいつっ…………!



 此方を煽るような口調でなだめられるがぐっと堪える。

 落ち着くため深呼吸をし、盗聴器の除去は済んだのか確認する。

 どうやら元々終わっていた作業と言うことを聞き、余計に腹が立った。


 もう一度深く息を吸い込み、意識を切り替える。

 仕事の報告でもあるので口調を正して話し始める。


 出向で見つけた研究所。実験内容と思い出せる限りのデータ。

 そこで拾った三人娘の事。保護すると決めた事。

 現状自分では対処出来ないので力を借りたい事。




 報告が終わり、間が開く。



 正直、俺がやらかしたことは立派な背信行為はいしんこういだ。

 三人を救う為、戦争を回避する為といったところで虚偽きょぎの報告、破壊工作をしたのは間違いない。

 何らかの処罰を貰ってもしかるべき事だ。



――まあ良くて退庁かなぁ……。



 色々と入る際に世話になったこの人の顔に泥を塗ることになるのは忍びないが仕方ない。



まとめると、子ども達の痛いけな秘密満載のHDDを脳内保存して壊し、幼女をかどわかして着せ替えたら愛着が湧いたので、家族プレイしたいから協力しろ、と……」




「おい、待てや。なんでそこだけピックアップした」




 それ程間違ってないから余計にムカつく。

 それと生まれたばかりだが、一応は少女だ。

 悪意のある言い回しに真面目な空気だったはずが、いつもの空気に変わってしまった。

 なんだ、俺は思春期の中学生か!? それでいいのか、特別顧問。



「久しぶりに話した家族が妙に余所余所しいから」



「自分の立場を考えてくれよ……」



「家族って辺りは否定しないのがミソだな。」



「ぐぬぬ……」




 嬉しいのはもちろんあるが、それ以上に立場の差がある。

 片や対策庁特別顧問、片や平職員。


 独りで生活するようになってから特にそれを意識してしまう。

 俺は救われた存在だ。

 現実に打ちのめされ、社会を知り、自分が思っていた以上の迷惑をかけた事、それがどれほど大変だったかを理解してしまった身としてはどうしても、家族とはそういうものじゃないと思っても行動に移すことができない。

 一度は諦めたとは言え、それがかつて憧れた人物であるのであれば尚更だ。




「お前、また小難しい事考えてるだろ。似合わねーんだから昔みたいに俺の真似して中二病拗らせて刀と拳銃引っさげて出勤すればいいだろ。俺から見ればお前なんてどこまで行っても子供なんだから今更何しようと別に変わらんだろ。ほれ、良く俺に言ってただろ、【僕、恭平みたいにな…………」



「――っ!貴様ぁぁあっ!!!」



「ほら、ツッコミだけじゃなくて話したい事あったら話せ話せ。いくらお前が俺に迷惑かけようがそれぐらいで揺らぐ俺じゃないのは知ってるだろ。ハッハッハッ。」



 それに、と付け加え。



「カッコつけてるつもりで、未だにこじらせてるお前のことだ。どうせ似たような事を三人にも言ったんだろ?なら言った本人がやらないのどうかなぁ……葵君?」




 

 昔の事黒歴史を持ち出され、それ以上聞くのもこっ恥ずかしくて止めてしまう。

 どこまで行っても敵わないと思いながらも、わざとらしい欧米式の笑い方に腹が立つ。


 確かに三人娘にも似たような事を言った手前、自分がやらないのはおかしな事になってしまう。

 少しずつでも変えていこうと、いや、戻していこうと考える。








「じゃ、対策庁特別顧問としての見解を述べようか」



「だから唐突な切り替えについていける気がしないんだが」



「正直良くやったと思うぞ。実際問題、余談は許さぬが戦争は回避されたと言っても良い。表沙汰に出来ないから報奨を出すわけにもいかないところが惜しいがな」



 予想に反して、処断どころか報奨出すレベルの評価だった。



「そもそも規則とは組織に不利益を与えない為の保険であり、規則に縛られた結果、損害を出すなんて本末転倒も良い所だ。依ってこの件に関しては俺の名の元に正当性を保証する。まあ外交は俺の仕事じゃ無いがな。俺の役目は日本の安全、治安維持だ」



「それって丸投げだろ」



「そうとも言う」




 バレた未来に襲い来る重圧を受けるであろう、総理や外交官達の胃に黙祷を捧げていると、恭平が次の言葉を口にする。




「で、クローン、いや、三人娘達に関しては此方で戸籍等は用意する。約一週間だな。一週間以内にそちらに使いを出す。合流後、出向を終え本庁に帰投されたし。本件は特別対策室が預かる。以上。よくやった」








