第2話
桜木町駅を降りてすぐのカフェで文庫本を開きながら文字を追うものの、内容はほとんど頭に入ってこなかった。
ちらちらとテーブルに置いたスマートフォンに目をやり、その後で入り口のドアを繰り返し見る。
時計の針がちょうど13時を指した頃、ベレー帽をかぶり、ベージュ色のダッフルコートを着た女の子が入ってきた。
事前に聞いていた服装と合致している。
たぶんあの子だろうと手を振ってみる。
ベレー帽に隠れそうな彼女の目と僕の目が合った。
彼女が僕の座るテーブルまで歩いてきたところで僕から声をかける。
「リサさんですか?」
ベレー帽を取った姿は少し気弱そう。少しウェーブのかかった黒髪は前も後ろも長い。おずおずと返事をしてくれた。
「…そうです。あなたが…ソウタさん?」
***
スマートフォンを手に入れ、Twitterを始めた中学二年生の春から少しの時が流れ、秋の風が吹く季節になった。
Twitterからリストカットする人たちが血を流すさまを見るのは僕の日課になっていた。
部活を終えて(囲碁将棋部だ。スポーツは好きだったけれど、体育会の上下関係というのが苦手だったので)、学校から帰り、夕飯を食べ、宿題を片付け、風呂に浸かって布団に入る。
それから寝るまでの時間が日課を楽しむ時間になっていた。
タイムラインを遡り、フォローしている人たちの誰かが手首なり身体のどこかなりを切っていないか、わくわくしながら探す。
フォロー数が500を超えてからは、誰かしらが大なり小なり自傷行為を行っていた。
僕はその新鮮な赤い色を眺めては心の安らぐのを感じていた。
たっぷりとその画像を眺めた後は目を閉じ、その時間、その身体から流れた赤い色を思い浮かべてはうっとりした。
もちろん人によって同じ血であってもその赤色はは全く異なるし、中には画像を加工している人もいた(そうしたアカウントはすぐにフォローを外した)。
なんて馬鹿げたことをするのだろう、と思った。
血の色はそのままでこそ美しいのに。
自分の好みの赤い血を見られた日は、その人に感謝しながら、ぐっすりと眠れた。
残念ながら誰も血を流していない日は、いくつかのハッシュタグで検索をかけた。そうして最新の画像からまた探した。
新たに何人か手首を切っているアカウントを見つけてはフォローする。
その一方で、一回だけ切っただけであとは日々とのストレスや愚痴だけを垂れ流しているだけのアカウントはそっとフォローを外した。
いいアカウントを見つけても何度かブロックされてしまった。
まったくつぶやいていないのも怪しまれてしまうものらしい。
それに、いわゆる「病んでいる」アカウント同士の相互フォローしか受け付けない、というアカウントも多かった。
そのために、僕は毎日学校であった何気ない出来事を少し脚色しながら、友人関係の悩みや家庭の問題、将来についての不安などを日々適度につぶやくことにした。
実際のところ僕は自身の学校生活にほとんど不満がない。友人もそれなりにいるし、部活は適当で問題ないし、勉強は苦手ではない。
けれど、僕のタイムラインにはたくさんの「病んでいる」ツイートがあったので、それらしいつぶやきをするのはそう難しいことではなかった。
そうして僕は春から秋まで日課を続け、それらしいツイートを日々量産しながら、少しずつフォローもフォロワーも増えていった。
そうした相互フォローをする関係にあるアカウントから、ある日「会ってお話しませんか?」というDM(ダイレクトメッセージ)が届いた。
彼女の名前はリサと言った。
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