第9話 突き

――あれは誰だ? どこからきた?


――闇の帝王の仲間か? しかし本陣からでてきたようにみえたが……


――まさか……裏切り者か? しかし一切魔力を感じないぞ?

 

 ティアと共に立つ僕に向け、周りを取り囲む大軍勢の視線の全てが集中し、き上がったいぶかしむ声は、やがて軍全体へと波及はきゅうする。


「――君……正気かい?」

 

 セインが僕たちに近づき、困惑こんわくした表情で問いかける。

 闇の帝王に生きていてもらっては最も困るはずの人間が、もうほとんど勝負が決したはずのこの状況で、なぜだか闇の帝王が自害するのを止め、その味方に付こうとしている。

 周りで見ている者達にはそうとしか映らないだろうし、それが常人の、正しい反応なのだろう。

 だが僕はもう動じない。


「僕は……本気だ」

 

 そう答えると、セインは困惑こんわくの表情を崩さないままなお言葉を続けようとし、だがそのタイミングで後方からセインの隣に駆け戻ってきた戦士が横槍を入れる。


「無駄だぜセイン、こいつの表情を見ればわかる。洗脳せんのうがまだ続いているとか、単に闇の帝王に同情どうじょうしたからとかじゃねぇ、元から奴を助けるつもりがあったんだ。以前からつながりがあったのか、単に一目ぼれしたのかは知らねえが、な。しかも本気で勝てると思ってやがる。体内に魔力を

一切もたず、下級魔術ひとつ行使こうしできないくせになあ!」

 

 そううすら笑いを浮かべ、わざと周りに聞こえるような大声で言い放つ。


――闇の帝王の仲間!? だが魔力を持たないってことは、魔術一つ使えないってことか?


――下級魔術も使えない奴が息巻いきまいてやがるのか。あのセイン様やアルダ様相手に? 本気で?


――いかれてるのか? 闇の帝王の策か? だが魔力が一切ないってことは……ただのはったり?   

 

 ほどなく、それを聞いていた周りの大軍勢から巻き起こるざわめき。最初それは困惑こんわくのそれだったが、


――闇の帝王はさっきひざをついていたんだ、疲れきってる、ただのはったりだ。


――あのアルダ様がああ言ってるんだ、それにこっちにはセイン様もいる。負けるわけがない。


――早くあのいかれた野郎と闇の帝王をぶっ殺せ!

 

 まもなくそれは強気のそれへと変化する。

 どうやら先ほどまでの僕達の様子を見聞きして、ティアに余力がないのを知った彼らは、まだ危機が去ったとは言えないだろうこの状況で強気の態度をとれる程度には士気を回復したらしい。


――殺せ! 殺せ! 闇の帝王とあのいかれた野郎をぶっ殺せ!

 

 やがて戦場全体がそんな叫びと熱狂ねっきょうに包まれる中、セインは真剣な表情を崩さず僕を見つめ続ける。すると……


「――ふふ」

 

 すぐ隣からくすくすと聞こえてくる笑い声。

 視線を送ればそこには笑みを浮かべるティアの姿。

 それも先ほどまでの心地よい笑みとは違う、どちらかといえば失笑しっしょうに近い笑み。


「何がおかしい? はったりはもう通じないぜ?」

 

 アルダがそう、強気の態度を崩さずに言う。

 その言葉にティアは表情を静かな、しかし真剣なものに戻す。


「そう思うならそう思っていればいい。でも自分の知ることが世界の全てなんて思わない方がいい。どんなに背伸びしたって、井戸の底から世界を見渡みわたすことなんて、できはしないのだから……」

 

 返ってきた思わぬ答えに、アルダは一瞬呆いっしゅんほうけた表情を浮かべ、だが直ぐに表情を戻す。


「おいおい、まさか闇の帝王のほうまで、こいつの気にあてられておかしくなったのか? 下級魔術一つ使えない野郎と俺たちが戦えばどうなるかなんて、井の中のかわずでも分ることだぜ。いくらおまえでも魔力切れじゃ戦えないし、戦えたとして、こいつが足手まといなことに変わりはない。それとも、いるだけで心の支えになるとか、そういう意味か?」

 

 そう自信たっぷりの態度で問いかける。だが、ティアもまた動じず、むしろあきれた表情を浮かべ、ため息をつく。


「これ以上は言っても無駄ね、あとは自分で戦って、確かめなさい」

 

 そう答え、再び涼しい表情で敵を見つめる。

 だが一方の僕は、初めてに近い人相手の実戦に不安をつのらせる。


「――自信満々に言ったけど、大丈夫かな?」

 

 そう敵に聞こえないよう小さな声でティアにつぶやくが、僕の不安はどうやら見透みすかされているようで、アルダはうすら笑いを僕に向ける。

 だがティアは涼しげな、余裕を保った表情を崩さず、


「大丈夫、あなたは絶対に負けない。私が保証する。それに……私を守ってくれるんでしょ?」

 

 そう心地よい笑みを浮かべる。こんな笑顔を向けられては、負けるわけにはいかない。


「全く……わかったよ、ちゃんと勝ってくる」

 

 そう言って、気合を入れ直し、二人の前に進み出ようとする。

 すると、彼女は杖を僕の前に出してそれを止める。


「勝ってくる、じゃない。二人で勝つ、そうでしょ?」

 

 そう最初は真剣な、しかし最後はやはり笑顔を僕に向ける。

 そうだ、自分一人で勝とうなどとおごってはいけない。僕一人なんて弱い存在。だが二人でなら――


「分った。前は任せて」

 

 そう言って前に進み出れば、彼女は杖をどけうなずき、僕のやや後方に立つ。

 背中にそそがれる彼女の視線と信頼が、僕の心を燃え上がらせる。

 そんな僕を、アルダは馬鹿にしたような表情で見つめ、だがセインは終始真剣しゅうししんけんな表情を崩さないまま口を開く。


「分っているのかい? 負ければ君は死ぬ。万が一、億が一勝ってしまった日には、世界が滅びるんだよ。正気に戻れ、このままでは君はきっと後悔こうかいする」

 

 そう最後まで説得せっとくこころみるセイン。

 ティアが認めていると言った通り、セインはいいやつなのだろう。

 だがそれを承知で、僕は首を横に振る。


「いいんだセイン。でも、ありがとう。塔で助けてくれたことも含めて、感謝している。この恩はいつか返す。でも今は……さあ、始めよう」

 

 そう僕は、右手右足を前に半身の姿勢で、棒を中段に構える。

 それを見たセインはついに諦めたような表情を浮かべ武器を構えようとし、だがそんな彼を制するようにアルダが先に進み出る。


「……先ずは俺が相手だ」

 

 そうつぶやき、左手左足を前に、2メートル半ほどの長さの槍を中段に構え、その表情を先ほどまでと打って変わって真剣なものへと変化させる。

 その瞬間、先ほどまでの彼の態度の半分は、味方の士気を上げるためのパフォーマンスに過ぎなかったこと、そして彼もまた、世界をほろびから救う使命しめいを背負い、本気で、命をけて戦っているのだと理解する。

 だが僕も、負けるわけにはいかない。

 

 視線がぶつかると同時、始まる戦い。

 アルダまでの距離はおよそ30メートル。

 僕が息を吸った直後、アルダは先ほどの戦闘でティアに放ったのと同じ投槍の構えを取る。


「受けてみろ! ガルニー・アルダ!」

 

 アルダのたけびと共に放たれる投槍。


――まずい! だがどうすれば!?

 

 放たれた槍が空中で異様な赤いきらめきを発し、無数の炎弾をともなって降り注ぐのを見ながら、しかし方策が浮かばずそこに立ち尽くすことしかできない。


「下がって!」

 

 直後、後方からティアの声が聞こえると同時、その手が僕の襟元えりもとをつかみ無理やり後方へとひっぱる。

 そうして彼女は僕と入れ替わるように前へ出ると、降り注ぐ炎弾に向けて杖を振るう。

 すると僕たちに直撃する軌道きどうを描いていた炎弾の一つが、振るわれる杖に引っ張られるようにわずかに軌道きどうを変え、直撃コースかられる。

 さらにティアが次々杖を振るうと、他の炎弾の軌道きどうもまた次々逸れていく。

 だがさすがに高速で降りそそぐ無数の炎弾の全てには対処たいしょできず、直撃コースだった炎弾をらしたのみで、複数の炎弾が至近距離しきんきょりに次々落下する。

 

 地面から連続して襲いかかる爆炎と衝撃。

 舞い散る火の粉、猛烈な煙が先ほどと同じように辺りを包む。


――見たかあいつ。


――あれだけ大口叩いておきながら、ただ突っ立っていただけだったぜ。


――とんだ足手まといだな、闇の帝王に同情どうじょうするよ。

 

 煙に視界が閉ざされる中、周囲全体を包む嘲笑ちょうしょううず


――守るなんて言っておきながら無様ぶざまっ立っていることしかできなかった。

 

 き上がる羞恥心しゅうちしん

 そんな先ほどまでとことなる気持ち悪い熱が、僕から力を奪う。


――やはり僕は足手まといなのか。

 

 そんな思いが脳裏のうりをよぎり、視線が自然と地面に落ちたその時、


「大丈夫。あなたはを人をほろぼしてしまうほどに優しい、私とアイの、本物のヒーローよ」

 

 耳元から届き、心を再び優しく温めてくれる言葉。

 再び視線を上げればそこには、か細い満身創痍まんしんそういの体で、それでも健気けなげに敵に立ち向かうティアの背中。

 そして次の一瞬、薄まった煙の先に映し出される、高速で接近する人影。

 それがアルダのものであると理解するより早く、み出される足。

 加速した僕はまたたく間にティアを追い越し、疲弊ひへいしたティアのすきを突こうとするアルダの前に立ちふさがる。

 

 次の一瞬、接近したアルダは、槍の穂先ほさきに猛烈な赤い炎をまとい、全身に力を込める。

 だがそのために、次にどんな挙動きょどうを示すのか、僕には手に取るようにわかってしまう。

 もはやそこに思考のはさまる余地などない。

 穂先ほさきにまとった炎は防げないことも忘れて、7年間鍛え上げた体が勝手に動き出す。

 

 次の一瞬、遠間からしごき突きだされる、炎をまとった赤い槍。

 力のこもったその突きは気合や威力は十分なようだったが、そのために速度を欠き、さらにまとった炎もまた突然、ティアの力によってか酸素の無い空間に突入するかのようにかき消される。

 そして直後、僕の突きだした棒は、僕の体へと迫るアルダの槍の柄を内から外へと叩き、その穂先ほさきを体の外側へ弾き出す。

 次の一瞬、衝撃のあまり槍の柄から離れる戦士の左手。

 それを横目に僕は棒を外から内へとすべりいれるように、先端をアルダの喉元のどもとへと突きつける。

 

 直後、時間の止まったかのような一瞬があった。

 周りで見ている者達、セイン、そして当事者の一人であるアルダでさえ、何が起こったのか理解できず、ただその場にたたずみ続ける。

 アルダが槍をしごいてから一瞬、勝負は思考をはさむ余地のないうちに決まっていた。

 

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