エピソード63

###エピソード63



 一連の芸能事務所が関与した事件、それは芸能事務所AとJの謝罪と言う結果で幕を下ろす事になった。

しかし、一部のファンからは謝罪に追い込んだ人物を逮捕するべきと言う声もでていたのである。

そんな事をすれば――芸能事務所AとJは間違いなく、海外からカルト集団と認定される可能性が高いのに。

そうした混乱している状況下、アルストロメリアは燃え尽き症候群となり、その場を後にしようとしていた。

 その状況で姿を見せた人物、それは過去に同じように芸能事務所A及びJ等から敵視されたガングートである。

彼女はアルストロメリアが過去の自分と重なったのだろうか――あるいは、今の状況を放置できないと判断したのか?

「芸能事務所を壊滅させて――さぞ、満足なのだろうな!」

 その声に反応した一部ギャラリーが声のした方向を振り向くと、そこにはガングートがいたのである。

ギャラリーにも同様の声があるのだが、それ以上に驚くのはアルストロメリアの姿だろう。

「貴様のやっていた事も、結局は超有名アイドルの芸能事務所と同じ炎上マーケティングだ! それを自覚していなかった訳ではないだろう?」

 まさかの衝撃発言がガングートの口から飛び出した。

アルストロメリアの今までやって来た事は、全てとは限らないが芸能事務所AとJが行っていた炎上マーケティングと同類と言うのである。

「何を証拠に――そんな事を。私はネット炎上を狙ったまとめサイトに対して敵視して――」

「証拠か。確かに、そう言われれば明確な物は存在しない」

「だったら、芸能事務所と同じだなんて言うのは――風評被害の何者でもないわ!」

「正確なソースがなければ、ここで引き留めたのも因縁を付ける為とネットで書かれるだろう。それに、今回の件を誹謗中傷とネットで叩く人間も出るだろうな」

 ガングートは若干の余裕があるように見えるのに対し、アルストロメリアは焦りさえ見えるような表情――。

これが意思の強さの差と言うのだろうか? 実際、ガングートは過去に自分が起こした出来事を後悔はしていない。

どういう風に事件を感じるかは人それぞれであり――それを記事等で目撃していない人物には、語る資格がないとさえ言うだろう。

俗に言うエアプレイやエア実況と言った物を彼女は嫌っているのだ。

おそらく、アルストロメリアも似たような勢力に対しては嫌悪感を持っている可能性さえある。

「そこまで言う以上は、証拠があるのだろう?」

「明らかに実名が分かる範囲の証拠はない。しかし、これは――」

 ガングートがタブレット端末を素早く操作し、あるサイトをアルストロメリアに見せる。

そのサイトを見たアルストロメリアの方は言葉を失った――。



 9月6日、ガングートはある人物とリアルで接触を試みた。その人物とはキサラギの関係者と名乗る人物である。

ネット上では、電波とも言えるような情報を拡散する人物として――ブラックリストに入った人物でもあった。

「表向きは小説投稿サイト。しかし、そこに投稿されている作品は――世論誘導に近いだろう」

 その人物が語ったのは、アカシックレコードと言うサイトに関してのことである。

ガングートは顔を確認した訳ではないが、目の前の人物は帽子を深く被っており――目線を合わせようともしない。

結局、そこに言及をする事は避けた。目の前の人物が、他言無用と言うのであれば、プライバシー保護と言いだす可能性もあるのだが――。

「世論誘導――言い方こそ難しいが、芸能事務所AやJの行った炎上マーケティングと同じか」

「その言い方が的確なのかは分からない。しかし、向こうはそう思っていないようだが」

「同じ穴のムジナではない――そう言いたいのか。アニメや漫画等の夢小説は良くて、歌い手や実況者の夢小説はナマモノとして存在を否定する――」

「そこまでレッテル貼り等をする必要性はないだろう。どちらにしても、彼女の行動はARゲームの運営では手に負えないレベルまで到達している」

「その原因が、ふるさと納税――」

「彼女はふるさと納税の納税者――こういう例えは不適か。草加市へ一番納税している筆頭と聞いている」

 キサラギのスタッフが語った事は――あまりにも唐突過ぎるような衝撃的な内容だった。

しかし、それでもいくつかは把握していたので収穫と言うよりは調べ物のソースが発見出来た――と言うべきか。

「この事は他言無用で頼む。最低でも――9月7日まで」

「7日と言う事は――レイドバトルの結果か」

「その日になれば、週刊誌や一部のマスコミも動きだす。それに加えて――」

「分かった。情報主の人物によろしくと伝えてくれ」

 最初にキサラギのスタッフと名乗った人物は――ガングートにとっては知らない人物だったかもしれない。

しかし、情報の内容は間違いなく――あの時に知った物と同じだった。

つまり――あの情報はまとめサイトに横流しされた物である、と。



 目の前のアルストロメリアが言葉を失う理由は、もう一つあった。

この情報が実はキサラギのスタッフから流出したと明白に分かる痕跡があった為である。

「キサラギのスタッフが――!?」

 アルストロメリアはARウェポンのロングソードをガングートに向けるのだが、それをやっても――無意味なのは百も承知だ。

手が震えているのを――自分が敗北を認めるのが嫌だったのかもしれない。

「アルストロメリア、今ならばまだ間に合うだろう? お前がやった事の罪の重さ――それを認めろ!」

 ガングートはARガジェットを突きつけるような事をしない。

そんな子供じみた脅迫をしたとしても――ネット上で虚偽を含めて書かれ、それが炎上する事も分かっていたからだ。

「自分は――ARゲームの未来を――コンテンツの未来を知りたかった――それを――」

 彼女の眼には涙が浮かぶ。泣いて周囲の同情を――と言う狙いだろうか?

周囲のギャラリーにマスコミがいれば、下手すると芸能事務所AとJに対して賢者の石を再び使わせてしまう可能性も――。

「現実とゲームは違う! 現実はゲームみたいにチートを使って容易に攻略できる程――簡単には出来ていない!!」

 ガングートの一喝、それはネット炎上を狙おうとしてねつ造記事を作ろうとしていた人物の手を止めさせた――。

彼女は過去の過ちを変えられない事が分かっている上で、アルストロメリアを説得しようとしていたのかもしれない。




###エピソード63-2



 ガングートは、はっきりと言う。『現実とゲームは違う』と。

「芸能事務所AとJと言う明確な悪を設定し――彼らと同じ道をコンテンツ市場がたどらないように――」

 涙をこらえながら、アルストロメリアはガングートに本当の事を語り始める。

それはネット上にはいくつか存在した記事と内容が似ている部分もあったのだが、それらが真実とは限らない。

ネット上の記事は一部のアイドル投資家等による炎上目当ての物――そう考えている節があった。

「芸能事務所AとJを悪と存在しているWeb小説は一部で存在し、更にはそれを題材にしたアニメも存在したが――」

「確かに――その通りでもある。しかし、私が題材に使ったのは――そちらではない」

「!!」

 アルストロメリアが利用していた物が例のARゲームを題材にしたアニメとばかり思っていたガングートも、この発言には驚くしかなかった。

何と、ネット上で拡散している説をアルストロメリアは一蹴したのである。

「じゃあ、元ネタというか――」

「それは、あなたが見せたアカシックレコードに載っている――」

 その発言を聞いたガングートは、驚き以上に言葉を失った。

何と、元ネタになっていたのはARゲームを題材とした小説だったのである。

しかし、その内容に関してはガングートの方も即座に把握する事は出来なかった。



 最初、アルストロメリアは一連のふるさと納税としてのARゲームに関しては疑問を持っていたと言う。

その中で様々な素案が提出され、これならば――と思った節があったらしい。

 他の投資家もアーケードリバースには欠点があると思いつつ、その欠点をスルーした事により一連の事件が起こったのかもしれない。

万が一、ネット炎上した際の保険を用意していたかどうかは今となっては分からずじまいだが――。

ネットのまとめサイトでは、欠点に関しても指摘されているような記事もあったにはあった。

しかし、対手のまとめサイトは欠点が存在すればそれを利用して炎上させ、それこそ黒歴史へ追い込む――。

 芸能事務所AとJのアイドルが日本で唯一のコンテンツとなるように、広告会社やマスコミはシナリオを作り出した。

それこそ――24時間の長時間放送番組などで超有名アイドルを起用、全世界に芸能事務所AとJが最強の存在とアピールする。

そのシナリオが明らかに、Web小説の異世界転生や異世界転移系で見られるチート主人公を題材とした作品――そう見えたのかもしれない。

「何としても、この悪夢とも言える連鎖から解き放たないと――」

 そう決心した結果が、アルストロメリアの行動の真意である。

確かに芸能事務所AとJのアイドルがメディアで露出すれば、関連の雑誌が売れ、テレビの視聴率もうなぎ昇り、それこそ日本にとってもビジネスチャンスにはなるだろう。

しかし、引き延ばしでつまらなくなってくる物語は無数に存在するだろう。

それと同じ事例を、芸能事務所のアイドルと言うナマモノでやった結果が――青騎士騒動や様々な事件を起こすきっかけとなった。

ネット炎上するような案件は、やがてリアルウォーが起こるような展開を生み出そうとしていたのである。



 超有名アイドル商法を否定するようなWeb小説はいくつか存在していた。

しかし、どれもが物理的に芸能事務所を消滅させるような手段に出ている物であり、それこそリアルウォーその物と言える。

アルストロメリアが発見した小説は、ARゲームを題材としてゲームのコンテンツ力で芸能事務所のアイドル以上の人気を得ればいい――。

要するに、アーケードリバースはある意味でもWeb小説で描かれていたゲームを現実化した物であり、メタフィクションの存在だったと言えるのだ。

「超有名アイドルも、メンバーを変えて刷新しようとしているのは分かる。しかし――看板を変えなければ、やっている事は同じに過ぎない」

 アルストロメリアは――何かを思いつつも、ガングートに真実の全てを話した。

「だから、どうした――とまでは言わないが、何故にARゲームを利用した?」

「そうでなければ、超有名アイドルを――」

「聞きたいのはそっちじゃない! どうして、ゲームだったのか。他にも別の手段があっただろう?」

「同じ土俵に上がって、勝てるような相手か!? 広告会社が芸能事務所と手を組み、何かのきっかけでネットを炎上させれば――同じ事だ」

 2人の対話は続く。その一方で、一部の観客は別のARゲームフィールドへと移動し、気が付くと――客層は変化していた。

「ゲームの分野であれば――向こうもノウハウを掴んでいない。過去に芸能人タイアップゲームを出し、小出しのヒットを記録するだけの――時代ではない。それは、3次元を題材としたソシャゲが次々と終了している事からも明らかだ」