「いいのか……?」



 久しぶりに恭平から褒められた事もあり内心ガッツポーズをするが、かつて聞いた恭平の話を思い出したことで、疑問を投げかける。




「ああ、それは別に構わんよ。三人はあいつらの名前じゃなくて別の、自分だけの名前を決めたんだろ。なら、それは個人として確立してるだろ。他がなんと言おうが三人が自分を自分だと言えるのなら、俺は何も言わんよ。生まれたことに罪はないのだし、それでいいと思う」




 恭平は少なくとも二百年以上生きている。

 三人娘の複製元、つまりオリジナルと面識がある。

 というか十二家の初代達と大体が顔見知りであるのだ。

 関係は色々あったが戦友であったり、バカやって一緒に叱られた同僚や酒飲み友達だったという話もあった。



 それに恭平自身が、沈み散っていった友の死を大切にしている。

 友人達の死をけがし、再びこの世に縛り付ける行為。

 その結果である三人娘達に何か思うことがあるのかと思ったが、どうやら杞憂きゆうらしい。




「例外はもちろん居るが、俺の友人達は戦場であれ、病室であれ、確かに死んだ。あいつらの物語人生はそこで終わったんだ。受け継いだ者もいた。完結したんだ。それを無理やり生き返らせて終わったはずの道を踏みにじるというなら、そうだなぁ…………その時はその時だ。覚悟してもらおう。」




 通信越しだというのに最期の言葉に寒気が走る。




「確かにこの研究は危険だ。初期教育で間違わなければ優秀な兵士を創出できるが、あいつらの人格は邪魔にしかならない。持論だが魂の、想いの無い力って案外脆いからな。それに対して思うことが無いわけではないが、俺がブチ切れるような事にはならんよ。三人に何か有るわけでもない、むしろ楽しみでもあるしな」







――――別の意味で寒気がした。






 この男、絶対会う気だ。

 刷り込まれた知識とオリジナルの記憶があると言っても、あの三人には経験がない。

 まだ生まれたばかりの赤子と同じだ。

 真面目な時ならまだしも、このふざけた男との邂逅がどれだけ悪影響を及ぼすか分かった物じゃない。



 簡単に言うと教育上よろしくないから見ちゃダメな部類だ。

 無駄に求心力が高いのもタチが悪い。

 反面教師にしてくれるならまだしも、真似し始めたら手に負えない。

 四六時中疲れることになる。


 そんな未来が頭に過り、会わせる前にある程度教育しておかねばならないと決意する。



          ・・

「じゃ、とりあえず。また連絡するわ。飯食ってる三人のところに戻るよ」




「おう、ゆっくり休め。それと戻ってきたら顔ぐらい見せろよ」





 通信を切り、3人の所に戻る途中に恭平からメールが届く。




――――――――――――――――――――――――――――――




デバイスの修理は担当にだしとけ。

予算はこっちで下ろす。




PS.

端っこにCord(絆って意味だっけか?)と自分で掘った恥ずかしいあれ。

そう、中学校入学祝いで渡したデバイスを連絡用と称し、まだ持ってる葵君に朗報。


軍服、軍刀、軍盃ぐんぱい

恭平さんなりきりセットが自宅の押し入れに……



――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「おちょくるのも大概たいがいにせいやぁあああ!!」



 途中まで読んだ辺りでデバイスを叩きつけそうになるが、これが壊れたら予備が支給品の警棒型デバイスだけになってしまうのを思い出して堪える。


 意味知っててカッコの部分聞いてるだろ!

 人の黒歴史ほじくり返して楽しいか!?

 ふざけないと死ぬのかあいつはっ!

 おちつけ、軍服等一式が気づかぬ間に用意されてることも置いとけ、相手の思う壺だ。



 右腕についてるデバイスを見る。

 これも今のデバイスと同じく特注品で、

 恭平から中学校の入学祝いでもらった物だ。

 大分使い古していて、過去の過ちによりCordと端に刻まれているが、色んな意味で触れては行けない部分だ。



 型が古いので容量と大きさに問題があるが、

 処理速度、強度は一般で流通してる現行のデバイスより性能はいい。



 しばらくの間はまたこいつの世話になることになるだろう。

 まあ普段休日などはこいつを財布代わりにしている事も多いので、違和感も少なくて済む。

 電子クレジット等の引き継ぎもいらないしな。





 とりあえずは修理依頼を出すための手続きをしないとな。

 ふざけたメールの為に乱れた息をととのえ、三人が食事をしている部屋へと戻る。




「ほい、ただいま。たりな……か……たっはぁぁあぁっ!!??」








――――そこにはワゴンの前で倒れている三人がいた。




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