第5話 闇の帝王
そこは見渡す限り
その広大な陣営の中心の高所、先ほどの三人の他、指揮官か将校らしい飾りの目立つ武装を身に着けた者達の多数集まる本陣の中に止められた、馬4頭立て4輪の馬車の上、半透明かつ球体のガラスのような結界の中に、僕はいる。
今は深夜、詳しい時刻は分らないが、あれから7、8時間ほど経過し、日付をまたいでしばらくのように思われる。
おかれている状況は護送中の
ではなぜこのようなことになったのか、時間を巻き戻す。
「闇の帝王を倒すには君の力が必要だ、協力してほしい。」
セインは年の差をまったく意識しない上から目線ながら、そう真剣に、そして
それは全く裏表を感じさせないもので、僕はひとまず彼の話を聞くことにした。
セインの説明によれば、闇の帝王、つまりティアが南の島々に根を張る闇の勢力をまとめ、闇の帝王として力を振るい始めたのは3年程前からだという。
それまでにも中央大陸に根を張るセイン達人間と神の国、
だが闇の生物や魔物は体格や力に優れるものは多くとも、知能で人間に
このため大光神国は闇の勢力を
ティアがどのようにして闇の勢力をまとめたのかはわからない。
だが彼女が闇の勢力をまとめ上げ、作り上げた闇の大帝国は、優れた戦略と戦術で
そのため大光紳国はセイン達を大将とした大軍勢を南に
この大監獄には、闇の帝王の力を封じ込めるために物理、魔術両面から最高クラスの防御が
だが彼女は何らかの方法で召喚魔法を行使し、僕をこの世界に呼び出した。
召喚された者は術者の技量や召喚方式、最初の契約などにも左右されるが、基本的には術者に
「きっと君は闇の帝王を救うことに何の疑問も抱かなかったと思うけど、初めから君は闇の帝王に
セインはそう、
だがほかの二人はそうではなかった。
「多くの犠牲を出しながらようやく捕えたんだ。それを……!」
戦士は怒りを全く隠さず僕を
「つまり僕は、あなた方が多くの犠牲をだしながらようやく封印した彼女……闇の帝王の封印を解いてしまった犯罪者……ということでしょうか?」
僕が恐る々る
「犯罪者? そんななまぬるいものじゃない。世界を再び滅びの
そう、刺すような目つきと声で言い放つ。そんな聖女の様子に、セインは一瞬驚いた表情を浮かべた後、
「メィリャ」
「……あなたは優しすぎる」
メィリャは最後の抵抗とばかりそう
セインはそれを確認して、一瞬彼女に同情的な表情を向けた後、再び僕を見、
「まあ確かに、君はこの世界の人々にとっては、世界を再び滅びの
僕を安心させるように笑顔で告げ、しかしそこで表情を真剣なものに戻す。
「その代わりといってはなんだけど、君には闇の帝王を倒すために、ぜひ力を貸してもらいたいんだ。とわいえ、わずかの魔力も持たない君に、闇の帝王と直接戦えなんて無茶を言うつもりはない。そんなの死ねといっているようなものだしね」
セインはそう、最後の部分だけ冗談めかして言う。と、後方から、
「本当にそうしてもいいぜ、奴に背を向けた瞬間叩き殺してやるからな」
戦士がそうすかさず横やりを入れ、セインが再び彼を
今度こそ、戦士は完全に黙り、視線を
セインは
「君にしてもらいたいのは、これから僕たちと行動を共にしてもらうこと。ただそれだけだ。闇の帝王は魔力を隠すのがとてもうまくてね、普通の
君には、
そう言って、セインは腰に下げた長剣を視線で示す。
白銀の
さらにセインは続ける。
「それにこれは君にとっても利のある話だ。なぜなら君が闇の帝王に殺されなかったのは、君があの時点では闇の帝王にとって有益な存在で、かつ召喚時の契約上手を出せなかったからだ。だが闇の帝王の
それと今回の君の場合、元の世界に帰る手順の一つに、召喚した術者の死、というのがある。つまりもし君が元の世界に帰りたいと思っているのなら、どのみち闇の帝王の命を
セインの話に、僕は前回この世界に来た時のことを思い出す。
あの時も確かに、僕が元の世界に戻ったのは、僕を召喚した人が死んだまさにその瞬間だった。
とすれば彼の話は真実である可能性は高い。
その
セインの話は要するに、僕にティアを誘う
そして彼らがティアを倒してくれれば、僕は元の世界に帰ることができる。
大切な人の敵なのだ、ためらう理由などない。
そのはずだ。
そう心の中で
だが、彼らの話が全て真実かどうかは分らないにしても、彼らは僕の事、そして今ここで起こったばかりの出来事についてかなりの部分を
それほどの相手に
だがその前にひとつ解決しておきたい疑問がある。
「話は分かりました。協力させていただきます。ですがその前に一つ聞きたいことが。ティア……闇の帝王は僕の知る限り、7年前のテル国で起こった戦争の際、テル国の総将軍をしていたと思うのですが、それからいったい何が……?」
