第3話

リサとはTwitterで時々リプライを送り合う関係だった。

ゆるやかに、のんびりと、近づきすぎず、遠すぎず、お互いの領域に土足で入りこまない好ましい関係だ、というふうに僕は思っていた。


はじめてリサからリプライが来たのは僕の他愛もない学校の愚痴のツイートに対してだったと思う。

その内容も「大変でしたね…気を落とさないで。」といった当たり障りのないものだった。あまり覚えていないけれど。


そんなふうにして、お互いの表層をなぞるだけのリプライを送り合う関係だったが、それも3カ月も続くと、なんとなく気安いような気がしてきた。

話しているうちにどうやら年齢も住んでいる場所も近いらしい、ということがわかった。


と言っても僕は横浜市に住んでいる設定にしていたし(本当は箱根の田舎の方だった)、年齢も中学三年生(すでに書いたように二年生である)ということにしていた。

リサも横浜市に住んでいて、高校一年生だ、ということだったが、それが本当かどうかはわからなかった。さらに言えば性別が女性であるかどうかもわからない。実は40歳過ぎのおじさんでした、ということも十分ありえる話だ。


ただ、リサは月に一度くらい、思い出したように手首を切って、赤い血を流していた。

その画像が広いものでない証拠はなかったけれど、その手首は白く、細く、頼りない、そんな手首だった。


そして、彼女の血は一際美しいように僕の目に映った。


血の赤色に貴賤はない、みんな違ってみんないい。

そう言いたいところではあるけれど、やはり僕も血であればなんでもいいというわけではなく、好みがあった。


リサの血の色は、それまでにたくさん見てきた血の中でも、特に純粋な赤色をしていた。


しばらくすると、リサから時々ダイレクトメッセージが届くようになった。

話題は少し表では話しにく内容だった。


例えば、リサの母親は離婚していて母子家庭であること。高校に進学してから中学まで仲の良かった友人と離れ離れになったこと。クラスに馴染めておらず、昼休みは一人で弁当を食べていること。いじめられているというわけではないが、仲の良い友人が一人もおらず、ひどく寂しいこと。そんな状況であることを母に知られて心配をかけたくなくて、友だちがたくさんいるふりをしていること。時々、なにもかもが嫌になってそんなときに自分を傷つけてしまうこと。


僕はそんなリサの話を聴きながら、彼女を諭したりするのではなく、彼女が欲しているだろう返事を繰り返した。

ただ、その中で友人をつくるようなアドバイスなどはなるべく控えるようにしている自分に気付いた。


もちろんリサのことは心配だった。

ただ、彼女に友人ができて、何の悩みもなくなってしまって、彼女が手首を切らなくなって、彼女の美しいあの血を見られることができなくなってしまうことを、僕は彼女そのものより心配していた。


さすがの僕も、そんな自分に、少しだけ嫌気がさした。


だから、あの日、「会ってお話しませんか?」というダイレクトメッセージが届いたときに、「もちろん、かまわないよ。会おうか」と返してしまったのは、そんな罪悪感があったからかもしれない。

それとも、目の前で彼女の血を見ることができるかもしれない、という卑しい心からか。

今となっては、よく覚えていない。どちらの気持ちもあったのかもしれない。


とにかく、それで、僕はリサと会うことにした。

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