「だからと言って、ARゲームを題材にする必要性はあったのか? それこそ、歌い手や実況者のナマモノ夢小説をアップしている勢力と――」

 その状況下で、ギャラリーに姿を見せたのはデンドロビウムだった。

彼女が、この対話に介入する事はなく――何かのタイミングを待っているような姿勢を見せている。

何故に彼女がこの場に姿を見せたのかは、単純に言えばアーケードリバースの待機をしている途中で偶然発見した事による物だ。




###エピソード63-3



 アルストロメリアが一連の事件で使用していたのが、あのアニメではなかった事が拡散する事は――直前で回避された。

その理由として、彼女が拡散を拒否したのではなく、別の理由が存在していたのである。

【芸能事務所が謝罪をしておいて、この状態なのか?】

【最後の抵抗と言うべきなのか?】

【過去のランキング荒らしや青騎士襲撃事件を思い出す】

 同じようなコメントが飛ぶほどに、それは衝撃的だったのだろう。

何と、まとめサイトが一連の事件の真相を発表した事による物だったのだ。

しかし、それは超有名アイドルの芸能事務所AとJを物理的に潰す為――という歪められた理由としてだが。

【結局、あの謝罪は何だったのか?】

【あれこそ広告会社がシナリオの修正を行い、今回のまとめサイトの件でARゲームの人気を落とすという形式に変えたのだろうな】

【広告会社と芸能事務所が裏で動いているのは知っていたが――】

【物理的に潰すって、テロを起こすと言う事か!?】

【夢小説の存在を全否定するような勢力は許してはおけない――】

 案の定というか、フェイクニュースに釣られるつぶやきサイトのユーザーは存在した。

しかし、これをテレビ局が取り上げるかと言うと――不思議な事にゼロだったのである。

これには最初から一連のシナリオをテレビ局が知っており、報道をしないようにと連絡があったとする説を言及する人物がいる程だ。

「そう言う事か。こちらも裏バイトが犯人と決めつけていた事――それが裏目に出たという事かもしれない」

 一連のタイムラインを西新井の某所で見ていたのは、橿原隼鷹(かしはら・じゅんよう)である。

何故に西新井にいたのかと言うと、別のARゲーム発表会を視察する為に訪れていた事に由来していた。

発表会の視察は表向きであり、本来は別の会社にあるサーバーを調査する為と言う目的がある。

「結局、裏バイト路線はハズレだった。しかし、そこを調べた事で収穫もあった――」

 裏バイトに関してはARゲームのネット炎上を依頼するようなバイトと言う意味では――収穫なしのハズレと言えた。

しかし、その情報を警察に提供する事で振り込め詐欺、転売屋の商品仕入れ、裏ビデオのスカウト、超有名アイドルのテレビ番組の視聴率水増しのマッチポンプ――そうしたコンテンツ流通の闇を晒した点では大きい。

数日後には、コンテンツ流通と言う意味で日本は方針転換の必要性を国会内で言及され――そこで芸能事務所AとJに関する裏取引も明らかになる。

これらの事件が完全解決するのは、まだ先かもしれないが――アーケードリバースを巡る事件では、もう取り上げられない事を祈りたい。



 フェイクニュースを見て、動きを見せたのはもう一人いた。

レイドバトルにも参戦し、上位ランカーに肉薄するプレイで観客を魅了するジャック・ザ・リッパーである。

今は従来の暗殺者モチーフの様なARアーマーではなく、黒色のメイド服をモチーフとしたアーマーを着用していた。

これに関しては賛否両論あるかもしれないが、今までの一件に対するけじめなのだろう。

ジャックのスコアに関してはアルストロメリアには及ばないものの、1日で稼ぎ出すスコアもかなりの物だ。

毎日プレイしてスコアを稼いでいるのは、下位のプレイヤー以外では彼女位かもしれない。

 動画サイトで投稿されているプレイ動画は、大抵がジャックからのプレイ視点ではなく他のプレイヤー視点が多いのも特徴だ。

だからこそ――彼女のプレイ技術を確認出来ると言う事かもしれない。

【ジャックのプレイスタイルは、以前とは違うな】

【デンドロビウムと同様に、プレイスタイルの調整を行った結果が――これなのかもしれない】

【ARゲームの中でも色々と異例な部分が多い以上は、他のARゲームで使える技術が使えない可能性もある】

【そう言う物なのか?】

【類似ジャンルでプレイすれば分かるが、FPSではプロゲーマーレベルと言われたガングートも最初は苦戦していたらしい】

【最初からチートじみたプレイヤーが大量に出てきたら、明らかに炎上商法や広告会社が絡んだ超有名アイドルの宣伝活動とみるだろう】

【それもそうだな。大抵のARゲームでチートプレイヤーが荒らしまくっていた環境の原因が、広告会社や芸能事務所の圧力をにじませた宣伝活動と聞く】

【チートプレイヤーも、本来は超有名アイドルの演じるプレイヤーが倒し、CDやテレビ番組の宣伝をする――バラエティー番組であるあるな手法を使い――】

【それを察したのがチートキラーだったのか?】

【キラーの方は技術力が低かったらしい。実際にチートプレイヤーを倒せるのは、ジャック・ザ・リッパーやビスマルクの様なプロゲーマーや上位ランカーが現れてから――と聞いている】

【それでも、デンドロビウムは? アガートラームの様なチートブレイカーはなかったはずでは――?】

【まぁ、そうなるな。最初の内はチートブレイカーの存在も気づかなかったのだろう。一部勢力が担ぎあげるまでは】

 その他にも、様々な情報が情報解禁と言わんばかりに拡散していた。

しかし、拡散しているからと言っても真実とは限らない。一部にはフェイクニュースや炎上サイトへの誘導もあるかも――という可能性はある。

「これが――世界の真実だったと言う事か。全ては広告会社と芸能事務所による――」

 プレイ後に一連のタイムラインをのぞいたジャックは、怒りと言う物がこみ上げてくる事はなかった。

単純な呆れ――と言った方が正しいだろうか? 既にこの一件は解決したも同然であり、それを今更掘り返そうと言うのは――アフィリエイト収入目当てでまとめサイトを管理にしているアイドル投資家だけだろう。



 ガングートは、アルストロメリアに対して――こうも言及した。

「同じ土俵に上がって勝てるかどうか――と言ったな。確かに、そんな事は実現不可能だろう? 十種競技のようなルールで競う事が可能であれば――別だがな」

 アルストロメリアの方は黙り込んだまま、そのまま立った状態でガングートをにらみつけている状態が続く。

「そこまで万能なチート能力じみた人間が量産されていれば――既に地球は終わっている。バランスブレイカーと言う単語は聞いたことあるだろう?」

 バランスブレイカーの単語を聞き、アルストロメリアは北条高雄(ほうじょう・たかお)と過去にやり取りした事を部分的に思い出す。

その際は若干のバランスブレイカーも高雄は許容しているような節があった。しかし、それすらも許容できなかったのが――誰であろうデンドロビウム本人だ。

「バランスブレイカーと言っても、色々と存在する。それこそ――ゲームバランス調整時に生み出されたような存在も」

「それすらも許さない人物が――何人か存在していた。理想のゲームバランスを求めて独自理論を展開する人物もいただろう――」

「私は万人受けするようなゲームバランスが理想形と信じて疑わなかった。マニアックな難易度では初心者が敬遠するからだ」

「しかし、それはマニアックな難易度でもクリアし、付いてくるであろうプレイヤーがいたからこそできた事――分かるか?」

「最初はどんなジャンルのゲームでも、初見でクリア出来ると限らない。それでもクリアできるのは過去の経験や努力が進化を発揮する時だろう――俗に言う、違うゲームをプレイした時の感覚かもしれないだろうな」

「私が言いたい事を直球でお前にぶつけてやる――これは、一度しか言わない」

 ガングートの話は続き、アルストロメリアはそれに反論すらできなかった。

全てが正論過ぎて、逆にツッコミを入れればネット炎上勢力に利用されると考えていたからだろう。

「どのようなゲームであれ、プレイヤーが1人もいないようなゲームは――存在価値を失う。そうした時代になってきている」

「だからこそだ。アルストロメリア――」

 次の瞬間、ガングートはARガジェットを操作し、何かをアルストロメリアのARガジェットに転送する。

その内容をすぐには確認出来るような状態ではなかった為、データ転送完了のメッセージが彼女のガジェットに表示されたままだが――。

「何も考えずに、ルールを守ってゲームを楽しめ。イライラして、それをゲームにぶつけたら――誰だって面白くないだろう?」

 その一言をアルストロメリアに伝え、ガングートはフィールドを後にした。

彼女には自分と同じフィールドに入り込んで欲しくない――そう考えてオブラートには包んで警告はしたつもりである。

ガングートが関係した一連の事件を政府が謝罪したという記録はなく、これに関しては歴史からも抹消されていた。

 だからこそ――なのだろうか?

ガングートの表情も、何だか悲しそうな目をしている。涙は流していないが――。

「後はお前次第だ――自分の本来やろうとしていた事、何処で道を間違えたのか――それを自覚しろ」

 ガングートは、自分に言い聞かせるような口調でつぶやき、近くのコンビニまで歩いて行った。



###エピソード63-4



 9月14日、外はあいにくの曇り空だ。曇りの場合は場所によるが、ARゲームの屋外プレイが不可に設定される。

今の所、天気予報では降水確率は30%以下となっており、小雨が降るような気配もない。

ARゲームの場合、雨によってノイズが入る事はないのだが――レース系ではスリップと言う物が付いて回る。

そうした事情があって雨天中止のアナウンスがされるのだ。

 ARゲームが徹底的に大事故等でネット炎上するのを避けるのは、コンテンツの価値が下がる、風評被害と言った物が後々に影響すると考えているのかもしれない。

しかし、マナーを守らないようなプレイヤーの存在がARゲームの価値を下げるのは、どのコンテンツでも一緒だろうか。

昨日の夜のニュースだが、歌い手や実況者の夢小説を出版しようとした未成年が逮捕されると言うニュースが報道されていた。

この件に関しては警察に通報があった訳ではなく、アキバガーディアンが手に入れたデータを芸能事務所に提供し、一斉の魔女狩りを始めたと言うべきか。

だからと言って、芸能事務所AとJの夢小説が表舞台に出た場合、明らかに芸能事務所側も動くだろう。

 この件に関しても――そろそろ、まとめサイトが自分達がやった事の重大さに気付き――ネットで扱わなくなる。

リアルウォーが起こってからでは遅いと言う事もあるが、それこそマフィアに武器等を売るような闇商人と同類に扱われるだろうか。



 一連のまとめサイトを見て、やはりというか大幅に脚色されたサイトを通報していくのは――別勢力のユーザーだろう。

やっている事は――過去にアルストロメリアがやっていた方法を再利用している可能性が高い。

「ここまでくると、本当にリアルウォーが行われているようにも見える」

 足立区の某所にあるキサラギのビルでは、まとめサイト等に機密情報が流出していないか調べる部署が存在している。

そのスタッフも、殺伐としたようなサイトや一連のネット炎上に関係した事件の記事を見て、リアルウォーが起こる事を心配していた。

「大量破壊兵器としてARゲームが転用されれば、それこそありとあらゆる兵器さえも無効化するような存在となるだろう」

 キサラギの社長と思わしき男性は、まとめサイトの検索をしているスタッフの一人に声をかける。

そして、検索している情報を見て――とある懸念を持ち始めていた。

「それは、魔法と言う事ですか?」

「魔法――その例えは違うな。あくまでもARゲームはARゲームだ。つまり、本当の意味でデスゲームを再現する事となる」

「Web小説にあるようなデスゲームですか?」

「その通りだ。ゲーム感覚で戦争が行われる事になる事は避けられないだろう――それこそ、リアルウォーゲームだ」

 キサラギ社長は本気で大量破壊兵器としてARゲームの技術が利用されるのを避けていた。

だからこそ、あの技術は――海外へ流出してはいけないのである。

しかし、社長の表情はARメットを装着している関係で確認出来ない。だからと言って、別人が変装しているような様子はないだろう。

「過去に起こった戦争で、ゲームの様な戦争と例えられたケースもあった――それは、我々が望むゲームではない」

 彼は懸念している。ARゲームの技術が進化すれば、それはゲームと現実と見分けがつかなくなるかもしれない――と。

社長の言う事も一理あるのは間違いないが、戦争とゲームは切り離されるべきである。

ネット炎上も戦争と同じように例えられるのは――あまり良い傾向とは言えないだろう。

自分達が行った過ちは、自分達で片づけなくてはならない――そうスタッフは思った。

 何としても、悲劇の連鎖だけは起こしてはいけない。

芸能事務所だけが儲かるようなコンテンツスタイルは過去の物であり――時代遅れだと証明する為に、キサラギは本格的に動き出す。



 午後1時、デンドロビウムは自宅でカップラーメンを食べていた。

自炊が出来ない訳ではなく、これから――アンテナショップへ向かう所だったのもある。

食事もコンビニ弁当とカップラーメンという簡単な物でも――。

「テレビ局は、何処も例の芸能事務所に関するニュースか」

 テレビで流れているのは、芸能事務所AとJとは違う事務所の不祥事だ。

芸能事務所AとJが起こした不祥事を別の事務所に差し替えて報道している部類ではないのは確実だろう。

そんな事を今のタイミングで行えば、芸能事務所AとJは黒歴史確定であり、コンテンツ流通と言う点では障害がなくなるのは決定的だ。

しかし、このような幕切れはデンドロビウムも望まないし、他の勢力も違うと言うだろう。

ネット炎上勢は、アフィリエイト収入が得られれば芸能事務所の事情を無視してフェイクニュースを流すかもしれない。

「いつから、コンテンツ流通は――ここまでの情報戦をする事になったのか」

 デンドロビウムは思う。超有名アイドル商法時代のネット炎上もそうだが、いつからここまでの情報戦を行う必要性があったのか?