そう記憶を頼りに
「――これは……驚いたな。父上はすべてお見通しか。そう、その通り、闇の帝王はかつてのテルの総将軍その人だ。だが戦いの後、
そうセインが言ったその時、塔の階段から、先ほど城壁の上で戦闘の指揮を
「
開口一番叫ぶその者に、戦士は厳しい表情を、聖女は一見慈愛に満ちた、しかしどこかつくられたような笑みを、セインはただ真剣な眼差(まなざ」)しを向ける。
「損害と周辺の軍の動きは?」
セインは必要最低限の返答を求めるように短く、鋭く問いかける。
対する指揮官は息を切らし、疲労にあえぎながら、それでも必死に答える。
「守備兵に死者はおりませんが、転倒などによる負傷者多数。また守備兵の約半数が逃亡を図り、残っているのは三千ほど。また中央塔は大破。監獄機能を
周辺の軍にはすでに通達を。神都の市民の一部はすでに異変を察知、防衛隊は情報封鎖と混乱を抑えるのに
指揮官の返答に、セインは頷くと他の二人に視線を向ける。と、まず戦士が口を開く。
「練成軍は
戦士がそう言うと、付け加えるように聖女が口を開く。
「教会と魔術学校には私から声をかける。魔道士四、五十人は集められると思う」
聖女のその言葉に、セインは頼むと
「三万、といってもすぐに動けるのはごく一部。夜までに集められるのは一万前後といったところか。だが、やるしかない。
指揮官! 監獄には守備兵500のみを残し、残る全軍に急ぎ出撃命令を。また各軍はエミーレ草原に進軍、合流するよう通達を。いいか、これは世界の滅びの危機に
セインはそう、
指揮官はただ必死に頭を下げてそれに従い、通達を出すためその場を去ろうとし、だがそれを再びエスカが呼び止める。
「指揮官、彼に
セインはそう告げ、指揮官に僕を指し示す。
と、それまで僕の存在に気付いていなかったのか、指揮官は僕を見るなり化け物を見るかのように、瞬時に表情を蒼くする。
「でっ、殿下。そっ、その男は危険です! 白星鉄の棒で一叩きしただけであの白龍を
指揮官が
と、3人はキョトンとした表情を浮かべ、だが数秒の後、戦士は腹を抱えて、聖女はクスリと、セインは笑いをこらえきれないように、それぞれ笑う。
「魔力を一切持たないやつが龍を倒す? どこの世界の話だそりゃ!?」
先ず戦士がそう言い放って再び高笑いし、セインも笑いをこらえきれないまま続けて、
「しっ、指揮官。僕は現場の報告は基本信じるよう
そう告げる。3人の様子からするに、少なくとも僕が一撃で龍を倒したとは少しも考えていないようだ。
僕自身、あの龍を一撃で
彼女が魔法を使った気配はわずかもなかったが。
指揮官も僕と思いは同じだったのか、3人が笑う様子を見ても
セインはようやく笑いをこらえると、再び僕を見、
「すまない、話がそれたね。協力感謝する。それと何か願いや質問、欲しい物があるなら
そう
その言葉にまず
だがあからさまに武器を要求しては不信感を持たれかねないし、セイン達の装備が洋式なことを考えると、そもそも和弓を用意できる可能性は低い。
何も要求しないというのもありだが、丸腰のままはやはり不安だ。
となればあからさまな武器とまではいかないもので、得意の
「それでは……僕の
そう言ってから、理由を聞かれた場合の答えを
だが
「確か
そう言い、僕もそれ以上は要求しない。
それを確認したセイン達は、あとからやってきた兵士に僕の案内を任せ、あわただしく去っていく。
そのあとはただ、やってきた兵士の指示に従うまま、用意された棒を受け取り、馬車に乗り、セイン達や無数の武装した兵と共に草原に
ちなみに馬車がわざわざ本陣の中におかれているのは、僕が敵として
時間を戻す。
「報告! 森林奥地にて、闇の帝王らしき人影を
本陣に飛び込んできた、伝令と思しき兵が興奮した様子で叫ぶ。
だがそれと対照的に、本営のセイン達や将校は落ち着き払った様子を崩さない。
そのうち中年の将軍の一人が口を開く、
「
将軍の言葉に戦士が腕を組んで
「闇の帝王は強大かつ
戦士の言葉に、他の者達も大いに
だがそんな中で、作戦を立案した当のセインだけが真剣な表情を崩さない。
僕もまたひしと伝わる冷たい予感に、用意してもらった棒をぐっと握りしめる。
すると程なく、別の伝令が
「もっ、申し上げます! ぜっ、前線部隊、現在闇の帝王の奇襲を受け目下防戦中! すでに
伝令の報告に、打って変わって言葉を失い、凍りつく面々。
決戦の火ぶたは、こうして切って落とされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます