第8話 重なり合う瞬間
勝負は一瞬、勝てる確率はまさに五分と五分。
だが負けるわけにはいかない。
口の両端を無理やり
次の一瞬、ティアは握った刃の切っ先を僕から
そして彼女の握る刃が最短距離でその
もしこの時、ティアが何も考えずただその
だが彼女はその刃をそのまま
それはまさに
元の5メートルという間合いを考えれば、決して油断とも
だがもしかしたらそれは、彼女の本当の願いが無意識のうちに現れたものだったのかもしれない。
次の一瞬、
それと同時、両手に握られた棒は
衝撃に指を離れ、彼女の首の皮膚を薄く裂いたのみで宙を舞う刃。
そうして何が起こったのかいまだ理解できていない表情の彼女に向かいさらに足を
その腕は簡単に折れてしまいそうなほどに
「バカ!」
右手が勝手に、彼女の
その
だが僕の心はそれで収まらず、打たれた
「なんでだよ! なんでそんなに死のうとするんだよ!? 生きたいんだろ? 死にたくないんだろ? やりたいこと、やり残したこと、まだいくらでもあるだろ? 無くたってまた探せばいいだろ? 邪魔する奴、むかつく奴、間違ってると思うこと、全部ぶっ
俺のことだって、本当は元の世界のことも、アイの事も……どうでもよくはないかもしれないけど、でもそれ以上に、本当は、自分のために動いてほしい、助けてほしいって、思ってるんだろ? ならそう言えばいい! 叫べばいい! やってみせればいい! ティアさんがそう言うなら、俺は……」
そう、息が切れるのも、
するとティアはようやくその
「――なんで? 殺す理由なんていくらでもあるのに、どうして……どうして殺さないの? 元の世界に帰れるのよ?
ねぇ、お願いよ……わかるでしょ? 勝ち目なんてない。どのみち私は助からない。だったら私はもう、誰も傷つけたくない。せっかくアイが命を
その声は徐々に震えて、弱まり、最後は消え入るように。そして彼女は
それと同時思い浮かべる、元の世界においてきてしまった大切な人たちの姿。
ティアの言う通り、戦っても勝ち目はおろか、生きのびれる可能性などわずかもない。
引き返すなら今しかない。
そしてそれが
そんなことは百も承知だ。だがその直後、
――お願い緑、彼女を、ティアを、助けて……あげて。
その瞬間、僕は気づく。その言葉はあの時の僕だけでなく、今の僕に送られたものでもあったのだと。
そしてあれからの僕の7年間、その全てが今この時、この瞬間のためにあったのだと。
「ごめん皆、必ず生きて帰るから」
そう決意を言葉に
だが今となってはもう遅い、動き出した心はもう止まらない。
「あーもうどうでもいい! 世界がどうなろう知ったことか! どうせ俺の知らない世界、知らない連中だ、どうなろうと知ったこっちゃない! そんな事よりなにより、お前はどうしたいんだよ! いや、もうお前がどうしたいかなんて知ったことか!
