第9話 突き
――あれは誰だ? どこからきた?
――闇の帝王の仲間か? しかし本陣からでてきたようにみえたが……
――まさか……裏切り者か? しかし一切魔力を感じないぞ?
ティアと共に立つ僕に向け、周りを取り囲む大軍勢の視線の全てが集中し、
「――君……正気かい?」
セインが僕たちに近づき、
闇の帝王に生きていてもらっては最も困るはずの人間が、もうほとんど勝負が決したはずのこの状況で、なぜだか闇の帝王が自害するのを止め、その味方に付こうとしている。
周りで見ている者達にはそうとしか映らないだろうし、それが常人の、正しい反応なのだろう。
だが僕はもう動じない。
「僕は……本気だ」
そう答えると、セインは
「無駄だぜセイン、こいつの表情を見ればわかる。
一切もたず、下級魔術ひとつ
そう
――闇の帝王の仲間!? だが魔力を持たないってことは、魔術一つ使えないってことか?
――下級魔術も使えない奴が
――いかれてるのか? 闇の帝王の策か? だが魔力が一切ないってことは……ただのはったり?
――闇の帝王はさっき
――あのアルダ様がああ言ってるんだ、それにこっちにはセイン様もいる。負けるわけがない。
――早くあのいかれた野郎と闇の帝王をぶっ殺せ!
まもなくそれは強気のそれへと変化する。
どうやら先ほどまでの僕達の様子を見聞きして、ティアに余力がないのを知った彼らは、まだ危機が去ったとは言えないだろうこの状況で強気の態度をとれる程度には士気を回復したらしい。
――殺せ! 殺せ! 闇の帝王とあのいかれた野郎をぶっ殺せ!
やがて戦場全体がそんな叫びと
「――ふふ」
すぐ隣からくすくすと聞こえてくる笑い声。
視線を送ればそこには笑みを浮かべるティアの姿。
それも先ほどまでの心地よい笑みとは違う、どちらかといえば
「何がおかしい? はったりはもう通じないぜ?」
アルダがそう、強気の態度を崩さずに言う。
その言葉にティアは表情を静かな、しかし真剣なものに戻す。
「そう思うならそう思っていればいい。でも自分の知ることが世界の全てなんて思わない方がいい。どんなに背伸びしたって、井戸の底から世界を
返ってきた思わぬ答えに、アルダは
「おいおい、まさか闇の帝王のほうまで、こいつの気にあてられておかしくなったのか? 下級魔術一つ使えない野郎と俺たちが戦えばどうなるかなんて、井の中の
そう自信たっぷりの態度で問いかける。だが、ティアもまた動じず、むしろ
「これ以上は言っても無駄ね、あとは自分で戦って、確かめなさい」
そう答え、再び涼しい表情で敵を見つめる。
だが一方の僕は、初めてに近い人相手の実戦に不安をつのらせる。
「――自信満々に言ったけど、大丈夫かな?」
そう敵に聞こえないよう小さな声でティアに
だがティアは涼しげな、余裕を保った表情を崩さず、
「大丈夫、あなたは絶対に負けない。私が保証する。それに……私を守ってくれるんでしょ?」
そう心地よい笑みを浮かべる。こんな笑顔を向けられては、負けるわけにはいかない。
「全く……わかったよ、ちゃんと勝ってくる」
そう言って、気合を入れ直し、二人の前に進み出ようとする。
すると、彼女は杖を僕の前に出してそれを止める。
「勝ってくる、じゃない。二人で勝つ、そうでしょ?」
そう最初は真剣な、しかし最後はやはり笑顔を僕に向ける。
そうだ、自分一人で勝とうなどと
「分った。前は任せて」
そう言って前に進み出れば、彼女は杖をどけ
背中に
そんな僕を、アルダは馬鹿にしたような表情で見つめ、だがセインは
「分っているのかい? 負ければ君は死ぬ。万が一、億が一勝ってしまった日には、世界が滅びるんだよ。正気に戻れ、このままでは君はきっと
そう最後まで
ティアが認めていると言った通り、セインはいいやつなのだろう。
だがそれを承知で、僕は首を横に振る。
「いいんだセイン。でも、ありがとう。塔で助けてくれたことも含めて、感謝している。この恩はいつか返す。でも今は……さあ、始めよう」
そう僕は、右手右足を前に半身の姿勢で、棒を中段に構える。
それを見たセインは
「……先ずは俺が相手だ」
そう
その瞬間、先ほどまでの彼の態度の半分は、味方の士気を上げるためのパフォーマンスに過ぎなかったこと、そして彼もまた、世界を
だが僕も、負けるわけにはいかない。
視線がぶつかると同時、始まる戦い。
アルダまでの距離はおよそ30メートル。
僕が息を吸った直後、アルダは先ほどの戦闘でティアに放ったのと同じ投槍の構えを取る。
「受けてみろ! ガルニー・アルダ!」
アルダの
――まずい! だがどうすれば!?
放たれた槍が空中で異様な赤い
「下がって!」
直後、後方からティアの声が聞こえると同時、その手が僕の
そうして彼女は僕と入れ替わるように前へ出ると、降り注ぐ炎弾に向けて杖を振るう。
すると僕たちに直撃する
さらにティアが次々杖を振るうと、他の炎弾の
だがさすがに高速で降り
地面から連続して襲いかかる爆炎と衝撃。
舞い散る火の粉、猛烈な煙が先ほどと同じように辺りを包む。
――見たかあいつ。
――あれだけ大口叩いておきながら、ただ突っ立っていただけだったぜ。
――とんだ足手まといだな、闇の帝王に
煙に視界が閉ざされる中、周囲全体を包む
――守るなんて言っておきながら
そんな先ほどまでとことなる気持ち悪い熱が、僕から力を奪う。
――やはり僕は足手まといなのか。
そんな思いが
「大丈夫。あなたはを人を
耳元から届き、心を再び優しく温めてくれる言葉。
再び視線を上げればそこには、か細い
そして次の一瞬、薄まった煙の先に映し出される、高速で接近する人影。
それがアルダのものであると理解するより早く、
加速した僕は
次の一瞬、接近したアルダは、槍の
だがそのために、次にどんな
もはやそこに思考の
次の一瞬、遠間からしごき突きだされる、炎をまとった赤い槍。
力のこもったその突きは気合や威力は十分なようだったが、そのために速度を欠き、さらにまとった炎もまた突然、ティアの力によってか酸素の無い空間に突入するかのようにかき消される。
そして直後、僕の突きだした棒は、僕の体へと迫るアルダの槍の柄を内から外へと叩き、その
次の一瞬、衝撃のあまり槍の柄から離れる戦士の左手。
それを横目に僕は棒を外から内へと
直後、時間の止まったかのような一瞬があった。
周りで見ている者達、セイン、そして当事者の一人であるアルダでさえ、何が起こったのか理解できず、ただその場にたたずみ続ける。
アルダが槍をしごいてから一瞬、勝負は思考を
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