まるで、芸能事務所AとJが絶対神のようなイメージを――と言う情報戦は今に始まった事ではないようだが。

「どちらにしても――決戦が近いのは間違いない」

 何処かの芸能事務所が水を差すような事をしなければ――レイドバトルが中止に追い込まれる事がなければ、今の所はレイドバトルに集中するべきだろう。

そんな事を考えながら、デンドロビウムは食事を終えた。



###エピソード63-5



 午後2時、谷塚駅周辺はいつもと違う雰囲気になっている。

曇りと言う事もあって、一部の屋外用ARゲームではプレイ不能と言う状態になっており――別の屋内ARゲームにプレイヤーが集中した。

アーケードリバースはどちらかと言うと屋内ゲームだが、一部のエリアでは屋外エリアも存在する。

《本日のアーケードリバースは、屋外一部エリアに関してプレイ不可となっております》

 公式ホームページだけではなく、メールマガジンでも一部個所で中止という記載があった。

ARゲームで中止と言うのも雨天中止が関係するプロ野球や高校野球等と似ているだろうが――あちらとは事情が異なる。

精密機械は水に弱いと言う弱点があり、それはARゲームでも例外ではない。

 それなのにセンターモニターは――と思われがちだが、これらには防水が万全であって問題はないのだろう。

一部のARガジェットでは防水機能も搭載されているのはサイトにも書かれている。

しかし、防水機能ありのガジェットは高価である事も影響しているのかもしれない。

【防水機能が必要なARゲームって、サバゲだけじゃないのか?】

【そうかもしれない。しかし、この技術が他のARゲームにも広まれば――】

【ARゲームが雨天でもプレイ可能になる事が、本当に便利な事になるのだろうか?】

【屋内オンリーのARゲームが広まる方が――優先事項では?】

【防水機能の有無だけで5000円は値段が変わると聞く。しかし、それでも欲しいと言うプレイヤーは存在するだろう】

 防水機能があるARガジェットは高級品の印象が強く、所有しているプレイヤーは少ない。

インナースーツは防水ありなのだが、ガジェットはさすがに――コストがかかるのかもしれないが。



 デンドロビウムは屋内フィールドのあるアンテナショップに到着した。

アーケードリバース以外では2タイトル程度しか置いていないのだが、それでも客足が途絶える事はない。

「雨が降った訳でもないが、悪天候を配慮して中止とは――」

 デンドロビウムは、今回の中止に関してネット炎上のきっかけになるのではないか――と考えていた。

しかし、ARゲームは使用するガジェット等の関係もあって、下手に事故が起きては炎上しかねないと言う事らしい。

これに関してはガイドラインの変更があったとしても、変更予定がない部分である。

「現状のARゲームでは、安全性が確保できない――ということの裏返しか」

 防水機能完備となれば――軍事転用も可能になる危険性も懸念されるが、それはさすがに考え過ぎか。

デンドロビウムは、ふと気になる部分もあったが――インナースーツへ着替える為に着替え室の方へと向かった。



 着替え中のタイミングで、ガングートのスーパープレイが披露されたのである。

これに関しては目撃していたギャラリーも驚きしかないだろう。あまりにも凄過ぎてため息が出るほどに。

「あそこまでの動きが出来たのか」

「スコアには技術点は影響しないが、仮にあれば――1位は彼女だろう」

「レイドバトルはボスを撃破出来れば、何でもアリみたいな感覚を持っているプレイヤーもいる」

「1位報酬は未発表だが、物によってはチートプレイヤー等も出るだろうな」

「チートよりも、一番懸念すべきはマッチポンプだ」

 ギャラリーの方はガングートのスーパープレイよりも、その反動でレイドバトルが荒れるのでは――という懸念を持っていた。

まとめサイトのテンプレでもチートプレイヤーがARゲームを荒らし放題だったのは、大体のプレイヤーも感じているだろう。

 だからこそ、今回もあれないとは限らないのだ。

サーバーエラー等のチートが介入しないような物でもネット炎上のネタにする――それが、アイドル投資家のやり方である。

そのノウハウを利用しない手はない――そう考えている一部勢力がいても、おかしくはない。

試す場所が仮にアーケードリバースだったとしたら――。

「なるほど――そう言う事か」

 別の一件でアンテナショップに訪れていた山口飛龍(やまぐち・ひりゅう)は、偶然だがガングートのスーパープレイを目撃する。

その技術は過去の彼女とは比べ物にならないのは一目で分かるが、それ以上に山口が感じたのは――。

「プロゲーマーであるガングート。彼女の正体は――」

 日本政府からも日本国籍を否定され、異世界出身とされている彼女だが――絶対に何か裏がある。

一体、彼女と日本政府には何があったのか? 超有名アイドル絡み以外で、何かを知っている可能性も考慮すれば――。

 

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