いいか! 俺は今からお前を助ける。そういう風に動く。行動する! 出来るかどうかなんて関係ない。というか多分できん。でもそんな事どうでもいい。とにかく、お前やアイの様な優しい奴がこんな風に
だから俺は、お前が幸せになるために、お前を幸せにするために、やるべきと思うことをやる。余計なおせっかいだろうと、押しつけがましくても、そんなものいらなくても、関係ない。これは俺が、俺のためだけにやることだから。どんなに嫌がろうと、うっとおしがろうと、絶対やめてやるものか! 俺は……俺は……」
そこまで
そして今頃になって
それまで心の内から
恐る々る振り向き周りを見れば、そこにはティアと同じような
これほど大きな声で叫んでしまった以上、もう取り
「……やっちまった」
思わず口を突く言葉。
だがその言葉に反し、心の内には
元から思いと勢いだけの行動だったのだから、冷静になんて最初から無理な話だし、今更じたばたしても仕方がない。
そう今頃になって方策を
「――やばい、何も思いつかん。どうすっかな……」
そう真っ白な頭をさらに回転させようとしたその時、
「……ふふっ」
近くから
そこにあったのは、先ほど
そうして彼女はしばらく
「ふふっ、ぷっ、くく、ふはっ、ははっ、あははは、あははははは、ふふふふふ、ふふ」
口元を
今度は僕が、何が起こっているのか理解できず彼女を見つめる番だった。
そうして
「ふふ、ふふふふふ……なんて顔してるの。せっかくのかっこいいセリフが台なしよ……それにどうしてそんな大声で言っちゃうかな、せめて周りに聞こえないくらいの声なら、他にやりようもあったのに……」
そう彼女はなんとか言葉を
どうやらこのシリアスな空気の中、彼女がわざわざ
そうして涙を流しながらも浮かべる彼女の笑顔が、僕には7年前アイがくれた笑顔にも負けない
世界を恐怖のどん底に
周りを取り囲む大軍勢やセイン達は、そんなティアを
彼女はその後もしばらく身を震わせ涙を流し、だがしばらくの後、ほんの少し落ち着きを取り戻したところで再び口を開く。
「ふふ……もう、まったく。これじゃあわざわざあなたの敵を演じたのが、全く逆効果じゃない……いや、本当は内心、私もこうなるって薄々分ってた。分ってて、気づかないふりをしてたんだ。ほんと私って、大切な人を闇の
そんなティアの言葉に、
確かに今の僕は、あの時の彼女と
だがひとつ決定的に違うことがある。
「……僕はできるなら、誰も殺したくないし、傷つけたくないよ」
そう
だがティアはそれを聞いて、逆に表情を
「分ってる。あの時の私と今の私、あの時のあなたと今のあなたは違う。アイと約束したものね」
そう言って、ティアは再び、正面から僕の瞳を
そこに宿る炎は、7年前のあの日に勝る程熱く、激しく、しかしあの頃と違い、曇り一つなくどこまでも真っ直ぐ
「……ティアさん」
思わず口をついて出る言葉、
「さん付けはやめて。ティアって呼んで」
対する彼女は
「緑……私の負けよ。だから正直に、洗いざらい、本当の思いを告白する。私こう見えて、もう疲れて限界なの。でも、精一杯頑張るから。だから緑……私を助けて。私を守って。私と一緒に、私を傷つける奴ら、邪魔する奴ら、みんな
そう言って、ティアは僕の手を両手で握り、上目づかいで僕を見つめる。
瞬間、内側から
そう、それは魔力など一切用いない、どんな世界でも、誰にでも使える本物の魔法。
それに
それまでの痛みも疲労も一切忘れ、あふれみなぎる力。
僕はきっと、かっこいいヒーローになんてなれないのだろう。
だがそれでも今だけは、先ほどまでの
彼女はそれを見、目の前で
それだけで僕は、それこそ世界を向こうに回してでも戦うことができる。
「――やるか」
「ええ」
そう言って、僕は地面の棒を、ティアは杖を拾う。
「私があなたの杖になる」
そう力強く口にするティア。
「なら僕は……棒になる、じゃカッコ付かないかな」
そう思わず
「そういう時は、剣になる、でいいの。その方がかっこいいでしょ? 」
そう告げる。確かにこういう時はかっこつけた方がいいかとうなずき、
「じゃあ……僕が君の剣になる」
そう自信を持って
「いい感じ、それじゃあもう一度」
そう笑顔をくれ、僕も
そうして僕とティアは周りを取り囲む大軍勢、そしてそれを代表するように立つセインに向きなおり、互いに背中を預け、それぞれ
「私があなたの杖になる」
再び力強く口にする彼女の言葉に、僕もまた、周りを取り囲み僕を
「僕が君の剣になる」
瞬間、地平から姿を現す太陽と、その役割を
そのまま重なる7年前のあの日の光景。
そうして一つになる心。7年の時を超え、アイの本当に望んだ未来が、こうしてついに実現する。
そう、これはかつて、あるたった一人の少女を守るという同じ目的を持ちながらぶつかりあい、ついに守るべきものを失ってしまった二人。
世界を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます