第6話 決戦
「報告! 第18連隊敗走、周辺各軍も混乱、
次々もたらされる敗報、明らかに
「みっ、ミナ平原基地に、急ぎ航空支援を!」
将校の一人が口にした言葉に、しかし別の一人が首を振り、
「ダメだ、敗残兵に
そう怒鳴る。
だがそうこうしているうち、草原がにわかにざわめいたかと思うと、程なく敵襲を知らせる鐘が鳴り響き、上空に魔法によるものと思われる光弾がいくつも撃ちあげられ、広い草原を明るく照らし出す。
と、森林側の道から現れる敗残兵と思しき無数の兵の集団。
そしてその中央、逃げる者達からやや距離を置きながら、たった一つ彼らを追い立てる、馬に乗った小さな人影。
――でたぞ! 闇の帝王がでたぞ!
戦場をにわかに駆け抜ける兵たちの
瞬間、本営の将校や将軍達のほとんどは蒼白な、セイン達3人は厳しい表情を浮かべる。
一方、草原に布陣する軍団は将校らと対照的に、最初こそざわめいたものの、程なく歴戦の部隊らしい
だがそんな彼らに先ず向かってくるのは、敵ではなく敗走する自軍の兵。
しかし歴戦の彼らは布陣を崩さず、逃げてくる味方に
「せ、セイン様! 竜連隊が味方に刃を!」
将校の一人が
だが彼らの判断は正しい、あそこで味方だからと陣内に引き入れ布陣を崩せば、敵は必ず敗残兵に
そうなればこれまでの味方部隊の二の舞だ。
歴戦の彼らはそれを知っているからこそ、味方に刃を向けてでも布陣を崩さない。
それは戦術として正しい選択だ。だが、
「……竜連隊に道を開けるよう伝えてくれ」
セインが苦虫をかみつぶしたかのような表情で告げる。
そして同じく戦士が、
「くそっ! 闇の帝王め、味方に刃を向けられないセインの優しさに付けこみやがって!」
怒号を上げ、座っていた椅子を
だがセインは逆に首を振り、
「これは僕の
そうセインは陣を出ていこうとし、
「ダメよ!」
それをメィリャが止める。
「闇の帝王自身が
そう言って、戦士アルダとメィリャはそれぞれ
それをなおセインが追おうとすると、メィリャは再び彼を止め、
「大丈夫よ。それに私が危険にさらされたら、またあの時のように助けてくれるんでしょ? それに今回はちゃんと勝算があるの。奴は確かに戦術的には私たちに勝った。でも今回に限って言えばそれは失策だった。なぜなら……」
そう言って、メィリャは視線をティアの方に向ける。
僕からは彼女の表情は見えない。
だが氷のように冷たく、刃のように鋭い彼女の
「奴は私たちを怒らせた」
そうして立ち
やがて両者の
「闇の帝王、お前の命も今日これまでだ! 大いなる地の神バルム様より
そう言い放つ。
それと同時、
そうして
対するティアはといえば、要塞で敵に見せたのと同じ涼しげな表情を
その姿は周りで見る者には、もはや自殺志願者にしか見えなかったことだろう。
だが迫る戦車を前にした彼女の瞳には、怒り狂うアルダの燃え盛る赤い闘志の炎に負けない、蒼い決意の炎が揺らめいていた。
程なく、視界の先で重なる二つの影、いよいよ戦車とティアがぶつかると誰もが思ったその一瞬、草原を切り裂く、悲鳴に似た馬達のいななき。
直後、
その一瞬何が起こったのか、周りで見ていた者は
だが直後、急停止した戦車と、それを駆るアルダを前にしても一切表情を変えないまま、歩み続けるティア。
そしてそれを
「――ばかな……山のごとき巨竜すら
蒼白となった将校の一人が
そんな中、当のアルダもようやく状況を理解したらしく、しかしなお迫るティアの姿に、蒼白となって硬直する。
「逃げなさいアルダ!」
直後、戦場に響き渡るメィリャの叫び。
次の一瞬、正気を取り戻したアルダが
そうして離脱したアルダに代わり、ティアの前に立ち
なお歩みを止めないティアに対し、メィリャは氷を思わせる
「次の相手は私よ。あらかじめ言っておくわ。私はあなたを許さない」
メィリャのその言葉に、ティアは一瞬、ほんのわずか目を細め、しかしそれ以上反応を示すことなくそのまま歩み続ける。
メィリャはそれを見、その美しい
すると、どこからともなく無数の水球がメィリャの周りに浮かび上がり、次の一瞬、次々とレーザーのように放たれる。
――あのお優しい聖女様が……怒っておられる。
――あんなの……初めて見た。聖女様でも、お怒りになられるのだな……
周りの者達が
と、放たれた攻撃は次々と
メィリャはそれを見、再びその表情をゆがめると、今度は聖書を開き、何事か呪文を口にする。
すると程なく、聖書から白い光を放つ巨大かつ複雑な魔法陣が浮かび上がり、今度はティアの周りを取り囲むように無数の白い光弾を展開する。
それを見たティアは、塔で龍の息吹を防いだ時と同じように、その両手を胸に当て、祈るように瞳を閉じた。
「
メィリャの声が響くと同時、次々白い光を放ち、一斉に
だが直後、何かが硬いものに弾かれる音が響き渡ると、その爆風は見えない何かに
それを見、さすがのメィリャも、それまでの単なる怒りによるものとは異なる険しい表情を浮かべ、しかしそれでも杖を振るい、聖書を開き、今度は上空から水の矢の雨を、足元から白い光の槍を次々放ち、ティアに上下方向から猛攻を加える。
対するティアは必要最小限の動きでこれをかわし、いなし、あるいは弾き、表情を変えないまま歩み続ける。
周りの者達には、攻めきれないもののメィリャが一方的に攻撃を続ける展開から、戦況は
だが実際には、メィリャの攻撃は完璧にいなされ、攻めあぐねているのみならず、そもそもなれない初めての
そしてそれを証明するかのように、メィリャは険しい表情で攻撃を続けながら、
「探知も逆探もかからない。かく乱、
叫びながらも必死に攻撃を続けるメィリャに、ティアは一呼吸の後、わずかに息を吐くと、
「あなたもあなたの国の兵士も、魔法に頼りすぎなのよ。あなたの魔法の技量、魔術戦の知識と経験、いずれも本物よ。でも魔法の本質と世界の
返された言葉に、メィリャは苦しげな表情を一層ゆがめ、それでもさらなる猛攻を加える。
だが激しくなる一方、どこか
「メィリャ、下がれ!」
放たれるアルダの怒声に、メィリャは先ほどの白い光弾を再び展開し、その
それと同時、戦車から降り徒歩となったアルダは、ティアの側面を突く位置で槍を
「放たば百の炎弾となりて降り注ぎ、刺さらば地をも切り裂き
口上と共に、赤黒いオーラをまとった投槍が上空へと放たれる。
投槍は放物線の
対するティアはそれを見上げ、ここへ来て初めてその歩みを止めると、飛び来る槍に杖を差し向け何事か
すると杖の先端に、メィリャのそれと対照的な小さくごく単純な魔法陣が浮かび上がり、程なく現れた薄緑色の光を放つ巨大な二本の竜の腕が、飛び来る投槍を受け止める。
ぶつかる瞬間、放たれる猛烈な閃光。その一瞬目がくらみ、
直後鳴り響く爆音に
「セイン様でさえ完全には防ぎきれなかったというアルダ様の投槍、いくら奴でも……」
兵の一人が
だが僕はその竜の腕に見覚えがあった。
そう、それは7年前のあの日、他ならぬティア自身の攻撃を防ぎ切った、僕の大切な人の力。
ティアがどうなったのか、その答えが出るより先、後方に下がっていたメィリャが何事か呪文を唱え始め、その手に持つ聖書がこれまでにないまばゆい光を放ち、その足元にそれまでのものとは比較にならないほど巨大かつ複雑な魔法陣が浮かび上がる。
そして程なく魔法陣の上に、白い光と
「光と水の精霊の構成……なんて無茶を!?」
セインが
視線の先のメィリャもまた、セインの言葉のとおり苦しげな表情を浮かべ、それでもいまだ晴れない黒煙の向こうを
恐らく、勝負をかける気なのだろう。
そして程なく、黒煙の先にうっすらと、ティアのものらしきシルエットが浮かび上がる。
シルエットの前後には深く
だが先ほどまでさんざんティアに振り回されてきたメィリャは動かない。
黒煙が晴れティアの姿がはっきりしてから仕掛ける気だろう。
そう思った次の一瞬、戦場に吹き込む
直後、流れる黒煙の切れ間に姿を
その杖はすでに真っ直ぐメイリャに差し向けられ、先端には、先ほどのものに似て小さく単純な、だが少しだけ形の異なる魔法陣があり、さらにその上に大きな蒼い火球が浮かぶ。
時間が止まるのに似た感覚があった。
全身の凍りつくような
次の一瞬、かばった精霊が巨大な光と水の盾を構築し、その中央に熱線が着弾、水が蒸発し白い湯気が辺りを包んだ直後、盾を貫通した熱線が精霊の心臓を射抜く。
「下級呪文で光と水の精霊の盾を貫くだと……!?」
司祭を連想させる衣服をまとった魔道士らしい者が、半ば
一瞬の沈黙があった。
そして一呼吸の後、心臓を射抜かれた精霊は、魔法で一時的に構築された人形のようなものにすぎないはずなのに、まるで本物の生き物のように力を失って
その後方にいたメイリャは余波を受けて吹き飛ばされ、草の地面を転がる。
それでもメイリャは地面に手を突き、ほとんど力の残っていない体で、それでも何とか上体を持ち上げ、ティアを
だがその視線の先にあるのは、杖をメィリャに差し向け再び蒼い火球を生み出すティアの姿。
次の一瞬まばゆい黄金の輝きが視界を包んだ。
あまりのまぶしさに一瞬目を
数秒の後、音が収束し閃光が弱まるのを感じ
きっと彼がメィリャをティアの攻撃から守ったのだろう。
「……ごめんなさいセイン、また足、引っ張っちゃったね」
震える声で、力なく
「いや、メィリャとアルダのおかげで勝機が見えた。むしろまたいいとこどりさせてもらうよ。この戦いが終わったらちゃんと礼をするから、待っていてくれ。
アルダ! メィリャを頼む!」
二人の身を案じ
そうして広大な戦場で
いつのまにやら本陣に残っていた他の将校や将軍達、さらに馬車を走らせるため待機していたはずの
八千の大軍勢を正面から打ち破り、怒りに燃える一騎当千の勇士二人を、たった一人で退けたティア。
そんな彼女を目の前に、しかし全く
戦いはついに、決着の時を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます